70
僕らは陣の最前線から敵陣の様子を伺う。
『静かだな、気味が悪いほど…まったく狙いがわからん』
『そうだね、引く気はまったくないみたいだね』
『そんなこと分かるのか』
僕の左目には相手の陣全体から立ち上る気迫のようなものを感じていた。
『なにかは分からないけれど、僕を恐れていないのはわかるよ…』
しばらく、2人で様子をみていたが動きが無いことを確認して戻って行った。
夕方にはこちらも全軍そろい、布陣も整った。
誰もが、このままにらみ合いに入っていくと思われた、その思惑は一通の手紙によって急展開を見せる。
『ハーン、ハーンすぐ来てくれ。相手から使者が来た。それも子供が単騎でだ』
バロンに急かされ、女王のテントに走る。僕とバロン。
女王は手を震わせながら使者からの手紙を握り締めていた。使者の子供は敵の真ん中で1人堂々と立ち。女王の返事を待っているようであった。
砦での出来事がよみがえる…
女王は使者の子供に近づき腰の剣を抜いて、その首に当てた。子供は恐れる様子も無く真っ直ぐ女王を見据える。
僕はとっさに飛び出し、女王の剣を弾く。
『ハーン、邪魔立てするな』
『女王陛下、使者を切れば大事になります。お戻りください』
女王は僕に使者からの手紙を渡し、席に戻った。僕はまったく動じない子供から離れ内容を確認する。
女王へ告ぐ、降伏するならあなたの命は助けよう。多くの血が流れることを私は希望しない。私にひれ伏し、命乞いをする機会を与えようと思う。明日朝、大平原の中央にて待つ。今までの自分の行いを省みて私に、そして自分の民に許しを請うがいい。待っている。
女王が怒るのは無理もない、しかしこれを子供に持たせるとは…そんなことを思っていると、突然子供は話しだす。
『僕は自分で進んでこの役目を買ってでました。我々の王が明日待っています。それでは失礼致します』女王にそう言うと頭を下げ、堂々とした態度を崩さずに帰っていった。
静まり返る、テント内。女王にいつもの余裕は無く、怒りにとらわれているようで、落ち着き無く歩き回っている。
『カミュ、明日は騎士団長のお前と、ハーンを連れて相手と会う』
周囲からはきっと罠があります。危ないことはおやめくださいと女王をとめる声で騒然となる。
『うるさい、では1人で相手の陣に堂々と喧嘩を売ってこれる者がこの中におるのか』
女王の一声で誰もが下を向き、場は静寂に支配された。
『誰もおらんではないか、ここまで馬鹿にされて、誰一人手を上げる者がいない。子供にもできることがわが軍の中には誰一人できぬとは』
女王の叱責に身ひとつ動かせない。そんな中バロンが歩み出る。
『女王陛下、このカミュ明日の会談では必ずお守りいたします。怒りをお納めください。皆も明日に備え準備を怠らないように。各自持ち場に戻れ』
バロンの一声に皆女王に頭を下げテントを出て行く。
その場には女王のそば使えの侍女とバロン、僕が残った。
『女王陛下、お怒りはごもっともですがあの言いようでは軍全体の士気に係わります。明日はそのようなことの無いようお願いいたします』
『わかった、私も言い過ぎてしまったようじゃ、許せカミュ。しかしこのままでは私の気がすまぬ。ハーン明日は付いてきてくれるな。我々は3人だけで向かう』
『さすがに危険では、近衛兵だけでも同行の許可を』
『ならん、カミュよどんな罠であろうと、子供1人で来た相手にぞろぞろ兵を連れて行っては臆病者の罵りを受けるわ。それに、カミュにハーンがおれば十分』
僕ら何も言えないまま、顔を見合わせた。
『明日は早くに出るぞ、今日はもう下がれ』
頭を下げ、僕らは女王のテントを後にする。
バロンは頭を抑え、『すまないが頼む』といって自分の持ち場へ戻っていった。僕は静かな敵陣を見つめ見えない敵の姿を考えていた。




