45.食事
目を覚ますと布団の中だった。自分の中に意識を向けてみてもさきほどのようなステータス画面は出てこなかった。だが、取り込んだ力がしっかり取り込まれてるのはわかった。他の人達の力はこの後時間と共に馴染んでいくと思う。
「ユキトくん、おはよ」
「おはよ……。今は何時?」
「もう少ししたら夕食の時間だよ」
「そうか……。それでどうして布団の中に潜り込んでいるんだ?」
「つい」
今回はいたずらもせず、ただ単に潜り込んだだけだったので見逃すことにした。けっして笑顔が可愛くて許したわけではない。可愛いのはいつもの事だしな。
「ミヤビは?」
「ミヤビさんなら明日の打ち合わせしてるよ。もしユキトくんが動けそうもなかったらソウタさん達だけで先に行ってもらって私達は後から行くって言ってたけど、大丈夫そうだね」
「心配かけた。おそらく大丈夫だと思う」
「良かった。でも、里に行って大丈夫?」
おそらく大丈夫だと思うが、なぜ大丈夫かとつっこまれたらなんと答えればいいものか……。心構えが出来てれば大丈夫とでも言っておけばいいかな?
「里に行く時は心の準備もできてるから、きっと大丈夫だよ」
「無理はしないでね? 本当に心配したんだから」
「ごめん。今度から気を付けるよ。それでいつになったら布団から出て行くんだ?」
「もう少しだけ……ね?」
ミヤビだけ働かせてる事に罪悪感はあるけれど今は休ませてもらおう。ただ、どこかで穴埋めしないといけない。ミヤビは仕えているからこれくらはい当然ですとか言い出しそうだから、何がいいか考えておかねば……。
しばらくしてミヤビが夕食の準備が出来たと声をかけにきた。
「ユキトさん、起きていらしたのですね。食事はどうしますか?」
「用意ができてるなら食べさせてもらうよ」
「起きてきた時の為に用意してあります。ただ、ここではなく広間の方に用意してあるのですが大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。それじゃ広間の方に移動しようか」
支えられることなく普段通りに歩く俺にミヤビは安心したようだった。
それにしても、この旅館風の宿で広間での食事となれば……期待してもいいのだろうか?
「ユキトさん、実は食事なのですが兄上などこの町に来ている里の者や、一部従業員も参加させてもらうことになったのですがよろしいでしょうか?」
「もちろん構わないよ。ただ、それで他の宿泊客に迷惑がかからないといいけど……」
「今日は里の人で貸し切り状態です。兄上達や、王国の方に買い付けに行っていた者たちでほとんど埋まってしまっているそうで、ですので広間で宴会だそうです」
「さっきあってない人達もいるって事だよな? 里に行く前に力に耐えられるかのテストが出来るな」
「無理はしないでくださいね」
「ミヤビにもエリナにも心配かけたんだ。無理なら大人しく部屋に帰るよ」
「その時はまた支えてあげるね」
「よろしく頼むよ。その時はミヤビも頼むよ」
「もちろんです」
こうして会話をしながら広間の入り口に着いた。
「それでは開けますね」
そう言って開けた先には用意された食事の前でじっと待ってる狐人族が多くいた。おそらく三十に近い数の人達がいるはずだ。ふすまが開く音に反応してみんなこっちを見てる。さすが耳のいい狐人族だけの事はある。
「ミヤビ、ユキト様は……。どうやら回復成されたようで何よりです」
そういうとグッと力が流れ込んでくるが整列とそのまま取り込む事を意識したおかげで多少耐えるだけで問題なく受ける事ができた。
「……なんとか大丈夫だからこちらに足を運ばせてもらいました。よくもまぁこれだけの人が集まりましたね」
「従業員兼冒険者という者もおりますし、王国への買い付けや南側への買い付けに行っていた者たちが揃ってしまいましたからこの数になります。もしよろしければ皆に挨拶をしてはいただけませんでしょうか?」
「そういうのは苦手だから、軽くていいね?」
「もちろんです。引き受けてもらってありがとうございます」
俺はそのまま壇上に上がる。エリナとミヤビとアクアは壇上に近い席に座っている。一番こっちの席が俺の席になるのだろうか。
「皆、注目! こうして我ら里の者が多く集まった日にユキト様もこの地にお越しになられた。これも日頃の祈りの賜物だろう! 里にいる者達には申し訳なく思う事もないではないが、今宵ユキト様と時を過ごせるこの時間を楽しもうではないか」
「おお!」
「それではユキト様よろしくお願いします」
そう言って譲られる。何を言うのかと期待した目で見るのはやめてもらいたい。こっちは孤児院育ちで人前でのスピーチなんてしたことないんだよ。前世もそういう機会はなかったしな……。学校の発表くらいか?
「こんばんは、ユキトです。正直な所、俺が神狐かどうか疑ってる人もいるんじゃないかな? って思ってます。ただ、俺がここに入ってきた時に何か繋がったような感覚を持った人もいると思います。その感覚は信仰によって道を作り、こうして出会った事によって俺とあなた達が確かに繋がった事によることです。崇めたたえよとか言うつもりはありません。特に気にせず食事をしましょう。食事には期待してますよ?」
最後は茶化すように言ってソウタさんに視線で合図して席に行った。合図がしっかり伝わったかどうかは知らない。この席で間違ってないよね?
そしてちらほらと泣き出す人達が出て来る。ミヤビもそうだったしそういう人もいるよね。その人達をみて更に俺の事をしっかりと神狐だと認識しているようで、徐々に流れて来る力が大きくなっている。整列、取り込みを心掛けて問題なく受け入れる。
「ユキト様ありがとうざいました。ここの食事はなかなかおいしいのでご期待ください。それでは皆、感謝していただこう。いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
こうしか始まった食事だが、目の前にあるのは米だ。味噌汁だ。お新香だ。そして天ぷらにきんぴらごぼうがある。どかんと中央に居座るステーキ様はご愛嬌だろう。それでもソースはおそらくしょうゆベースだと思われる香りがする。刺身がないのは残念だが近くで魚が取れない為だろう。
一般人用にフォークとスプーンも置いてあるが、俺達は箸で食べる。ミヤビは元々使えるし、俺も解放された力のおかげで問題なく箸が使えた。
無理に使わなくてもいいとは言ったけど、エリナは豆を移動させるという伝統的な? 箸の訓練を行い使えるようになっていた。
米を食べる。記憶にある以上の味がした気がする。昔のCMでごはんをおかずにごはんを食べるもんねという台詞をふと思い出した。
味噌汁を飲む。具は豆腐と油揚げとキノコだ。良く飲んでいた味噌汁のアップグレード版みたいなうまさだった。出汁は確か干しシイタケを使っていたはずだ。それとも南まで買い付けに行っているならそっちで昆布なんかを仕入れているのかもしれない。それにしても油揚げである。殊更うまく感じるのはなぜだろうか?
他の物も食べていく。天ぷらはやさいだけだが非常にうまい。きんぴらもうまいしお新香もいい感じの漬け具合だ。ステーキも柔らかくソースが非常にうまい。
「ミヤビ……、これが里では普通なのか?」
「このステーキは普段から食べると言う事はないですけど、他の物は里で普通に食べられているものですよ。ですが、腕の良い料理人が料理してますので、その分の上乗せは十分ありますが」
「そうなのか……。美味いわ。本当に美味いわ。今度一週間くらい休みを取ってここで過ごしたい」
「後で料理を担当した者にしっかりと伝えるように言っておきますね」
「頼む。美味い。本当に美味い」
俺はバカの一つ覚えみたいに美味い美味いといいながら食事を続けた。懐かしさで涙がなんて展開も多少予想していたものの、強烈な美味さによって過去の事を吹き飛ばして今の味に夢中になってしまった。
あちらにいたお母様へ、美味しいご飯ありがとうございました。しかし、この素材からして格が違い、腕もとんでもない料理と比べてしまっては懐かしいも何もあったものではありませんでした。
母の味が一番と言わない親不孝者をお許しください。親より先に死ぬという最大の親不孝までして申し訳なく思っております。
そんな事を考えながらも俺はパクパクと食べ、ご飯をおかわりしてきっちりお茶漬けまで食べた。
あぁ……緑茶が染み渡る。
夕食を食べ終えた後、ソウタさんが一人連れて来て話しかけてきたのを皮切りに次々と人がやってきて話しかけられたり握手したりする事になった。
神様神様とあがめられるよりはよっぽどこれくらいの方がましだった。元が人だったということで元祖神狐様が気楽に接するように言っていた。それに俺と直接会話をしたソウタさんの印象や、先ほどの挨拶で崇めたたえよ的に扱うか、有名人にあったみたいな対応をするかを悩んでいた人達が後者を選んだようだった。
ちなみに食事中に声をかけなかったのは行儀がとかそういう事じゃなくて、俺があまりにも美味い美味いと食べていたので邪魔しないように気を使ってくれていたらしい。ありがたいことです。
宿の人も交代で挨拶に来ていた。料理人一同が挨拶にやって来た時に最高に美味かったと伝えると、もう号泣である。
ここで死んでも我が人生に悔いはないとか言っていたが、ここで死なれたら美味いものが食えなくなるからやめとけとかなり本気で言ってしまった。
そしてさらにそこまで言っていただけるとはと言って泣き出す。料理人一同だいぶ長い間泣いていましたよ。
だが、酒を進めるのだけはやめていただきたかった。こっちの常識に染まっているので十五から飲酒する事に違和感はないんだけど、過去に見た酔っぱらい達を見ると怖くて飲みたくない。
そして何よりそんな状態で飲んでも楽しくないだろう。だから飲まないのだ。
それでもなんだかんだで楽しい時間を過ごした。最後の最後のあれにも笑った。
そろそろお開きかなって感じの雰囲気になってきたら、みんなソワソワしだした。いったい何だろうと思っているとスッとふすまが開き、宿の人が入ってきた。
「最後に稲荷ずしをお持ちしました。お食べになられますか?」
「「「「「食べる!!!」」」」」
皆、最後の稲荷ずしを待っていたようだった。みんな大好き稲荷ずし。なぜこっちでも浸透してるのかは謎であるが美味いものに罪はない。もちろん美味かったです。




