泡沫の姫
初投稿です。駄作です。お目汚し失礼します。
一人の人魚姫は、ある人間を愛しました。
ですが、その人魚姫は相手の人間を助けるために、自らの命を擲ちます。
人魚姫は泡となり、消えてしまいましたが、その想いは後世に伝えられているのです。
「馬鹿みたい」
パタンと本を閉じる。
古びた表紙を指の腹で、そっと撫でた。本に綴られた人魚ーつまり、私の祖先は人間なんかのためにその尊い命を捨てたらしい。本当...馬鹿馬鹿しくて吐き気がする。
なんで私の祖先は、殺さなかったのか。もしかして、人間に情を抱くからそういうことになるのか。
じゃあその人間は、私の祖先に対してどんな感情を抱いたのだろうか。
「...考えても無駄かな」
所詮、人間は人間。人魚は人魚。二度と、相容れることなんてない。下らない考えは捨て、これからも海の中で生きていけばいいのだから。
「唄詩[うたう]様」
「...ルキ」
気配がないのに側にいた、私の側近で、一番の理解者のルキ。
小さい頃からずっと隣にいて支えてくれている存在。王宮中の誰が私を無視しても、彼だけは一緒にいてくれた。
「お妃様から、"話があるから来るように"らしいです」
「愛人の娘だから、話があっても来なさい...ね。相変わらずですこと」
「唄詩様っ」
咎めるように、どこか気まずそうに、私の名を呼ぶ。そんなルキに、私は優しく微笑みかけた。"分かっているから"そういう意味を込めて。
行き過ぎた発言は、私の立場を悪くするだけ。分かっている。分かっているからこそ、腹が立つ。
私、海野 唄詩[うみの うたう]は、本妻の娘じゃない。遊女の母から生まれた、アトランティス王国の卑しい王女。宮中でも立場がなくて、居心地が悪かった私は毎日を死んだように生きていた。
けど、そんなとき出会ったのがルキ。彼は私にとっての光になった。私を陽の当たる場所へと連れ出してくれた。世界の全てになった。
「大丈夫よ、ルキ。...さ、参りましょう」
腰掛けていたベッドから下り、部屋を出る。
この宮中は無駄にでかくて、無駄に豪華。だけど私は、そんな凄いところでも隅に追いやられ、存在さえ無視されている状態。そんな私に、お妃様は一体なんの用なのかしら...。
考えているだけで、気が滅入りそう。
「お妃様、唄詩です」
「入りなさい」
「...失礼します」
事務的な言葉を交わし、入室する。部屋には花の匂いが溢れ返っていて、海の中なのにありなのか、と、疑う。けど、気にしても無駄。あの人がありと言えば全てがありになる。そういうシステム。
「久しぶりですね、唄詩。ますます、美しさに磨きがかかったようで、何より」
「お妃様も、健やかにお過ごしのようで、お喜び申し上げます」
足音をたてずに歩きながら、心にもないことを言う。失礼に思うだろうけど、相手も同じなんだから、問題ない。私も、あの女も、お世辞を言うことには長けているんだ。
「ルキ、ご苦労様でした。下がりなさい」
「....畏まりました」
一礼して、静かに出ていった。その姿を見送った後、相手に向き直る。
「急に呼び出してご免なさい、唄詩」
「前置きは良いので、用件を言ってください」
「あらあら、相変わらず手厳しいこと」
こっちの気も考えないでよくもぬけぬけと...!白々しさに吐き気がする。こんなやつに、母は...!!
「早速だけど、用件は1つだけよ。人間と婚儀をあげなさい」
ーはぁ?
何をいってるんだ、この人は。私が人間を嫌っているのを知っていながらーいや、知っているからこそ。なのかもしれない。
何にせよ、悪趣味な...!
「お断りー」
「ダメよ?断っちゃ。これは、唯一この国で人間の姿をしている、貴女にしか出来ないんだから、ね」
私はこの瞬間、この魔女には嵌められたと気付いたのだった。