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『僕は、人を超えようと思っています。その僕が人の国の王にはなれません』
『ハーン、お前は何になるつもりじゃ。私の隣で一緒に色々楽しもうとは思わないか』
僕は静かに女王の手を離し。『なれるかはわかりませんけど』と話して微笑んだ。
『馬鹿な男よ、私も国も自由にできるというのに。なれるかもわからないものになろうというのか』
『はい』といって僕は部屋を後にする。
『なれるだろうか…なるしかないのだけど…』
1人孤児院への道を歩きながら、いよいよ迫った2日後の出発に胸が締め付けられる思いだった。
その日の夕食時にみんなに大規模な戦闘が始まること、2日後にはそのために出発することを伝えた。みんなもいよいよかと静かになる。
『ハーンさん達の無事を祈って明日の夕食は豪勢にしましょうね』
シスターの声に子供達から歓声が上がる。僕はそっとシスターに近づき大きな袋を渡して耳打ちした。
『僕は今回の戦いで戻れないかもしれません。このお金をみんなのために使ってください』
シスターは軽く頷き、僕の耳にこう囁いた。『ここはあなたの家よ』
僕はこみ上げる感情を押し殺し、笑顔で頷いた。
『サチ、ちょっといいかな』
僕は夕食片付けが終わった頃サチに声をかけ、外に連れ出した。
『どうしたのハーン』不安そうな表情のサチが僕の手をとって寄り添いながら言う。
『今回の戦闘で僕は戻れないかもしれない』
僕を掴む手が震えだす、サチはふらっと倒れる。僕はサチを抱きしめる。
『なぜなの、なぜそんなことを言うの…なぜ、早く帰ってくるっていってくれないの…』
『サチ、僕は人をやめようと思う。そんな者の近くにいないほうがサチのためだ』
僕は嘘をついた。
『もし、人のままでいられたら、帰ってくるよ。約束する』
『本当ね、ハーンが何になるのかわからないけど、優しいあなたが人でなくなるわけがないわ。私、待っている、ずっと待っているから』
少し元気を取り戻したサチは僕に口付けをして『おやすみ』といって戻っていった。
戻っていく後ろ姿を見ながら、『一緒にいたかった』と1人つぶやく…
翌日の夕食は大いに盛り上がり、サチも楽しそうにしていた。僕が帰ってくると信じているのだろう…
楽しい時間は早く過ぎる。時間は待ってはくれない…
『皆のもの、我らの敵を討ち果たす。全軍進め』
女王の号令の下大勢の兵士が大平原に向けて進みだす。いよいよ始まるのか…
行程は順調、大平原まで後半日というところで驚く報告が入る。相手の軍が既に大平原に入り陣を築いて待ち構えているとのことだった。
不思議なことにその陣は横長に伸びていて、相手が攻めてくる気配が無いとのこと。
行軍を急ぎながら、女王の馬車の中で僕とバロンそして女王が集まり会議が行われた。
『奇妙な、既に陣を築いているのに、まだ全軍揃っていないこちらを攻めぬとは』
『陣の形も気になります。話しのような形では守るも攻めるも移動に時間がかかります。狙いが読めません。ハーンどう思う』
僕はしばらく目を閉じ、考える。そして一つの考えを導き出した。
『おそらく、相手は僕の存在を知っている。のではないかと』
『確かに、戦争が本格的になってから、ある程度の規模の傭兵達が両国に入り込み色々探っていたようだ。ハーンの情報を知っていてもおかしくは無い』
『うわさ程度でも、村を消し、女王蟻を単独で撃破することができる僕相手に固まって向かってこようと思うだろうか。もしかしたらもっと詳細な情報も…』
僕とバロンはお互いの顔を見合わせてため息をついた。
『2人とも、好都合ではないか。布陣に出遅れたが相手は警戒して攻めて来ていない。その間にこちらの布陣は完成する。なにもこちらが困ることは無い』
女王は僕に近づき、これもすべてハーンのおかげと、身体を寄せてくる。
『女王陛下、気になることがありますのでハーンをお借りします』というと、バロンは僕を連れて馬車を飛び出し。馬で大平原まで駆け出した。
『バロン、僕は女王のものじゃないぞ、何がお借りします。だ、正直助かったけどね』
『あの場ではああいうしかあるまい。分かっていてその発言は嫌味だぞ』
行軍している横を駆け抜ける。大平原が徐々に見えてくる。平原のかなたには横に広がった敵陣がこちらを飲み込まんとしているように見えた。




