21.使徒
その日はギルドに行き、依頼の達成と受理、ロゲホスの解体をお願いした。それとスイナさんに付き合い始めたのがすぐにばれた。むしろばれない方がおかしい。
エリナの距離の取り方が明らかに違うのだから当然だと言える。ついにユキト君にも彼女ができたんだね。おめでとう。と普通に祝福してくれた。
ついでに帰りに布を買った。これでシーツを縫った。宿に追加料金を払ったけどこれからもとなると恥ずかしい。簡単水洗いできるこれを使ってこれからはやろうと思う。
そして普通に祝福してくれないのが翌日に行った孤児院の院長だ。
「んで、今日はどんな用で来やがった? もうここには用はないだろ?」
「遊びに来るくらいいいじゃないですか」
「金も食い物も持って来なくていいものを持ってくるやつが用もないのにここに来るとか考えられん」
「確かに用があることはありますが、特に物はもってきてないですよ」
「物じゃないって何持って来た? 変なもん連れてきてないだろうな?」
「いえいえ、エリナと正式に付き合う事になったので言っておこうかなって」
「つ、付き合う事になりました」
それを聞いて院長の目がジト目になった。どうしてそんな目で見られなければいけないのでしょうか?
「それだけか? たったそれだけの為にわざわざ来たのか!? そんなもんで来るな! 子供が出来たんです。お願いします。院長様お助けください! とかじゃないのかよ!」
「出会ってまだ三週間たってないのにそんな事あるわけないでしょ……。そう言えば避妊の魔法あるそうじゃないですか。なんで教えてくれないんですか」
「へ……? あれ? 教えてねぇっけ?」
「教わってないです」
「…………やっべ、忘れてた」
「院長……」
「他に用事あるか? なけりゃ帰るか、遊んでやっていってくれ。速攻でどこに組み込むか考えなきゃならん。しかし今回は助かったぞ! いやぁ、マジド忘れしてたわ!」
「後は、七級に上がった事を報告しておこうかと」
「おぉ! それはめでたいな。まぁ二人でがんばんな。でも、夜はほどほどにしてしっかり稼げよ」
「……わかりました」
「その間とそっちの嬢ちゃんが真っ赤なのが気になるがほどほどにしとけよ」
ほどほどに出来るかどうかはエリナ次第ですとは言えず部屋を出た。昨日縫ったシーツがすでに役に立ったという事だ。
それから数日はギルドで依頼の達成と受理、解体と換金をしてその後は森で訓練というのが日課になった。
俺としてはのんびり一日デートとかしたいのだが、エリナが今は少しでも強くなりたい、追いつきたいというのでその機会は完全に失われている。
森での基本訓練は走る事だ。王都に近いところから奥を目指してまずは走る。身体強化なども忘れてはいけない。俺は身体強化はしてないけど感知スキルを使っている。最大まで上げてあったはずなのだが、護衛の時にずっと使い続けていたからか少し範囲が広がっていたのだ。
ヒールの体力回復という新しい効果もあったし、限界というものの上限が上がっていると仮定して使っているのだ。
ある程度森に入るとほとんど人が来なくなる。そうなると大なり小なり集落が作られる事がある。その集落をエリナとアクアで潰して回る。俺は何かあった時にフォローするだけだ。
鉄の意志でエリナに攻撃が当たっても動かずにいた。しかも当たったら注意しなければならない。褒めるのはいいけど注意するのは非常に辛い。
そんな中で俺がしっかりした仕事はジェネラルを拘束するくらいだ。実はまだ順調に成長してる個体がいたわけだ。そいつを俺は拘束しただけだ。拘束しておいて他のゴブリン達をエリナとアクアが片付けた。その後ジェネラルをボコボコにしていた。
このジェネラルは報告せずに魔石を確保しておく事にした。準備は色々と必要だがこれを使ってやりたいことがあった。
そんな日々の中、教会からある発表がされた。その発表はほとんどの人たちにとっては信じられないような話だった。
「使徒ですか?」
「そう、使徒。神様の使いなんだって話」
「教会発表とはいえ胡散臭い事この上ないですね」
俺達は今、疲れたとだれているエリナさんに連れてこられて個室に来ていた。疲れたからと個室を借りて休むのはありなのだろうか?
「それとエリナさんが疲れるのとどう関係するんですか?」
「それが一番新鮮なネタでしょ? だからそれをネタにして話す人が何人か来てね。非常に対応が大変だったの」
「スイナさん美人ですもんね」
「エリナちゃんは可愛いよ」
だれてたスイナさんはエリナにじゃれ付いた。美女と美少女……絵柄としてはありです。エリナは俺の恋人だがな!
それはともかく使徒ってのは何しに来たんだろうか? スイナさんから話を聞いた後に教会にでも行って話を聞いて来よう。どうでもいい話を聞かされそうだけど必要な情報を得るには仕方がないと思う。
「それでスイナさん、使徒の目的とかってわかるんですか?」
「教会の発表を鵜呑みにするなら魔物の脅威から人々を守る為らしいけど、どこまでが本当なんだろうね」
「スイナさんは嘘だと思うんですか?」
エリナの疑問にスイナさんが答える。スイナさんだから辛うじて許せるけどあまりエリナに抱き付かないでいただけたらと思う。
「嘘は言ってないと思うよ。仮にも神様の使いだからね。でも、それを発表した教会やその後ろにいる聖教国はどんな思惑があるかなって話」
「でも教会ですよね?」
「教会だろうと国だろうと清廉潔白とはいかないだろうし、国として大きな利権の為に動くのは当然だと思うよ」
「その通りなんだけど……ユキト君ってその手の知識あったんだね」
「実は少しだけ」
すっかり馴染んでる前世知識から引用したためスイナさんから突っ込まれてしまった。よくよく考えればワーカーホリックだった俺がこんな考えに思い当たらないだろう。濁してみたけど……誤魔化されなくても流してくれると思う。そう思いたい。
「ふ~ん、そうなんだ……。いいけどね。それでどんな可能性があると思う?」
「使徒が神の使いなら使徒が活躍すればするほど神様への感謝が増える。それは信仰となって教会の力になり、聖教国の力になる。その上で何かしら考えてそうですよね。それとどう転んでも帝国は色々大変そうですよね」
……学習しない俺。スラスラっと思いついた事を話してしまった。なんとなくスイナさんの目が痛い。
「えっと、……そうなの?」
エリナが俺に聞いてきたがスイナさんがスラスラと答える。
「ユキト君の言う通りだね。使徒の力は特級を超えるって話だしね。それに見合う成果上げていけばいずれ聖教国の力は大きくなるだろうね。」
「帝国はなんでですか?」
「使徒がどんな姿をしてるかによって帝国の主張であるヒューマン至上主義に関わるからだね。私が聞かされた話では使徒のまとめ役をしてるのはカルボーナ言うエルフの容姿をした男の人らしいから帝国からしたら厳しいかもね」
俺はまとめ役の名前が出た瞬間、必死になって自分の感情を抑え込んだ。カルボーナという名前は知っていた。しかもエルフで男……。
それってカルボナーラ大好きカルボーナさんじゃないのか!? まさかこの世界でこの名前を聞くことになるなんて思わなかった。
カルボーナは俺がプレイしていたこの世界に非常によく似たVRMMOで有名なクランのサブマスターだった男だ。エルフとしての特性をそのまま伸ばした純粋で強力な魔法使いだった。今やろうと思えば町の一つや二つ簡単に吹き飛ばせるはずだ。
だが、この男をもっとも有名にしたのはとあるインタビューで名前の由来を聞かれた時の事だ。
「私はカルボナーラが大好きだ。だが私はカルボナーラには慣れない。ならばせめてゲームのキャラクター名をカルボナーラにしようと思った。だが、それはカルボナーラに対する冒涜ではないだろうか? いや、きっと冒涜だという結論に至った。そこで必死になってカルボナーラを身近に感じられる素晴らしい名前を考えた結果がこの私の名前カルボーナなのです」
当時これを見てドン引きした記憶がある。そしてこの人には直接会った事もある。店を出してる訳でもない俺の所に来てカルボナーラを作ってほしいとお願いされた。
俺より腕のいい料理人はいくらでもいるからと断ったけど、そういった人の所はあらかた行ったからととんでもない事を言ったので仕方なく米粉パスタで作ってあげた。
「米粉というのもまた良し!」
とか言って帰っていったが、たまに連絡をよこしては食べに来ていた。
しかし、本当の爆弾はこの後にあったのだ。
「それに表には出てきてないけど聖女アルルって人が、すでに失われた回復魔法を使えるって話もあったね」
俺はそれを聞いて堪え切れなくなって、机につっぷしてしまった。聖女……アルル……だと? アルルってあのアルルか?
「ユ、ユキトくん? どうしたの?」
「ユキト君もしかして何か知ってるの?」
ここでなんとか誤魔化すと言う方法もある事にはある。だけど使徒が前世で遊んでいたVRMMOプレイヤーだとすると確かに特級を超える力はあるだろう。だって俺よりも強いプレイヤーは多くいたのだから……。言っておくべきかな。
「確証はないですけどおそらく知ってます」
「それはどうして?」
「とりあえずしばらくはここだけの話という事にしておいてもらえますか?」
「……わかった。聞かせてくれる?」
「わかりました」
スイナさんの真剣な目が俺を見ている。俺の事、俺の知ってる事をここで話せるだけ話そうか。




