35.滅ぼす者
「ハニエルさん、アーマードボアの討伐終わりました。バカが未だに攻撃してるみたいですけどどうしましょうか? 死体は回収しますか?」
「あの……倒せたんですか? アーマードボアを?」
「えぇ問題なく」
「……回収できるのですか?」
「問題なく」
馬車を止めていたハニエルさんは、王都周辺最強と呼び声高いアーマードボアがあっという間に倒されるという事態に混乱しているようだった。でも、倒した事の確認と回収の為に一緒についてきてもらうと、バカ達が他の冒険者に取り押さえられていた。
「なんとなくわかりますけどどうしました?」
「おぉ、あんたらか。あんたらが攻撃止めてからこいつら手を出しただろ? さすがにあればルール違反だからな。こうして止めさせてもらったんだが……。止める必要はなかったか?」
「ルールもわきまえないバカが釣れるかもと思ってやっただけですから、どっちでもいいと言えばどっちでも良かったです。でも、防御魔法の効果が切れたり、まぐれで防御を抜いて攻撃が届くと価値が下がるのでありがたいです」
「そうだったのか、全然傷がつかないからちとおかしいとは思ってたんだ」
「魔法もですけど純粋にそいつらの腕がないのもありますよ。それで王都方面に行くんですよね? バカを抑えてくれたお礼です」
「いいのか?」
「もちろん。アーマードボアなんかに追いかけられて大変だったでしょ? これでみんなで飲んでください」
そう言って俺は向こうの冒険者に三十万リーレほど渡した。さすがにこの金額をぽんと渡されたのは驚いたみたいだ。
「本当にいいのか?」
「いいと思いますよ。アーマードボアでそれなりに稼げるでしょうしね」
「ちげぇねぇ。それじゃありがたくいただいていくぜ。それにお前さん達のおかげで命が助かったありがとよ」
「こっちとしてもわかりやすい特級への道筋が見えてありがたかったですよ。そのバカはこっちで引き取りますからそちらは気を付けてくださいね。馬も相当つかれてるでしょうし」
「そうだな。ここじゃさすがに休めないからもう少し先に進んでから休みになるかな。じゃぁ、そっちも気を付けろよ」
「えぇ、お互いに」
そうして王都に向かう冒険者達と馬車と別れた。さて、こっちの方はどうなるかな? ハニエルさん次第か?
「それでなにか言い訳はあるか?」
「俺達が助けてやったからアーマードボアは倒せたんだ!」
「全ての攻撃が俺の防御魔法に阻まれたのにか? それにお前らよりも実力のある冒険者達が手を出さないのを不思議に思わなかったのか? そして何よりお前たちの依頼内容は何だ? 俺達は必要だから馬車を出て戦った。お前たちは護衛対象から離れてまでここにいる必要はあったのか?」
「あったに決まってるだろ! 俺達が助けたから倒せたんだ!」
「ハニエルさんどうします?」
「彼らはとりあえずそのまま馬車に戻っていただくこととしましょう。あなた達の主張はわかりました。ですので馬車に戻って待機していてください」
それを聞いて大人しく戻ればいいものを今度はエリナに声をかけた。呆れて声も出ない。
「エリナ、これで俺達もアーマードボアを倒した冒険者として知られる事になる。戻って来いよ」
それを聞いたエリナは相手の懐に一気に入り込んで殴った。いくら俺達のパーティの中で後衛だとしても、脚力は十分についてるし成長もしてる。
しかも、簡単な格闘術も仕込んである。あのバカな幼馴染を数mほど殴り飛ばしていた。不意打ちとは言えよく飛んだもんだと思う。
それをみたバカのパーティメンバーがエリナを睨むが、エリナの威圧ですごすごと引き下がっていった。威圧なんていつの間に覚えたのだろうか?
「お見事」
「さすがにちょっと頭に来ちゃって……」
「これであっちも諦めるだろうしダメならまた殴り飛ばしてやるといい。基礎能力じゃエリナの方がよっぽど上だから向こうの前衛より強いだろうし」
「今回の事で初めてちゃんと周りより強くなってるって実感した気がするよ」
「元パーティメンバーの後衛に前衛が吹き飛ばされて、しかも問題行動を取った。それに気が付かずにって事ですよね?」
「そうなりますね。王都に戻ってからが大変そうです。それでアーマードボアは短時間で済むなら魔石だけ先に取り出していただけますか?」
「わかりました。血抜きと魔石の取り出しだけしますから、速度を落として先に進んでいてください。ミヤビとエリナは馬車の護衛ね」
不承不承ながら二人は馬車に乗り込み先に進んでもらった。さっさとこれを片付けますか。
すでに死んで時間もちょっとたってしまっているが血の出口はある。本来なら大きな血管に傷をとかなんだろうけど、足が切り落とされてたり穴が開いていれば関係ない。
「ウォーターコントロール……というよりは血だしブラッドコントロールか? まぁいいか」
最近、魔法の名前がだいぶアバウトになってきた気がする。もちろん名前を言えば簡単に魔法を使えるのだが、最近はイメージ先行でパパッと魔法を使ってしまう事が多い。血抜きの為に魔法をかけている現在も魔法の名前を言って発動したわけではなく血を外に追い出そうと考えて手を当てて発動させてからのさっきの発言だ。
血は問題なくドバドバ出ている。そのままにしておくと血のにおいで寄って来そうなので風で上空に臭いを運んで散らしている。
血もあらかた抜き終わった所で、魔石を取り出すことにする。解体スキルのおかげかどうすればもっとも効率的にアーマードボアの価値を損ねずに取り出せるかがわかる。それに従って、魔力で生み出した剣でさっくりと抜き出し水で洗ってキレイにした。
さて、追いかけようかと思っていたらなにやらこちらに高速で近づいてくるものがいる事が音でわかった。とりあえずアーマードボアの死体を回収してそちらを気にしているとその姿がしっかりと見えた。
「アーマードボアの血の臭いに惹かれてまさかフレスベルグが来るなんて予想外なんだけど」
フレスベルグ、あっちでも中々遭遇できない全フィールドを移動するボスだ。でっかい鷲がこっちを目指して全力飛行。直進してくるなら攻撃を当てるのはそれほど難しくない。避けられるのは感覚的に危機感を覚えるか、見て反応するかだと思う。
仮にも向こうでは上級の上の方の実力とされていたフレスベルグ。生半可な攻撃では通らないだろう。考えてる時間もほとんどない。ふと浮かんだ名前で魔法を放ってみた。
「荷電粒子砲」
このよりにもよって荷電粒子砲か! とツッコミをいれたくなった。あっちでもこんな魔法があるとか聞いた事もない。オリジナルの魔法になるのだろうか?
魔力もごっそり持っていかれた大体3割くらいだろうか? そして威力はというとフレスベルグは頭がなくなり墜落していた。もう少し粘ってくれないだろうか? いやさっさと倒せてよかったと思うべきか?
上級のボスを成り行きで倒してしまうという事態に自分の能力が明らかに向こうよりもかなり上がっているという事体に頭を抱えたくなったが、強くなって困る事もあるまいし、困ったとしても元々の強さでも十分困ったことになったと思うので気にしない事にした。
明らかに雷系上級以上の威力を持つ荷電粒子砲といつも通りフードに入っていたアクアの大量の経験値稼ぎ。そしておいしそうな焼き鳥素材が手に入った事を喜んでおこうと思う。羽なんかも装飾品や触媒に使えるので結果オーライだろうか?
ある程度離れた所にいる馬車にはすぐに追いつくことができた。
「ただいま」
「おかえりー」
「おつかれさまでした」
エリナとミヤビがしっかりと出迎えてくれた。やっぱり出迎えがあるというのはいいものだと思う。
「ユキトさん、魔石はどうなさいましたか?」
「ちゃんととって来ましたよ。ハニエルさんに渡しておきますか?」
「いえ、私も同行しますので冒険者ギルドに向かいましょう。それとさきほどすごい音が聞こえたのですが何か心当たりはありますか?」
「あー、アーマードボアの血の臭いに惹かれてでかい鳥が来たんですよ。それを撃ち落とした時の音だと思います」
目測でどれだけか判断してないけどあれだけの巨体が落ちればそれはもう音もすごいことになる。仕方のない事だ。
「そちらもすでに問題ないと?」
「問題ないですね」
「なるほど」
そう言ってハニエルさんは納得してくれたみたいだけど、今度はミヤビが質問してくる。
「その音の前にかなり大きな魔力を感じたのですが、あれはユキトさんが?」
「あぁうん、ちょっと雷系の新しい魔法を使ったらびっくりするくらい魔力を消費したからそれだと思う」
「ユキトさんがびっくりするくらいの魔力消費っていったいどれほどの……」
「えっと……一回でミヤビが十人以上必要かな?」
「……ちなみに何を倒したのですか?」
「フレスベルグ」
「フレスベルグですか?」
どうやらミヤビはわからないらしい。これは誤魔化せるそう思った。思ったけれど知らないのはどうやらミヤビだけだったようだ。
「ユキトくん、それって滅ぼす者だよね?」
「滅ぼす者?」
「町を滅ぼし、死体を飲みこむフレスベルグ。出会う事あらば死あるのみと言われています。実際三十数年前にフレスベルグに滅ぼされた町もあると聞きます」
「……こうして世界に広がる不安の芽は刈り取られました。めでたしめでたし」
「ユキトさん、誤魔化そうとしないでください……」
「ここだけの話にしてください。実際本物かどうかわかりませんしね。誰もそれをみてないんですから」
「でも、回収してるよね?」
「……魔法の威力のせいで頭はないけど」
馬車の中はなんとも言えない雰囲気になった。この後も色々と話した結果人前に出さないで黙っておくことになった。焼き鳥が食べたかったけど醤油を手に入れてからにしよう。解体はサークリスでやれば人目もないよな? そんな事を考えながら俺は目的地まで馬車で移動して行くのだった。




