16.服
趣味は趣味でとかいいながら、可愛い女の子に頼まれると嫌と言えない。そんな訳で昨日の約束通り今日は宿に引きこもって食後は裁縫三昧です。
まずは自分の分も含めてそれぞれ三着ずつになるように縫って行く。理由はそれくらい作れる布を買ったからだ。特に深い意味はない。
次はエリナのブラウスとズボンだ。昨日の夜から来てるだけとはいえ、女の子だし着替えたいんじゃないかなと思っての事だ。デザインも一緒だ。お金が貯まったらブローチとか買ってつけてちょっとしたオシャレを楽しんでいただけたらと思います。
そして、寝巻用の……ワンピースにすることにした。向こうにいた時の旅館にあったみたいな浴衣もいいかな? って思ったけど朝起きたらはだけてて福眼なイベントが発生しそうなのでやめた。
材料に関しては明らかに足りないので、俺のロングコート用に買ってきたものを使って縫った。これだけでも明日またお店に行かないといけない理由が増えた。
雨が降ろうと出かけてやろうと思ってふと気が付いた。レインコートはあるにはあるが一般的な物で多少なら平気だが長時間利用してると水が見込んで来る。
また作るものが増えた。とはいえ、これからは長期間外に出る依頼も受ける事を考えるとテントも含めて必要になるだろう。
テントは元々面積が広いのでたぶん撥水のエンチャントは問題なくできると思う。
だいぶ話がずれたがワンピースだ。これもシンプルに作る。というか、オシャレな物に関してはもう少し余裕ができてからにしたい。今は必要な物を揃える期間だと思ってる。そうは言っても俺が無限倉庫持ちで更にお金の余裕はそこそこあるので同時期の新人に比べたら余裕がものすごいあると思うけど、そよはそよ、うちはうちである。
ちなみに俺は前から使ってる服を寝巻にしてる。……明日は自分の寝巻用の布も買おう。自分の分は浴衣にしてしまおうかなと思う。
お次はエリナのローブだ。大きいので縫うだけでも一苦労なのだが裏地に刺繍を施しておく。この刺繍は巧妙に隠された物理的に描かれた魔方陣になっていてエンチャントと干渉せずに共存する事ができる。
エンチャントと違ってすごく苦労するし、失敗したら苦労が水の泡。解くのも大変なので書き換えもめんどくさいものだ。
エンチャントだと腕さえあれば簡単に書き込み書き換えができる。他人にも出来る為、ちゃんと保護もかけてある。俺の保護を突破できるものなどあんまりいないはずだ。
裏地に描いた魔方陣はもちろん快適です。ここをはずすと何を言われるかわからない。
そして縫いあがったフードつきローブには、汚れに強い、耐刃、隠ぺいをつけておく。耐刃は刃物によるものを防ぐというよりはひっかかって破れるのを防ぐ程度の物だ。素材が綿で、触媒によるレベルアップもなければこんなものだ。
隠ぺいもないよりはましだと思ってつけた。フードも被れば案外わからないもののはずだ。
ここまでやって夕食になった。ただひたすら縫っていた訳ではなくエリナとの会話もしていたが、作業が止まる事はなかった。
夜は自分の仕事用の服を縫った。長袖のシャツにズボン。仕様はエリナの服と同じだ。さすがに一日針仕事をしてると疲れる。エリナも無事着替えてくれたので今日は安心して眠れ……うん、魔法使いましたともさ。まださすがに慣れないですよ。
翌日は外に出てエリナの身体強化の練習や攻撃魔法の練習をした。
「魔力循環で魔力がめぐってる所を内側から染み出させる感じでゆっくり発動させる。そうすれば少ない魔力量で大きな効果が得られる。慣れれば瞬間的に発動できるようになるぞ」
「私、後衛なのに必要なのかな?」
「足が遅くて置いて行かれて死にたいのか? それにスイナさんだってどう考えても後衛なのに走れてただろ。俺と一緒に居たらどうしても上に行く事になるから最低限の身を守る手段は覚えてもらうよ」
「上に行くなんて考えた事もなかったよ」
「なら今から考えて行動しようか」
「はーい」
そんな事を森の近くでやっていた。理由としては攻撃魔法の的として木を使える事とアクアの暇つぶしだ。アクアはたまに新人が襲い掛かかられて、刻印を見せながら移動してもそれに気が付かない。もしくは知らない為襲い続けて来るのをこっちに誘導してくる。
大抵自分の無知を棚に上げて怒り出すが、
「従魔とはいえスライムにも勝てないなんてなぁ」
と言うと睨みながら逃げていく。魔物の最下層にいるスライムにここまでコケにされたら逃げ帰るしかないだろう。ついでにアクアが回収してきた魔石も回収する。
騒ぎになる可能性もあるけど、スライムに負けたとは言えないだろう。従魔をけしかけられたと言っても無駄である。
俺とエリナの髪の色は魔法で色が違って見えるようにしている。この手の処理は幻術の方が楽なのだがまだ使えないので仕方がない。
攻撃魔法の練習も順調に済み、ゴブリンの魔石の換金してもらうためにスイナさんの所へ来た。
「こんにちは、装備の変更でもしてたの? その割に服しか変わってないみたいだけど……。でも質のいい服にしたんだね。ちょっと冒険者が着るにしては上品な気がするけど」
「これユキトくんが全部縫ってくれたんです。とっても着心地がいいんですよ」
「……ユキト君の方向性がわからないよ」
ジェネラルを瞬殺したかと思えば服を縫っている。確かに方向性がわからないだろう。昔は稼いで生きるが目標だったけど、これだけの事ができるから今では好きなように生きるが目標だ。何でもかんでも好き勝手って訳じゃないけどな。
もしそうなら、エリナの要望に応えるとかの前にもっと色々してるだろし。それはともかくまずは魔石の換金をしよう。それが終わった後にでもアレを聞こうか。
「それじゃ魔石お願いします」
「誤魔化した? まぁいいけどね。それとジェネラル討伐のお金も一緒にいれておくからね」
「そう言えばジェネラルってけっきょくどういう事になったんですか?」
「私がいつもやってる魔力放出で動きを止めて二人がその間にゴブリンを倒し、私が倒したって事にいつの間にかなってたよ」
「いつの間にか?」
「私はギルマスにしっかり報告したはずなんだけどね。私がユキト君の事気にかけてるの知ってるからきっとそういう事なんだろうって勝手に判断してたよ」
「それギルマスとしていいんですか?」
「交代してそれほど経ってないとはいえどうしてあんな人をギルマスにしたのか……」
自分の思い込みで報告を捻じ曲げて見たり、上半身裸でうろついてみたり本当にひどいと思う。でもまぁ、都合がいいと言えばいいのかもしれない。
「でも、俺が倒したってよりは説得力ありますし、都合も良さそうなのでそのままでお願いします」
「はいはい、でも、倒したのはユキト君だからお金は入れておくよ」
「そう言えばさっきも言ってましたね。もう計算終わったんですか?」
「ゴブリンは大きくなってもゴブリンだから魔石以外の価値って装備くらいしかないからね。すぐに終わったんだよ。」
なるほどと納得してる間に終わったようだ。それではアレを聞いてみようか。
「今日はこれで終わりかな?」
「そうですね。後は解体場で受け渡しがあるくらいです。それで聞きたい事があるんですけどいいですか?」
「ん? 何かな?」
「院長から養子の話を聞いたんですけど」
「何のことか私にはさっぱりわからないよ」
すっごい笑顔でそんな事を言ったこれは深く聞くなという事なのだろうか? エリナの方にも顔を向けると頷いてた。うん、つっつくのはやめよう。好奇心で死ぬわけにはいかない。
「そうですか……それじゃぁ失礼します」
「失礼します」
「はい、また来てね」
そして、ロゲホスを出しに来たら何やらうるさかった。関係ないだろうと思って声をかけようと思ったら解体場のおっちゃんが先に声をかけて来た。
「おぉ! お前さん来たか! ロゲホス在庫ねぇか?」
「ありますけど、どうしました?」
「ここでも聞こえるだろ? 最近ロゲホスの入荷がなくてそれがここ数日で出てきたからな。商業ギルドに回してから買ってもらうのが普通なんだが直接乗り込んできたんだよ」
「めんどくさそうなんで帰っていいですか?」
「いや、マジで頼む! この通り!」
カウンターに頭をゴンと打ち付けながら頭の上で手と手を合わせていた。ここで帰ったら人でなしだろうか?
「ユキトくん、どうするの?」
「ここまでされるとさすがに行かない訳にはいかないかな」
「本当か! いや、助かる。ほんとーーーーに助かる!」
この必死さが返ってめんどうな事になりそうなので嫌だったのだが引き受けてしまったのなら行くしかない。それでなくてもよく利用させてもらうのだからしかたがない……。
「いつになったら私にロゲホスの毛皮を売ってくれるんだ!」
「直接手に入れたいなら依頼を出してもらわないと」
「ここにいれば買えるのだろ! はやくしろ!」
「在庫もないですし、商業ギルドから買ってくださいよ」
「あいつら、予約がありますからとか言って売らんのだ!」
すっごいめんどくさそうな人がいる。帰りたい。受けるんじゃなかった。だが行くしかない。
「あの」
「なんだ小僧! 貴様のようなやつを相手にしてる暇はないのだ! あっちにいってろ!」
「そうですか、わかりました。ロゲホスがほしそうだったので声をかけましたがそう言われるのでしたらあっちに行ってますね」
「は! 貴様みたいなのがロゲホスをだと? ガキの戯言だな」
「では」
相手にしてた職員さんは俺の事を知らないみたいだ。その場を離れて別の知ってる人に声をかける。
「ロゲホスいいですか?」
「あぁ、頼むよ。出来ればもっと持って来れないかな?」
「どれくらいなら値下がりの心配ないですかね?」
「百枚とかでも今なら大丈夫だと思うよ。本当に今は誰も狩りに行かないみたいでね……。前に行ってきた人たちも数が増えすぎて手が出ないって言ってたからねぇ」
「それ依頼のランクと値段上げる必要があるんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど、それは上の人の判断だから」
「なるほど……それでどれくらいの数なら今から処理できます?」
職員さんは考えている。他の人の持ち込みもあるはずなのでその辺りも考えているのだと思う。ロゲホスを前に狩りに行った時多いかも? と思ったがやっぱり増えすぎているらしい。つまり狩り放題。相談してみるべきだろう。
「そうだね。八十頭くらいまではがんばれるよ」
「なら七十頭いけるますよね? 人を集めたり場所を変えるなら今ですよ」
「な、七十!? 招集かけるからちょっと待ってて!」
職員さんはかなり急いで走って行った。職員総出って感じでやってくれるに違いない。
「ユキトくん、まだそんなに持ってたんだね」
「まだ、ランクアップ用の三十頭は確保したままだけどね。それでどうかな? 明日からロゲホス狩りに行かない? まだまだ稼げそうだし」
「ユキトくんがそれでいいならいいよ」
「訓練も兼ねて身体強化して森を走るから覚悟しておいてね」
「え? ……がんばるよぉ」
何かに諦めたようにがんばる宣言である。さすがに無理はできないと思うので行きに二日、狩り一日、帰り二日と余裕をもった日程で進もうと思う。また食料を買い込んでおかないと。それと宿は……お金払ってキープしておこうか? 人気のある宿みたいなので二人部屋すら満室になったって言ってたし……。
そうして待っているとさっきのうるさいおじさんが来た。
「おい、ガキの戯言に職員が大慌てだ。貴様これをどうするつもりだ? 悪ふざけですむと思っているのか!」
「ここの職員が悪ふざけでここまで動くなんて本当にあると思っているのですか? そんな無能ではないですよ」
「無能でなければなんだというのだ? 貴様みたいなのが本当にロゲホスを狩って来たと? バカも休み休み言え」
うるさいおじさんに絡まれたが集まり終わった職員さん達がやってきた。
「お待たせしました。とりあえずここに三十ほど出してもらって構いませんか? 残りは冷蔵施設がありますのでそちらにお願いします」
「わかりました」
俺はどんどんそこにロゲホスを並べていく。その光景を唖然とした様子でみていたうるさいおじさんはこちらにやってきた。
「これほど大量にあるのならなぜもっと早くに売らないんだ! 罰として私に譲れ!」
「いくらで買います?」
「譲れと言ったんだ!」
「だからいくらで譲ってほしいんですか?」
「罰なのだ! タダで渡すのが常識だろ!」
「職員さん、そんな常識があるんですか?」
「ありませんね。そちらの方もいい加減にしないと商業ギルドに報告しますよ?」
「ふん! できるならやってみろ! 正義は私にある」
「そんなもの~。あるわけないじゃないですか~」
後ろから近付いてきたのほほんとした雰囲気の女性ときつめの美人秘書風お姉さんの二人がそこには立っていた。




