54.抱擁
八月は暖かい日が続くのが普通で、ついさっきまでは普通に暖かかった。それがギルドまで後少しといった所で急に涼しくなった。
「これ……スイナさんか?」
「おそらくそうだと思いますが、誰かがまたやらかしたのでしょうか?」
「それだともっと魔力が荒れてるはずなんだけど、そういう感じはしないなぁ……」
「でも、これができるのってスイナさんくらいじゃないの?」
「少なくとも知ってる中ではスイナさんくらいだと思う。会って確認すればいいかな?」
今までに感じた事のないスイナさんの魔力だが、ここで考えていても仕方がない。まずは中に入って会ってみようと思う。
そして中に入りスイナさんの所へ向かってる途中でスイナさんがカウンターを飛び越えてきた。
「ユキト君!」
カウンターを飛び越えたスイナさんは勢いそのままに走り、俺に飛びついて来た。あれ? えっと、何がどうなってるの?
俺は理解がまだ及んでいなかったが、さすがにこの状況で避けるという選択肢はないのでスイナさんを優しく受け止めた。
「ユキト君ユキト君おかえりなさいユキト君」
抱き付いて頭をこすりつける様は可愛いなぁと思うのだけれども場所が場所だ。しかも俺は現状を把握し切れていない。それでもどう行動するべきか考えた結果、キュッと腰に左手を回して抱きしめ、右手で背中をポンポンと軽く叩いた。
周りからの視線から察するに対応を間違えたかもしれない。腕の中のスイナさんはうにゅーとか言ってるからスイナさん的にはありだったのか?
「あの、スイナさん?」
「もう少し、もう少し」
「えっと……」
「スイナさんあのね」
困惑してる俺の横からエリナがぼそぼそっと何かつぶやくとバ! っと勢いよく離れた。真っ赤になりながら、
「よ、よろしくお願いします」
よろしくお願いしますと言われてもなんのことかわかってないのだが、内容を伝えたであろうエリナを見ると
「事後承諾だけど悪い話じゃないから大丈夫だよ」
とニッコリ笑いながら言われた。いったい何がどうなっているのか。今の行動からして好かれてるのは確定だけど何を言えばあんな行動を取るのだろうか?
「その、ごめんね。久しぶりに会えたから我慢できなくなったって」
「いえ、その……ただいま戻りました」
「うん」
なんというか今までよりも若干幼くなってる気がするがこんなものだっただろうか? それよりも周りの冒険者の視線が痛い。未だ混乱してる者もいるが立ち直ってる者もいる。これは早くここを離れるべきだと思う。
「スイナさん、色々話もあると思いますし」
「あ、そうだったね。カウンターの方だとゆっくりお話できないから特別室の方に案内するね」
そういって歩き出したスイナさんの後ろについていくが特別室というのは聞いた事が無かったので聞いてみた。
「スイナさん、特別室って?」
「特別な話をする場所で、個室にカウンター業務ができる場所がついてる部屋なんだよ。護衛中にあった事、その事で色々決まった事があるからそっちで話をさせてもらいたいんだ。防音もしっかりしてるからね」
「なるほど」
アーマードボアを倒した事で色々あるからその話をしたいのか。俺としてもカウンターで話をして周りからの視線を浴びるよりはよっぽどいいし、ゆっくり話もできるから個室の方が楽でいいかな。
そんな風に考えていたら部屋の前につき、扉を開けたスイナさんが中に招き入れてくれた。
「それじゃ座って。飲み物とってくるから」
「あ、飲み物ならありますよ。何がいいですか? 一般的な物なら何でもありますから言ってください」
「それなら紅茶もらえる?」
「わかりました」
俺はスイナさんとエリナに紅茶を出して、ミヤビと俺の分は緑茶を出した。一息ついてからスイナさんは話しはじめた。
「それでとりあえず確認なんだけどユキト君達がアーマードボアを倒したんだよね?」
「そうですね。そうなります。後死体の回収もしてあります」
「死体は解体場の方が来たら持ってくるように伝えてほしいって言ってたから後で行ってあげてね。それでその功績が認められて特級の昇格試験を受けられることになったよ」
「ミヤビはともかく俺とエリナはまだ三級ですよ?」
「あれ? この間に三級になったの?」
「チルアスでちょっとありまして」
「そっか、おめでとうね。でも五級のままでも押し通したと思うよ。ギルドも国も戦力増強したいって思ってるから」
ギルドも国も戦力増強……。国だけなら戦争か? って思うけどギルドも絡んでるとなると……使徒か?
「どうしてか聞いてもいいですか?」
「隠すような事じゃないよ。使徒の活躍が続いてるの。今まで流通する事なんてなかった素材が聖教国内だと流通していて、その提供元が使徒だって話」
「使徒の活躍によりギルドとしては面白くないし、いい素材が出回っていい装備が手に入るとなれば冒険者は移動するし、国としても強くなるって事ですか?」
「そんな所だね。三級程度の冒険者の流出が多いかな」
「いい武器、いい防具で二級への道筋をつけたいわけですか……。足踏みがその程度でなんとかなると思ってるんですかね」
「私もそう思うよ。だけど、足踏みするとどうしても焦るからね。そんな訳で国としてもギルドとしても実力に見合った級をユキト君達につけたいんだよ」
「あの……私はまだまだ早いと思うんですけど」
自信なさげに言ったのはエリナだ。俺はどういっていいものか考えていた。
「正直なんとも言えないかな。そもそもどんな試験かもわからないし、エリナをどこで判断するかにもよるだろうし」
「どういう事?」
「エリナは攻撃も守りも支援も回復もできる後衛ってだけでどこを基準に判断するか変わるだろ? それにいざとなれば走り回って回避や攻撃する事も可能だろ?」
「うん、できると思う」
「ちょっと待って、エリナちゃんはどこに向かってるの?」
「もしもの時に生き残れる力をつけてるだけですよ?」
「ユキト君の想定がどれくらいのものかわからないよ」
「想定はしてないですよ。ただひたすら負けないように対策を取り続けるだけです」
勝つ必要などない。無事に生きて帰る事が最大の目標なのだ。とはいえこうなった以上は予定を繰り上げてレベルの高い魔法を教える必要があるかなとも思う。
実際に使って見せられるものはいいけれど、できないものに関しては幻術でイメージを送り込んでがんばってもらおうと思う。
「ちなみに試験内容はどのようなものになるんですか?」
「色々あるけど、その人に合ったものになります。私の場合は制限時間内に出せる最大火力がどれだけ出るかという試験でしたよ」
「そうなのですか。それでその試験はいつになるんですか?」
「おそらくギルドの誰かが城に連絡しに行ってるはずですから、早ければ今日中に日にちがわかると思いますよ」
「そう言えばなんで冒険者のランク付けに国が出てくるんですか?」
ミヤビは試験の事を質問してくれたので大人しく聞いていた。
そして、エリナの疑問ももっともだと思う。冒険者ギルドは国の機関ではない。国の手が回らない所に手を届けるという目的で出来上がった民間の組織だ。
とはいえ、これだけの戦力を国がまったく把握していないというのも問題になる。
「二級以上は騎士達と共同で動く事もあるの。特級にもなると戦力の中心だから国としても実力を見ておきたいんだよ」
「国が絡むことで戦力が外に出ないようにしてるって言えばいいじゃないですか」
「そういう側面があることも否定はできないね。エリナちゃんわかった?」
「囲い込みって事ですね」
「そういう事」
出来る事なら引き抜きも考えてるんだろうけど、冒険者なんて癖の強い人が多い。国としても軽い首輪をつけてる程度だろうと思う。
……あれ? この展開ってもしかしてお姫様とか有力貴族の娘を嫁にってパターンに入るのか?
「特級の件はわかりました。明日にまたギルドにきて話を聞けばいいんですよね?」
「うん、それでいいと思うよ」
「その話が終わったなら本題に入らないと」
エリナがそんな事を言いだした。本題って特級昇格試験だよね? そう思っていたらスイナさんが真っ赤になった。つまり……そっちの話?




