1.力を
よろしくお願いします。
「そなたに力を授けよう」
「お断りします。ギルドに行かなくちゃならないんで帰してください」
俺はさっきまで教会にいたはずだ。十五歳になったから成人用のカードを発行してもらっていたはずなのに、いつの間にか目が痛くなりそうな真っ白な空間で威厳のありそうなおじさんが威厳たっぷりに言ってきた。
今の状況はよくわからないけど、一つだけわかることがある。こうしてる間にも俺の時間が消費されているという事実だ。
成人用のカードがあって初めて武器や防具を売ってもらえるようになる。もちろん訓練用の武器やナイフくらいなら売ってくれるけど新人冒険者用の装備セットはこれがないと買えない。
これを買って今日は調整を頼む。そしてギルドに行って町中で受けられる依頼を受けてお金を稼ぐのだ。こんな所で使う時間はない。
即答で断られたおじさんはピクリとも動かない。それほど驚く事だろうか?
「……おっほん! そなたに力をさ」
「お断りします。必要な事とはいえ今日は依頼に使える時間が少ないんです。こんな所で時間を消費してる暇は俺にはないんです」
「力があればもっと効率的な稼ぎができるようになるぞ? 力がほしかろう?」
おじさんは仕切りなおしてきたが俺の答えはかわらない。バッサリ切り捨て、俺が急いでる事を伝える。本当にいい加減にしてほしい。
そうしたら今度は俺に受け入れてもらいやすいように言い方を変えて来た。俺に力を与えて何かさせたがってるに違いない。ここは断固拒否を貫いて早く帰してもらおう。……力を受け取らないと帰れないなんて事はないだろうな……。
「過ぎた力、努力なくして手にした力は自分の為になりません。俺は自分で力を磨き冒険者として仕事をしていこうと思います。だから早く帰してください」
「安心していい。この力をそなたなら十分に使いこなせるだろう。さぁ力を受け取るがいい」
「お断りします」
この押し付けは怪しい。だから俺は断固拒否する。俺はおじさんをジーっと見る。やましい事があると目を反らすのだ。だから俺はジーっと見る。早く仕事したいのに……。お金の余裕は多少はある。あるけど動けるなら最低限今日の分の宿賃くらいは稼いでおきたい。
「はぁ……もういい。これで受け取ってくれればそれで終わりだったのに」
「もういいなら帰してください」
「そういう訳にもいかないのだ。時間に関しては安心していい。向こうに戻った時にはこちらに来た時の時間に戻せるからな」
「そんな事ができるなんて信じられません」
「そなたは頑固だな」
時間を元に戻せるなんてそんな事ができるなんて信じられる訳がない。そもそもここがどこでこのおじさんが誰かすら知らないのだ。信用できる要素がかけらもない。
「俺は早く帰りたいだけです。名も知らないおじさん」
「ん? おぉ、そうだったな。私は世界群の管理者だ。管理者と呼んでくれてかまわない」
「それは名前ではなく役職と言うのではないですか?」
「仕方がないのだ。私を生み出した存在は私の事を管理者としか呼ばないのだから」
なんとなく、本当になんとなくだけど、聞いてはいけない話を聞いてるのではないかという気になってきた。早くここから離れたい。もう帰りたいというよりもここから逃げ出したい気持ちだった。
「本当に早く帰してください」
「ふむ、色々と封印してあるがやはりなにか気づくことがあるようだな。早く帰るなら方法は一つしかないぞ」
「力を受け取らないと帰れないということですか?」
方法は一つというなら、やはり力を受け取らないと帰してもらえないんだろう。でも封印ってなんだ? 俺は赤ん坊の頃に孤児院に捨てられてそのまま育って来たんだ。封印されるようなものは持っていないはずだ。
「力を授けるというのは私の戯れだ。正確に言うならば成人して体が力を受け入れられるようになったから、そなたの中に封印されているそなたの力を開放するだけなのだ」
「俺は赤ん坊の頃から孤児院で育ったんです。そんなものがあるなら院長が教えてくれてるはずです」
「つまり、その前の事は知らないと言う事だ」
「それでは、あなたが俺の親って事ですか?」
俺にとっての親は院長だ。他にも手伝ってくれる大人はいるけど手のかからない子供だった俺の事を気にかけてくれたのは院長だった。むしろ俺は小さい頃からめんどうを見る側だったしな。
突然、親が現れてもどうしていいのかわからない。俺にとってはただの他人でしかないのだから。
「親とは違うな。そなたの元の体を再構築しなおしただけだからな」
「元の体? 再構築?」
「その辺りの事は気にする事はない。そなたはこれからおそらく色々な事に巻き込まれる。そうなる前に力を開放しそれに備える必要があるのだ」
「俺は実は勇者とかそういう話ですか? 笑えませんよ?」
孤児院上がりの勇者なんて貴族にとっては都合のいい駒でしかないだろう。勇者と決まった訳ではないけど物語の英雄譚みたいな人生を歩むというのだろうか? バカバカしい。
「勇者ではないぞ。ただ何物にもなれる強大な力が向かってきた場合、それに対抗する力は必要だとは思わないか?」
「向かってくること前提なのがそもそもおかしいと思うのですが?」
「これはもう変える事の出来ない運命だ。良き縁も悪き縁もいずれはそなたに影響を与えるだろう」
「管理者さんは未来がわかるんですか?」
「過去からの推測だ」
過去からの推測……? 孤児院で育って来た俺に強大な力が向かってくるような過去はないはずなんだが……。まさか赤ん坊の前とかじゃないよな? わからない、まったくもってわからない。
「む? そろそろか」
「そろそろ? もしかしてここに居られるのは時間制限があるのですか?」
「そんな時間制限はない。この日の為に様々な演出を考えていたのにすべて無駄になってしまったな。もっとも地味な方法になってしまった」
「いったい何の話をしているんですか?」
「そなたの力の封印の話だ。実をいえを成人してしばらくたてば封印は勝手に解かれたのだよ。封印が解かれれば一時的に混乱してもなんとかなるだろう。だが、状況がそれを許さない場合もある。だからこちらに呼び出して封印を解こうと思ったのだが、ここでは封印が解かれる時間が加速しているようでな。せっかくどんな方法で解くか楽しみにしていたのにもっとも地味な自然解放だ」
……つまり、戯れって言ってたけど力そのものはどうあがいても俺の所の来ると? 封印が解けるって言うくらいだから元々持ってた力なのか? どこからそんなものが? 元々? 元の体? 再構築……。
そんな事を考えていたら、体が何か温かいものに包まれた。
「え? なにこれ?」
「解けた封印から力が溢れ、そなたを本来の姿に戻すためのものだ。最後の最後で楽しめなかったな。まぁどのように解放するか? その時の状況は? と考えるのは楽しかったので許してあげよう」
「許してあげようって……くぅ」
体の中に何かが入って来る。いや、体の中にあった何かが染み出して来てるの方が正しいだろうか? その妙な感覚を抑えるように体を抱きしめる。
そうすると今度は知らない知識が頭の中を支配する。違う。これも元々俺の知っていた事だ。今までなんとなく知ってる気がすると思ってた知識の大本がその情報をすべて吐き出せるようになったのだ。情報量が多すぎて頭が痛い。
とてつもなく高い塔……ビルが乱立する光景、馬もないのにすごいスピードで走る箱……車、大きな十字のシルエットが空にある……飛行機、それ以外の様々な物。
知らないはずの知っていた物たちが頭をよぎる。
その知らないはずの知っていた物よりも衝撃的な映像が流れた。
王都周辺でもっとも気を付けなければいけない二級指定の魔物、アーマードボアに対してソロ、しかも素手で戦ってる様子。見た事もない炎に包まれた鳥を相手に集団で戦っている様子。様々な見た事も聞いた事もない魔物と戦う様子を見た。
一転今度は穏やかだ。農作業をしている。子供たちと遊んでいる。縫い物をしている。料理をしている。家を建てている。道具を作っている。武器や防具を作っている。……ちょっと待ってほしい。明らかにこれを行っているのは自分? だろう。あまりにも多くの事に手を出している。
映像も交えて様々な情報が流れ込んできたため、俺の息が上がっている。
「これは予想外に負担が大きかったようだな。少なくともここに呼んだのは間違いではなかったな」
「情報をまだ整理し切れてないですけど……、俺はあなたに会った事がありますか? 混乱してて見つけられないだけかもしれないですけど、あなたに会った記憶がないです」
「それは当然だ。そなたが私にあった時そなたは壊れかけていた。それを再構成しなおしたら赤ん坊にするのが最適だったというだけの事だ」
「壊れかけていた……ですか?」
「向こうでは死んでいたからな」
死んでいたと言われても実感がわかない。混乱してるとはいえ情報を引き出せない訳じゃない。でも、自分が死んだという場面がない。俺の向こうでの最後の記憶はVRMMOをやっていたら、体に異常が感知されたということで強制ログアウトした所で終わっている。……つまり体の異常が死につながるものでそのまま意識を取り戻すことなく死んだのか?
「俺はどうして死んだんです? 原因がさっぽりわからない」
「世の中知らないいた方がいい事もある」
俺のつぶやきに律儀に管理者は答えてくれた。まともな死に方をしなかったと言う事だろう。幸い俺は前世も今も俺のままみたいだ。今の俺は前世の延長線上にいると思えるような性格をしているし、乗っ取りとかそういう感じもない。そもそも俺の体を使って再構成しなおしたなら転生じゃなくて異世界でやり直しって事か?
「あの状況から死んだなら急性心筋梗塞とかだと思いますし、こうして助けてもらった事には感謝します。でもどうして助けてもらえたのかは疑問に思うのですが?」
「そなたの死が管理者として動くに足る原因だったからだな。死に方がどうこうくらいで私は動かない。そなたを死ぬ運命へと導いた者たちの行いが問題でな。その者たちへの罰とそなたの救助を兼ねて助けたのだ」
俺を死ぬ運命へと導いた者たちがいる? いったいなぜ俺はそんな事に巻き込まれた。それに俺が生きてる事とその者たちへの罰が同列に語られる原因は何だ?
そいつらにとって俺は邪魔な存在で殺したかったのか? でもそれならどうしてこの世界に俺は生きてる? まったくわからない。
「説明していただけますか?」
「そうしたいのはやまやまなのだがな。そなたの力の定着が終わったようだ。その為力が強くなった。元々準備していたそなたをここに留めておく力では弱いようだ。いずれまた機会があれば話してあげよう」
「ここで話を切りますか」
「切れてしまうのだ。許せ。それに私以外の者からの情報で理解でいるようになるかもしれん」
「それはどういう……」
話そうとしてる最中に白い空間がドンドン小さくなっていく。一気に警戒レベルをあげるが管理者の声が聞こえる。そう、もう管理者の姿が消えていたのだ。
「安心するがいい。元の場所元の時間に戻るだけだ。忘れているかもしれないから言っておく。今はカードを発券するために水晶に触れた所だ。ではできればもう二度と会わない事を願っている」
俺は何かを言おうと思ったが短い時間の中で伝えるべき言葉は一つしかなかった。
「命を助けてもらって助かった、ありがとう」
見えない管理者が頷いたような気がした。そして世界は色を取り戻した。