76.劇
その日、良く晴れた青空から突然教会に巨大な雷が落ちた。その雷は礼拝堂の屋根を突き破り、母神と父神の像を破壊し、信者たちは呆然とした。そして絶叫した。
雷とは神の怒り、そのはずの雷が神の像を破壊した。これが何を意味するのか誰にもわからなかった。
その後も次々と雷によって神の像は破壊された。当然のように教会にはいくつもの穴が開いている。
それに気が付いた使徒が雷から像を守ろうとするもその魔法による防御すら突き抜けて像を破壊する。使徒すら防げぬ雷に教会にいた人々の恐怖は増幅された。
そんな中、突然使徒を闇が覆った。そして絶叫と共に闇は晴れ、使徒は地面に横たわっていた。次々と倒れていく使徒。雷は収まったが闇による使徒への攻撃。助けてくれるはずの使徒が真っ先に倒れていく様を見て多くの者は逃げ出した。
「ユキト殿……これはさすがにやりすぎでは?」
「つい興に乗ってやってしまった。楽しかったので反省はしてない。こう考えるとエリナと一緒にいたのはいい意味でかなり俺の行動を制限してた気がするよ」
「うぅ……ユキトさぁん。ユキトさぁん」
「かかか! 良いではないか。罰が当たったんじゃ。ユキトも神なのじゃろ? ならば天罰じゃの!」
「労働基準とかねぇから朝から晩まで防具作らされてたからな。ちったぁ気が済むってもんよ」
「そうですね。来る日も来る日も消耗品を作り続ける日々。自分でやると決めたならまだしも言われてやるのは苦痛ですのでいい気味です」
やりすぎと呆れる猿の字、はっちゃけた俺ってこんななんだと思う俺、そして引っ張り出してきたアルテミアはひっついて泣いたままだったのでそのまま魔法で包んで横抱えにして移動中。他の三人も途中で拾い、俺の幻術で誤魔化しながら例の部屋まで進んでいる。
ついでにもう一人俺の背中で寝てる人物がいる。ボンキュボンのスタイルで色気がすごく、目が合ってにっこりやられたらそれだけで下半身が元気になるような黒髪ふんわりロングのエルフ女性だ。これでまだ浪人なしの大学一年生だとあっちで聞いていたので将来どうなるのかと思う。
なぜこの女性ミリエットを連れて来たかといえば、魔道具の作り手であると同時に俺のもっとも最近取った弟子でもあるのだ。
母神の加護はついていたようだが、どうしても放っておけなくて連れてきてしまった。
そして俺のそばに置いておけば加護の上書きがされるのではないかとも期待してる。ダメだった時はおとなしく教会に送り出そうと思っている。
「しかしユキト、若造から坊主になってるとは驚いたぞ」
「転生したっぽいですから。その辺の話はまた向こうに着いてからで」
「それにしても女抱えて背負ってでウハウハだな」
「すでに向こうに四人嫁が居ますから、この二人が居なくてもハーレムですよ」
「我々が苦労してる間に、ハーレム作りとはけしからん」
「受け入れてるとはいえ女性もけっこう積極的ですよ?」
「この状況を理解しているのか疑問に思う会話でござるな」
もちろん状況は理解してる。余裕で逃げ切れると判断しているのだ。忍者ロールプレイの猿の字にしてみれば堂々と道を走る俺達は容認できないのかもしれないが許してほしい。
そして俺達は部屋へと到着してまずは猿の字に入ってもらい続いて他の人達に入ってもらう。ミリエットは今はアルテミアに背負われている。
「それではユキトさん。お先に失礼します」
「あぁ、よろしく頼むよ。俺が少し遅れても気にしないで」
「遅れるのですか?」
「ちょっと気になる事があるからな」
「わかりました。向こうで待ってますね」
そう言って最後のアルテミアも転移魔方陣で移動した。さて何が起こるかな? 脅威は感じないけどめんどくさそうなことが起こりそうだ。だからと言って帰還マーカーを使うのは癪なのでそのまま転移魔方陣に乗った。脅威を感じてないのが一番の理由だけどな。
「やってくれたな。ユキトよ」
「さすがに今回の事を見逃すわけにはいきません」
俺が転移魔方陣で移動した先は豪華な神殿の礼拝堂のような場所で男女が俺を睨んでいる。
「初めましてというべきかな? 父神に母神」
「君をこちらの世界で甦らせたのは我々なのだぞ? もう少し態度を改めるべきだ」
何か圧力を感じるがこの程度なんということはない。それに俺をこちらに引き込んだのはこの二人じゃない。管理者だ。……あぁ、そういう事、そういう事なんだな。
「つまり、お前たちが罪であり俺が罰という訳だ。俺を死の運命に導いた外道どもが」
「貴様、何が言いたい?」
「ユキト、あなたは大きな勘違いをしているようです」
父神からの圧力が強くなったが、手でパタパタ風を送っていたのをうちわでのんびりあおぐに変えた程度にしか変化が感じられない。
一方母神の方はこちらに優しく微笑む。しかし俺の嫁さん達には叶わない。全力でえこひいきさせていただきます。
「俺をこちらで赤ん坊としたのは別の存在だ。あんた達じゃない。どうやったかは知らないけど信仰が薄れて自分たちの存在の危機だからプレイヤーをこちらに引き込んだんだろ?」
「その存在を信じるな。我らの言葉を信じよ」
「あなたの味方は私たちなのですよ」
俺はここでようやく理解できた。この圧力みたいなやつはどうやら俺を洗脳するために放たれているようだった。ちょっとおちょくってみようか?
「腕を組んでスキップして回れ」
「貴様、何を言って……なに!?」
「これは……そんな!」
「えー……、こんな簡単にこっちの術に引っかからないでくれよ」
父神と母神は仲良く腕を組んでスキップして回りだした。幻術で体に踊るように命令を送っているのだ。これほどうまく行くとは思ってみなかった。むしろ抵抗力なさすぎだろ。
「早くこれを止めろ! ここから二度と出れなくなってもいいのか!?」
「ここは私達の領域。いつまでも自由にはできませんよ」
「それがどうした? むしろここまでむき出しなのは手抜きし過ぎだろ。いや、そもそもここに敵が来ることを想定してないのか」
「な、何を言っている」
「こういう事」
二人に雷が落ちて黒こげになってピクピクしていた。とはいえ、アフロ頭でなんとなくコメディの一幕を見てる様な感じになってる。やっぱり遠くから偉そうにしてるだけで懐に入ってしまえばただの雑魚のようだ。
……もしかして俺の方が神としての格が上って事?
「ここは……我らが領域……なぜ?」
「外からの守りはあるのかもしれないけど、内側に入るとどうとでもなるみたいだな。ついでに情報も出そろったし上書きしようかな」
「あなたはいったい何を?」
二人を無視して俺は意識を集中する。俺からすればこの二人は自分を維持するために異世界の人間すらも利用する悪神だ。だがしかし、この世界の人から見れば神である。そして悪神だろうと祀ることで守護神にするという信仰もある。
俺のイメージはあくまでも覚えてる範囲の創作ではある。こいつらにはもったいないかな? と思うが俺のイメージを開放する。
俺を中心に石造りの礼拝堂は木造の社へとドンドン変わっていく。向こうの二人がなにやら騒いでいるが無視して最後までやり遂げた。
「なぜこんな事が……」
「もしかしたら俺の方が神としては新人でも格は上なのかもな」
「そんなバカな事があってたまるか!」
「でも、結果はこの通りだしな。主たる俺がここから出て行くんだ。出れるようにがんばってね」
「我らをなめるな!」
「そう、それじゃあね」
そう言って俺は帰還マーカーに向かって飛んだ。だってここから転移魔方陣の道に戻る方法など俺は知らないのだ。
そして、あの二人はおそらくあそこから二度と出られないし、世界に与える影響は最低限になると思われる。
出ようにもおそらくどこをどうしていいのかわからないだろう。パソコンのプログラムを根幹から書き換えて、どうにかしろと言っても素人ではまったく手が出せない。そんな状況なのだ。しかも、それを邪魔するものや再生させるものも組み込んである。きっとどうにもならないだろう。
「くははは! やってくれた。これは想像以上だ」
何もない空間でユキト達を見ていた管理者はその結末に笑い声を上げた。
管理者は大規模な召喚を行う為に色々と手を尽くしているを知っていた。だがその程度なら止める必要もなかった。
異世界への干渉はグレーゾーンが広い為、最初は許容範囲だった。
だが、父神達はそこから踏み出してしまった。確実に父神達の世界に引き込みたいものにその世界で生きる事が辛くなるように呪いをかけたのだ。
その数四十二名、そして生き残ったものは誰もいなかった。
ただ一人だけ召喚ゲートが起動状態になってから死亡した者がいた。それがユキトだ。
管理者はこの起動したゲートから介入し、ユキトを救い上げた。
父神達も同じような事を考えていたがそれを阻止した。そしてユキトと言うイレギューが世界に混ざる事で彼らのやることに楔を打ち込んだ。
使徒が現れた当初、罰というよりも嫌がらせ程度にしかならなかったなと管理者は思っていた。
数人が加護から外れ洗脳状態にできなかったが、逆に言えばその程度でしかなかった。
少し期待していたユキトの動きはにぶかった。だが、時間の経過と共に神としての力は上がって来ていた。
その神としての実力が伸びるほどステータスという数字以上にユキトの加護、寵愛持ちは影響を受けていた。
そしてついに事態が動いた。そして父神達は鳥かごの鳥と相成った。
「ユキトの動きには感謝だな。百年単位で監視しつつ色々と手を回そうと考えていたがその必要もなくなった。様子を見る必要もなくなった。今度様子を見た時はユキトがこの世界の主神になっているかもしれんな。ユキトが暴走して世界が滅んでる可能性もあるがそれもそれで世界の運命だろう」
管理者はユキトが今いる世界のウィンドを閉じた。他でも色々と問題は起こっているのだ。
「さて、次はどこに介入するか」
管理者の仕事は永遠に続いていく。




