5.九級
ギルドに入るとみんなちゃんと列に並んで待っていた。普段と違う様子になんとなく予想がついたのでスイナの放置場を見るとガタガタ震える人たちがいた。
トラブル起こしてお仕置き中なのだろう。これを見せられたらみんなが大人しくなるのも当然だろう。俺としても絡まれる心配が大幅に減って嬉しい限りだ。
心なしスイナさんの列は短くて助かった。
「お疲れ様。それでそのスライムはどうしたの?」
「懐かれたので名前つけたらもっと懐かれました」
とりあえず意図的にした訳ではない事をアピールしてみる。それにこれが従魔を最初に手に入れる時に言う台詞で一番多いのだからたぶん信じてもらえるだろう。なんとなく動物を拾ってきたのを母親に報告するような心境だ。
「テイマーの才能があったんだね。まずは従魔登録でいい?」
「よろしくお願いします」
「それじゃあ、この書類に必要な事書いておいてね。その間に人を連れて来るから」
書類に書くのは自分と従魔の名前それに従魔の種族くらいだ。スライムをまともに育てる人なんてほとんどいないだろうけどな。
普通は格下を相手に戦わせて従魔を育てるものだけどスライムは最下層だ。回復させながら戦わせるなんてコストのかかることやってられないだろう。
俺の場合は解放した力で支援できるから育てられるけど普通はしない。
「おまたせ。この人が従魔に刻印をいれてくれるの」
「初めまして、従魔の契約担当だ。すぐに終わる。どこに刻印を入れる? 大きさはこんなものだ」
刻印の大きさは人差し指と親指で輪を作ったくらいの大きさだ。どこに入れるべきなんだろうか?
「えっと、どこにいれた方がいいとかってありますか?」
「特にない。刻印以外にも首輪などの装飾品をつけるからな。ただ、スライムだと……トラブルを防ぐ意味でも目立つ位置がいいだろう」
「目立つ場所……」
人の顔で言うところのおでこかその反対側のどちらかがいいかな? わかりやすさならおでこだけど、見た目がな……。
「こっちでもいいですか?」
「君がいいならいいだろう」
俺はけっきょく後ろ側に押してもらう事にした。おでこに常に刻印が出てるとか慣れるまでに時間がかかりそうだ。お礼を言うと仕事だからと言って戻っていった。
「それで、今日の成果はその子だけ?」
「いえ、とりあえず薬草確認してください」
「薬草ね。……うん、薬草採取初めてだったよね? またずいぶん良い物を持って来たね」
「いい場所があったのでそこで集めてきました」
「いい場所ね……。常時依頼だからこのまま処理するね。それで後は?」
「これですね」
そう言って無限倉庫から取り出した袋をドンと置く。スイナさんがポカンとしている。初日からこんなに何かつまった道具袋持って来られたらびっくりするだろう。
「何が入ってるの?」
「スライムの魔石です」
「これ全部?」
「これ全部です」
「……近くじゃないよね? もしかして南にかなり歩いた?」
「やっぱりあそこってポイントだったんですね」
スイナさんに、はぁ……とため息をつかれた。あれ? なにかまずい事しただろうか?
「ユキト君、あそこまでどれだけかかると思ってるの……。しかもどうやって魔石を集めたのか私にはわからないよ」
「走ったら意外と早く着きましたよ?」
「馬を使って1時間弱の場所まで走っていったの? 軽装とはいえ走るのはどうかと思うよ。行くまでの間に疲れちゃうでしょ? そもそもこの場所知ってたの?」
「人が多いから川を南下してたら見つけました」
「そこにたどり着くまででも十分な成果が出たと思うのだけど、行って来ちゃったものは仕方がないか……。それにしてもどうやって集めたの?」
そう言われたのでアクアをカウンターの上に乗せた。そして袋から数個の魔石を取り出し、アクアに取り込ませてから吐き出させた。
「俺が倒してアクアが拾って、数が揃ったら袋の中に吐き出してもらってました」
最初以外はほとんどアクアが倒して集めましたというよりはよっぽど説得力があると思う。納得してくれたのか。ふむふむといった感じで頷いていた。
「なるほどね。スライムは倒した後の魔石集めが大変だけど、そうすることで倒すことに集中できたのね。あそこ数が多く湧くからいつも魔石放置して来ちゃうのよね」
「あそこはスイナさんの狩場なんですか?」
「違う違う。だってあそこ誰も行かないでしょ? だから私が処理しに行ってるの。もうそろそろ行かなきゃいけなかったけど、これだけ魔石があると全部処理してきたんでしょ?」
「はい、見える範囲は全部倒してきたと思います」
「それなら今回は私が行かなくても大丈夫そう。ありがとうね」
「何も知らずに戦って来ただけですから」
褒められるとなんだかくすぐったい。人が多いから別の場所を探すのと、今の自分だとどれくらいの体力や移動速度があるのかと思って走っただけだし、倒すのは冒険者として当たり前の事だし……。けっきょく何が言いたいかというとなんだが照れるという事だ。
「なんだか赤くなってる。照れてるの?」
「いやまぁその……そ、それより魔石の換金お願いします。だいぶ時間使っちゃってますし」
「そうね。でも、ここでユキト君の後ろに並ぶのは他の町からきた人か新人の子、もしくはどうしても私の顔が見たくて並んでる人だから大丈夫よ」
「一番最初の理由は俺が絡んで来そうな人になるんですけど」
「そうしたら、隅に放置してあげるから大丈夫よ」
笑顔が怖いですが、後ろの方で、ヒッ。とか聞こえる。慣れてない人には刺激が強いみたいだ。そんな会話をしつつ、魔石の換金をしてくれている。受付の人の横には箱が入っていてその中に魔石を入れると自動で種類を判別して数を数えてくれる。
「それじゃユキト君、カード出してもらえる? 入金と書き換えしちゃうからね」
「はい、どうぞ。予想は出来てましたけど、昇格ですか?」
「えぇ、これだけ持って来られたらね」
どう考えても百以上はあっただろうし、おまけの薬草もある。それは昇格もするよね。時間の差とはいえ八級までなら比較的簡単に上がれる。その前に死ぬ連中もそこそこいるけど。
「カード返すね。これで九級だよ。おめでとう。今度は二十回依頼をこなすことになるけど、気を付けるんだよ」
「はい、死なないように気を付けて八級目指しますね」
「えぇ、でもちゃんと休みをいれるのよ。これだけあれば一日二日休んでも大丈夫でしょ?」
「ほしいものもあるのでそれ次第ですね。それじゃありがとうございました」
「いえいえ、お疲れ様」
すっかり日も暮れてしまったので、急いで昨日止まった宿に駆け込み個室で一泊分支払って食事をとった。味はそれほど良くない。味だけなら孤児院の方がよっぽどおいしかった。量は圧倒的にこっちの宿の方が多いけれどね。
食事をとった後は大急ぎで目的のお店を目指した。宿がとれないと町中で野宿する羽目になるのでとりあえず宿に入って、食欲には勝てず食事をしてしまった為に目的の店の閉店時間はもう少しのはずだ。
周りに迷惑をかけないギリギリの速度で急いで向かいなんとか閉店前にお店に到着した。アクアはずっと腕の中だ。さすがに宿に放置はできなかった。
「いらっしゃーい、ってあれ? ん~ん? ……ユキトじゃん。しっろ!? こんな閉店間際にどったの?」
「白いのは気にしないでください。裁縫道具と糸、後上着を一着とこれくらいの袋が作れる位の布がほしくて」
俺が駆け込んだのはギルドの依頼で何度か来た事のあるキューム古着店だ。どちらかと言えば古着の方がおまけで、裁縫に使う物の取り扱いが多いお店だ。
「気になるけど、わかったわかった。で、予算と色は?」
「五千の……黒?」
「ん~ちょい待ち。探してくる」
この店に来た理由は簡単で上着を一着縫いたいのだ。王都に帰ってくる間ずっと、アクアをどうやって運ぶか考えていたのだ。魔法を使うので特に問題ないといえば問題ないのだが、かと言ってずっと抱きっぱなしというのもどうかと思ったのだ。
そうすると袋かかごに入れる事になるがそれをどう持つか? どうつけるかが問題になる。
そこで考えたのがフード付きの上着を作ればいいんじゃないかな? というものだった。カゴを背負うよりいいだろうし、袋にいれるよりはいいんじゃないかと思ったのだ。
ローブだとフードもついているのだが使ってる布地が多く厚い為、手持ちだとちょっと心もとない。ローブは汚れや傷がつきやすいので古着としても出ない。
上着だとフードがついているものがない。肩掛けならフードがついているものもあるが、頭にかぶる為ではなく運搬用にフードを使う為、できれば支える部分が広い方がいいと思ったのだ。
しばらく待っていると裁縫道具一式と茶色の布を持って来てくれた。
「在庫の関係で茶色ね。んでこれが最低限の裁縫に必要な道具。色無視在庫処理って事でおまけして5千きっかりね。今回はおまけしてあげるから今度はちゃんと正規料金で買いなよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「いいっていいって、お客確保って事でよろしく頼むよ」
こうして無事に布を手に入れた俺は宿に帰り、服の製作を始める事にした。本当はアイテムエンチャントで裁縫道具の耐久力を上げたりしたかったのだが、残念ながら容量が小さすぎて何もできなかった。
布を広げてフリーハンドでパーツを切り出していく。自分の服なのでサイズなど測らなくても、そして型紙がなくとも問題なくスラスラと切っていく。
ゲーム内で作るために集めた服の資料は頭に入っている。そして力の解放後は様々な知識を好きなように引き出すことができるようになっている。それとスキルの力も相まってこんな芸当ができるのだ。
パーツの切り出しが終わったら縫っていく。はっきり言って本職の人にケンカ売るくらい適当だ。それでもまともな形になってしまうのが特級裁縫レベル十まであげてある特権のようなものだ。最初のうちは楽しくもすごい苦労しましたとも……。
簡単に作業してるが常人ではできない処理もしている。ハサミで裁断する時、針で縫う時、ずっと魔力を送り続けていた。これをすることで素材の力が強化されて服そのものの性能があがる他に、アイテムエンチャントの容量も増える。
糸を紡ぐ時からずっとやっていれば本来の性能の五割増しくらいになるが布から作る程度では一割増し程度だ。元々がただの木綿なので一割などほとんど変わらないが、アイテムエンチャントがもしかしたら多くつけられるかもしれないという程度だ。
出来上がったのは前開きだがボタンなどはない薄手のパーカーだった。アイテムエンチャントは汚れに強いと快適をつけておいた。
そのパーカーを着てアクアにフードの中に入ってもらって、特に問題ない事を確認した。
これで明日からの依頼で手を空けた状態で移動できる。お金が貯まったらまたキューム古着店で色々と買おうと思いながら寝ようと思ったが、体を拭いたり洗濯するのをすっかり忘れていたのでそれらを行ってから眠るのだった。