57.待機
部屋にそのまま入ろうかと思ったが、今日いるのは初めてのスイナだ。まずはコンコンとノックしてみた。
「ひゃ、ひゃい」
「ユキトだけど入っても大丈夫?」
「ど、どどどどうぞ」
中に入りスイナを見るとどう反応していいのかわからなくなった為、ベットに座っているスイナに近づきながらとりあえず褒めておく事にした。
「スイナ、うん、キレイだよ」
「え? そうかな?」
「元々美人なのは知ってるけど肌も白いし、キレイだよ」
「あ、ありがとう」
キレイだと思っているのは本当の事だが、ガッチガチに緊張して体に力が入り、背筋をピンと伸ばして、足もももをくっつけ、膝の上に手をのせているが腕は棒のようにまっすぐ伸ばしていた。しいていうなら、緊張しすぎた状態の面接を受けに来た人という感じだろうか?
そして全裸である。正座はしてないが全裸待機だ。全裸だとしても掛布団で体を隠したりしていればそれはそそる光景になるだろうけど、座り方のせいもあって残念な事になっている。
とりあえず横に座って、腰に手を回して抱き身を寄せる。そうするとさらに緊張の度合いを高めた。……もしかして?
「こういう事初めて?」
「は、初めてだよ。今まで自分が恋愛するなんて思ってもみなかったし」
「そうなの? 言い寄ってくる人は多かったんじゃない?」
「……多かったよ。冒険者やってる時はそれでパーティを離れる事になった事もあったしね……。だけど百七十年以上生きて来て心動かされる事はなかったの。それに私はどちらかといえば感情の振れ幅が小さい方だったから、この一ヶ月くらいは自分でも驚くくらいだったよ」
「俺のイメージのスイナって最初の頃からそんなに変わってないけど俺の知らない所だとだいぶ違うのかな?」
現状ではなく過去を見る事で今の自分の姿を一時忘れているらしく緊張していた体の力が抜けているようだった。昔のスイナというのにも興味があるからこの際なので色々聞いてみようと思う。
「違うよ。全然違う。前のパーティが解散したのはパーティ内で結婚して冒険者を止める二人がいたからなんだけど、その時の私は、そう、おめでとう。だけだったし、ギルドの受付嬢になってからも淡々と仕事してたよ」
「そう言えばなんで受付嬢に?」
「レッカに誘われたんだよ。ソロになると色々面倒くさいから冒険者やめて孤児院の手伝いしないか? って。それでギルドで冒険者資格返却しようと思ったら引き留められて、それでも断ってたらギルドの職員になってくれって頼まれてどうしようかと思ってたらレッカが迎えに来たの」
「レッカって院長でしたっけ?」
「そう、それでレッカが事情を聞いて、まぁ受付嬢でもいいかもなって言うからそれでギルドで受付やることになったんだよ」
「院長は何をしたかったんですかね?」
「つい最近ようやく教えてくれたんだよ。私に人とちゃんと接してもっと感情豊かになってもらいたかったって、レッカが誘ってくれたからユキト君と会えたんだし感謝しかないよ」
もっと感情をって事で子供と接する機会を設けようとしたけど、冒険者相手でもまぁいっかって感じで許可したのだろうか? あの院長だとそんな感じがする。
でも、もし孤児院の仕事を引き受けていたとしたら……。
「受付嬢じゃなくて孤児院で仕事してればもっと早くに出会えていたんですね」
「!? そうだ。そうだったね。……惜しい事をしたよ」
「ま、まぁ結果は変わらないしいいじゃないですか」
「そう、そうだよね。前のギルマス締め上げなくてもいいよね」
締め上げる気だったんですか!? これはちょっと危なかったかもしれない。それからしばらくスイナの過去話を色々と聞いた。
ちなみに昔のスイナってどんな感じだったのか聞いた所、例の機嫌が悪い時の氷絶の魔女モードなのだそうだ。もちろん冷気で周りを冷やすような事はしてないらしいけど、ずっとあれだったのかと思えば、心配になるのもわかるというものだ。
しばらく過去話をしていた為にだいぶ落ち着いたようだが、スイナは全裸だ。そろそろ我慢が出来なくなってきたので腰に回していた手を胸に持っていき触る。
「え? ユ、ユキト君?」
「そろそろ我慢できなくなってきた」
「えっと、あ、その、や、優しくね?」
「もちろん」
その後、スイナの初めてをもらって眠りについた。一回だけで終わるとか初めてだったんじゃないだろうか?
朝、起きるとスイナの姿がなかった。感知してみるとすでに起きて下にいるようだ。エリナとミヤビもすでに戻って来てるようだ。俺も着替えて下に降りた。
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
「お、おおおおおはよう!」
スイナがものすごいテンパってる。顔も真っ赤だし、大丈夫だろうか?
「スイナ大丈夫?」
「だだだだ、大丈夫! でも、その、昨日はお楽しみでしたねなんて自分が言われるとは想像もしたことがなかったよ!?」
「エリナ?」
「定番かなって思って」
てへって感じで悪びれた様子もなくエリナは答えた。この手の冗談を言うのはエリナ位なものだ。ミヤビも仕方がないって感じで笑ってる。笑っているがこの場でその発言はやめていただきたかった。
「昨日はお楽しみでしたねってどういう意味?」
「男の人と女の人が夜、あれこれ楽しむのよ」
「夜に遊ぶの? 夜は眠くなっちゃうから遊べないよ……」
「大きくなったらユキトさんにお願いしようね」
「うん、私もお兄ちゃんとお楽しみする!」
「そうね。うふふ」
「子供に何教えてるんですかー!」
「お兄ちゃん、ダメなの?」
ちょっと涙目になりながらこちらを見上げるカヤ。こ、これは否定したら泣きそうだ。泣かすのはさすがに嫌だが……。将来の自分にパスしよう! すまん俺!
「い、今はまだ早いからね。カヤが知るにはまだ早いんだよ。だってカヤは寝るの早いでしょ? だからもっと遅くまで起きてられるようになってから教えて方がカヤも気にならないでしょ」
「じゃあ、遅くまで起きてられるようになったらお楽しみしてくれる?」
「大きくなって、遅くまで起きていられるようになったらね」
「わーい」
なんとか誤魔化した。だがトウカのしてやったりな顔が目に入った。謀ったのか!? クッ、しかも周りは生暖かい目でカヤと俺を見ている。そこはチビッ子になんて約束をしてるんだこのロリコンみたいな冷めた目で見る所じゃないのでしょうか!
それで興奮する属性はないが生暖かい目で見られると非常に居心地が悪い。逃避するようにカヤを膝の上に乗せて後ろからギュッと抱きしめてみた。
なんとなく癒される気がする。カヤはカヤできゃきゃ言いながら喜んでた。
そして俺達はトウカのとてもおいしい朝食を食べ終えた。俺が少し起きてくるのが遅かった為にそろそろギルドの忙しい時間のピークが過ぎて徐々に人が減っていく時間になっていた。今から家を出れば遅れにはならないくらいの時間につくと思う。
「カヤは向こうに帰って遊んでもいいからね」
「私、お母さんのお手伝いがんばる!」
「この子に無理はさせませんから安心してください」
子供っぽく遊んでもらいたいと思うのは俺だけなのだろうか? 時間ができたらカヤを連れて里に行って子供たちと遊んでやろう。そんな事を思いながら、
「「「「いってきます」」」」
「「いってらっしゃい」」
二人に見送られて俺達は冒険者ギルドを目指した。
ギルドの中に入るとスキンヘッドの男が腕を組んで仁王立ちしていた。あれには近づかないようにしようと思ったが向こうから声をかけて来た。
「待っていたぞ! 時間より早いのはわかっていたが、この目で特級誕生を見られると思うと我慢できなくてな!」
「……どちら様ですか?」
「ユキト君、ギルマスだよ。ギルドマスター」
「……あぁ、あの時の」
「忘れられてるとは思わなかったぞ」
なんか悲しそうだがそんな事はどうでもいい。誕生を見るって言ってたし案内してくれるのはギルドマスターなのだろうか?
「仕事しろ」
「これは立派な仕事なのだ。私をなんだと思っている」
「ははは」
「笑って誤魔化さないでほしいぞ……。だがしかしここで時間を潰すのはまずい。王城へと向かう事にしよう。騎士たちの訓練場が今回の試験会場になる」
「毎回、そうなんですか?」
「いや、今回は特別だろう。たった三人でアーマードボアを倒したその実力に期待しているようだ」
「ソウデスカ」
期待してると言われるとどうしても昨日の姫様の話が頭をよぎる。願わくばお目付け役が、繋がりを持たせるための人員派遣がない事を祈ります。




