長い放課後(空の旅)
空の旅は短く感じられた。どこに行くんだろう、ということなどどうでもよかった。私は酔わないようにただ必死でバランスをとっていた。
時々濁った鳥の鳴き声が聞こえてその度に私は学校をサボった罪悪感をありありと思い出した。
「百舌、あとどのくらい?」
上を向き、大きな声で尋ねたが返事はない。
無視かよ、と思ったがこの風なら仕方がないかもしれない。
徐々に速度が下がっていく。どうやら到着らしい。
地面に降ろされた。なのに風呂敷を解いてもらえない。
「百舌ー?」
「ぐえあ」
え、なに今の。
「つ、着いたよ」
上ずった百舌の声に続いて晴れ渡った青空が見えた。
「ようこそ、我が家兼職場へ」
目の前に建っていたのはずいぶんと古そうな喫茶店だった。屋根は瓦で三階建てで、心なしか前のめりになっている気がする。入り口の上に無理矢理とってつけたような看板には雑な字で「喫茶ハミングバード」と書いてあった。
私は立ち上がって伸びをした。いまのところ罪悪感より好奇心の方が強い。
百舌は錆び付いて開けづらいらしい引き戸を力任せにひっぱった。
そのとき私は見てしまったのだ。百舌の襟足に群青色の羽が生えているのを。それはまるで髪の毛のようで違和感は少なかったけれど、百舌が言っていた半分鳥ということにいよいよ現実味を持たせていた。
「さ、入って入って」
「お邪魔します」
店内はそれほど広くはなく、正面にダイニングキッチンにカウンター席が七つ並んでいるだけだ。右側は一段高くなったところが壁のように硝子戸で区切られている。
和洋折衷といった雰囲気だけど、ばらついている様子はなくて混沌の中に不思議な安定感があった。
百舌は走ってキッチン側に向かうと裏口を開けて叫んだ。
「ランさーーーーん!!只今帰りましたーーー!!」
裏庭があるみたいだ。思っていたほど敷地は狭くないらしい。
「ランさん?起きてますか!?」
返事はない。
「ちょっと柑菜、一緒においで。すごいものを見せてあげる。」
私は裏口に向かった。そここら見えたのは可愛らしい裏庭と小さな小屋だった。あの広さだと四畳半くらいだろうか。高さは低いけれどきっと二階建てだ。小屋の横には大きな木が生えている。なんの木だろうか。青々としていて自由奔放に枝を伸ばしている。
裏口は直にウッドデッキ(というか縁側?)に繋がっていて、ここで日向ぼっこしたら楽しいだろうなあ、と呑気に想像した。
「ランさん、起きてくださいよ」
サンダルを履いて小屋の前に飛んでいくと、百舌は語調を強めた。
「開けますよ?開けますからね!!」
百舌が外開きの扉を開けっ広げると見たこともない生き物がそこにいた。
二十歳くらいだろうか。若々しい女性の顔をしていて、目を閉じていながらも美しく妖艶な印象なのに、見にまとった深紅の着物から除く足は灰色でごつごつとしていてまるで怪物のようだ。裸足の足はそれこそ巨大な猛禽類のようだった。
「またこの人酔っぱらって寝てるよ。こりゃ起きたら機嫌悪そうだな」
「こ、、これ、は、なんなの?」
「あー、これ扱いはやめた方がいいよ。一応偉い人だからね。この街の。」
「偉い人?」
役所の人だろうか。それとも政治家か。
でも、百舌の答えは私の予想を遥かに越えた。
「うーん、簡単に言えば、神様?」
うさんくさすぎる。
私はやっぱりサボるんじゃなかった、と今更ながらに思った。
何度か百舌が名前を読んで、終いには頬をつねり出したころ、
「ピイイイイイイイ」
「あ、起きた」
人の口から到底発せられたとは思わない高く刺さるような声が裏庭に響き渡った。
「おはようございます、ランさん」
「ん、、、なんだ、なんだ、今何時だ。」
「2時ちょっと前です。」
「お前またサボったのか!学校からの電話の対応めんどくせえんだぞ!」
「スイマセン」
そこまで言ってランさんとか言う人はまっすぐに私を見た。その目があまりに鋭いものだから私はふくろうに狙われたネズミの気持ちがよくわかった。
「客か」
「違いますよ、友人です」
「友人だって!?また、珍しいこともあったもんだ」
「あんたが作ってこいっていうから、、、。ほら、その足なんとかしてくださいよ。怖がってます」
「あ、ああ。すまんすまん」
ランさんがすっくと立ち上がって伸びをすると私がランさんの顔に見とれている隙に足は人間のものになっていた。
「私はランだ。漢字は糸という字で言という字を挟んでその下に鳥を書く」
そういってランさんは枝を拾って地面に書いてくれた。
『鸞』
「この字にはな鳳凰って意味がある。」
「鳳凰ってあの鳳凰ですか?」
「そうだ。鳳凰の雄のことを鸞、雌のことを和と言うんだ。」
そこで私にひとつの疑問が沸いてきた。
「え、でもあなたは女性ですよね?」
「姿なんてどうにでもなるのさ。ま、数少ない百舌の友達がせっかく来たんだ。こんなところで立ち話もなんだから中でコーヒーでものみながらおしゃべりでもどうだい?」
「やけに機嫌がいいじゃないか」
百舌がぼそっと呟いた。でももうランさんはキッチンに入ってしまっていて聞こえてなどいないだろう。
私は再び中に入った。