12.ギルドマスター
「「え?」」
「アクア、魔石を頼むよ」
伸びたり縮んだりして支援魔法をかけたアクアは魔石を取りに行った。二人は何が起きたのかまったくわからないだろう。俺が術名を言っただけで倒れたのだから
「ユキト君、今のは……?」
「幻術、夢幻滅殺。大きなコストを支払う事で高確立で敵を即死させる術です。本来ゴブリンジェネラル程度に使うものではないんですけど、試射とイライラ解消にこの疲労感はちょうどいいですね」
「幻術にはそんな効果のものがあるの?」
「補助、嫌がらせ、みたいなのが多いですけど相手を殺すこともできるものもありますよ。殺すような効果があるのは格下じゃないと効かない事が多いですけどね」
「ユキト君はジェネラルを格下扱いって事?」
「ジェネラル程度なら格下ですね。無限滅殺なら格上でも十分に効く可能性もありますけど」
さすがにニーズホッグを格下呼ばわりはできないし。と心の中で付け加えた。スイナさんはもう訳がわからないとでも言いたげにため息をついてた。
それにしてもこの体は規格外だと思う。こっちでもデメリットが同じかどうかはわからないけど、体が重く感じるという事は能力が落ちてるはずだ。それに体が対応してきてる。つまり動くのに支障がなさそうだ。この状態でもおそらくスイナさんよりも基礎能力は高そうだし……。
「ユキトくん、大きなコストって言ったけど体大丈夫?」
「実際体動かすとどうかわからないけど、大丈夫そうだよ」
「具体的に今のユキトくんってどういう状態なの?」
なんだかんだでその効果に目がいくスイナさんとは対照的に立ち直りが遅かった割に話はちゃんと聞こえてて体の調子を聞いてくれるエリナ。こういうところが嬉しかったりする。
「魔法の一部が使えなくて、能力が半減?」
「それ全然大丈夫じゃないよね!? 本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。そもそも基礎能力が違うしね」
「まだ冒険者になって一週間でしょ。本来ならそこまで急激な成長はしないはずなんだけど……間違いなくその白くなったのが原因だよね」
「そうですけど害はないので大丈夫ですよ」
「白くなった?」
事情のわからないエリナに簡単に説明する。と言っても説明するほど多くの事はないけどね。ちなみに成長というのはレベルアップと同じ意味だ。
「不思議な事もあるんだね」
「それくらいに思っててくれると助かる」
「はぁ……、それはもういいか……。それでエリナちゃんの体は大丈夫なの?」
「私ですか?」
「あぁそっか、ジェネラル含めて多く倒してるから急激に成長してるのか」
「そう言えば……体が軽いかも?」
「エリナちゃんは動じないね。昔貴族のお坊ちゃんの成長の手伝いしたけどその時は急に上がった能力に舞い上がってたっけ……、大変だったよ……」
スイナさんが急に遠い目をし出した。どれだけ大変だったんだろうか? 俺は能力が上がってもまったく違和感なかったから、むしろしっくり来たからそういう心配があるのに気が付いてなかった。エリナに心配してもらっていてこの体たらく。
「でも、距離もあったからそれほどでもないのかも?」
「エリナちゃん、距離は確かに関係あるけどこの距離なら問題ないよ」
「アクアの動きが目に見えてよくなってるから、エリナも能力上がってるはずだぞ?」
「そうなのかな?」
「……魔力とか増えてないか?」
「え? んー……あ、けっこう増えてるっぽい」
自分の魔力量を把握する事でようやく認識できたみたいだ。そして俺達がこうして話してる間もアクアは文句も言わず、むしろ動けるのがうれしいのか何度も往復しながら袋の中に魔石を入れていた。
「それでスイナさん、この後はどうしますか?」
「倒しちゃったからね……。ジェネラルはそのまま持って帰れるなら持って帰って他は魔石と武器、防具の回収くらい?」
「わかりました。でも……エリナ。人の残骸があると思うけど大丈夫か?」
「覚悟しておけば大丈夫……だと思う。同期の子が目の前でその、見た事あるから」
「そうか……無理はしないようにな」
「うん」
俺達はスイナさんが言ったものを回収して、ゴブリンを地面に食わせて一応ゴブリンの生き残りがいないか、人の生き残りがいないか確かめた後、範囲指定したダウンバーストで集落を押しつぶしてから王都へと帰って行った。
「能力が半減してるんだよね……?」
と、スイナさんに言われながらの帰還だった。だって先行はスイナさんだったけど、来る時と移動速度は同じでエリナを背負いながらだったんだから言われても仕方がないと自分でも思う。
ギルドに着くと俺とエリナはそのまま解体場に向かい、スイナさんはギルドマスターに報告に行った。その間に昨日のロゲホスの代金をもらった。もっとほしかったよ。と言われたので追加で十頭だしてあげた。まさか出て来るとは思ってなかったようで驚いてた。普通は驚くよな。またよろしくお願いするよと言われた。なんでも慢性的に品不足らしい。八級依頼だけど馬車の用意とか狩りする人と馬車を守る人と人数が必要なのでなかなか行く人がいないらしい。しばらくはロゲホスで稼げるようだ。
しばらくすると、スイナさんが筋肉達磨と一緒に戻ってきた。上半身は裸でスキンヘッド……誰だろうか?
「ユキト君、こちらがここ冒険者ギルド王都南支部ギルドマスターのマルスールさん。ギルマスこの子がユキト君です」
「君がユキトか。我が名はマルスール。ここのギルドマスターだ。よろしく頼むぞ」
「ユキトです。こちらこそよろしくお願いします。マルスールさん」
この筋肉達磨がギルドマスターらしい。この筋肉達磨誰? とか言われなくて本当に良かったと思う。しかしあれだ。それでも一言言わねばなるまい。
「それでマルスールさん、服位来てください」
「む!? この筋肉の素晴らしさがわからないかね?」
「そういう自己満足を人に押し付けないでください。はっきり言って近づかないでいただきたいです。不快です」
周りがざわついてる。そりゃいきなりギルドマスターの恰好に文句つければそうなるのも仕方がないけど、これ誰か言ってあげるべきなんじゃないだろうか?
ちなみにエリナはうんうんと何度も頷いてる。意外と言う時は言うよね。今回は行動だけど。
「ふ、不快……我が至高の筋肉が不快……皆の者! そんな、そんな事はないよな! そんな事はないと言ってほしい!」
「不快です」
「ス、スイナ君?」
「不快です」
「ほ、他の者は!?」
ギルドマスターの筋肉は最高だ! という人もいるけどこの場にいた半数以上が目を反らした。
「マルスールさん。勘違いしないでください。筋肉どうこうではないんです。上半身を露出してる事が問題なんです。今そうだって事は日常的に上半身裸なんですよね? 筋肉が不快ではなく、マルスールさん自身の行動が不快です」
「…………だ、だが、喜んでくれる者も」
「さっき目を反らした人の数見ましたか? 半数以上いましたよね? それだけの人に不快感を与える格好をギルドの長がしていていいんですか? 少数の喜んでくれる人の為に多くの人に不快感を与える行動をギルドマスターがするんですか?」
「……わ、我が悪かった。その辺りにしてもらえないだろうか? 我が心が砕け散りそうだ」
「ギルドマスターの割に精神弱いですね。とりあえず服を着てきてください。話はそこからです」
「服は買いに行かねばないので、先にジェネラルの確認をさせてもらいたい。色々と処理しなければならない事があるのだ……」
「仕方がないですね……」
めったに会う事もないだろうけどこれで服を着てもらえるようになるなら言ったかいがあったというものだ。それとへこんでるみたいなのでこの後にあったであろう聞き取りが有耶無耶になってなくなってくれると楽で助かる。
そして、ご要望のジェネラルをドンとその場に出した。周りが激しく反応するが気にしない。
「……確かにジェネラルのようだな。後の事はスイナ君に任せる」
「はい、承りました」
マルスールさんはトボトボと引き上げて行った。まだ周りがざわついてる隙にこの場を離れようと思う。
「スイナさん。移動しましょうか?」
「はいはい、それでは解体お願いしますね。行きましょうか? 先に個室はとってあるから」
用意のいいスイナさんについて行った。これで今日は面倒事から解放されると思う。個室に突撃してくる奴はさすがにいないと思うけど……いないよな?
「最初はどうなるかと思ったけど、ギルマスにあれだけ言ってもらえて助かったよ」
「なんであれを放っておいたんですか?」
「私以外はギルマスだからって言えなかったんだよ。北支部のギルマスも本人が自覚するか、職員が言わなきゃダメだって言って相手にしてくれないし……。一度は着てくれたんだけど、バカが色々言ってけっきょく脱ぐし……女性職員一同を代表してお礼を言うよ」
そこまで不快に思われていたとは……確かに仕事してて急にアレが出てきたら相当嫌だろう。ぶつかったりしたら最悪だ。
「私、最初スイナさんと一緒に来たのを見た時、変態が来たと思ったもん」
「エリナは意外と容赦ないよね」
「そうかな?」
「みんながこの人言っちゃったみたいな感じになってる時に真正面に居ながら頷いてたしね」
「だって筋肉ムキムキで気持ち悪かったよ」
「そういう人もいるよね」
エリナがあそこでしゃべらなくて良かったと思った。しゃべったらマルスールさんがマジへこみしたかもしれない。というかそんな事はどうでもいいか。
「それでこの後はどうしますか?」
「本来なら事情聴取があるけど今回は私が同行してるし、この件に関してはお終いかな? ただ、二人には勧誘が来るかもしれないけどどうする?」
「俺はお断りします。エリナは?」
「お礼になってるかわからないけど、今はユキトくんと一緒にいるだけだよ」
「ならギルドとしては本人の意思があるからって断っておくね。ただ、個人的な接触はどうにもできないけど」
「枷のある状態でもどうとでもできますから大丈夫ですよ」
「あぁうんそうだよね……。でもエリナちゃんも一緒だから気を付けるんだよ」
「わかりました」
この話の後はスイナさんに魔石とカードを預けて換金してもらった。これで無事エリナも八級に上がった。後は装備さえ整えれば七級昇格試験を受けられる。
「私、今日特になにもしなかったよね……」
「少しでもなにか出来るようになる為に後で宿でもできる訓練やろうか」
「お願いします」
そんな話をしながら俺達はギルドを出て行った。




