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花瞼に心臓  作者:
11/26

08 舌で融ける

 この程度か。というのが第一印象だった。

 時の流れというのは早いもので、アドニスの手によってこの右耳にピアスが嵌められてからもうすぐで一年が経過する。それはアドニスの右耳にも、同じように一日たりとも欠かすことなく光を与えた。後から聞くに、このピアスには高度な劣化防止の魔法や加護の魔法が宮廷魔導師の手によって幾重にもかけられているらしく、湯浴みの時ですらはずすことなく今までと変わらない生活をしている。

 少しずつ高度になっていく剣術や魔術の訓練には特に苦戦をすることもなく、そんな様子をアドニスに気に入らなそうに横目で見られながら二人で共に励んできた。同い年の二人が同じ訓練に挑めばどうにかして相手を出し抜いてやろうと闘志を燃やし、競い合うようにしていくうちに内容は高度化していった。とは言うが、主に闘志を燃やしていたのはアドニスだったが、必死に食らいついてくるアドニスに追いつかれないよう、しっかりと守れるようにと俺自身も全てに於いて基礎の基礎から叩き直した。

 そうして迎えた今日。リュミエール王立魔法学園の入学試験日である。

 俺とアドニスは目前に六歳の誕生日を控え、王国内最高峰であり最難関と名高いリュミエール王立魔法学園初等科の入学試験を受験しに学園へと足を運んでいた。王国内だけに留まらず隣国果ては周辺諸国にまでその名を轟かせる学園は入学も卒業も難しいとされ、そこに通うのはまさに選び抜かれたエリートの中のエリート。初等科から高等科まで存在し、その全てが全寮制である。財があろうと能力が無ければこの試験により弾かれる。能力があり財がないという者は、学園の用意する枠に収まりさえすれば学費は免除され名だたる名門子息と同じように教育を受けることを許されるのだ。ただ、その枠の狭さは雀の涙ほどであるのも事実。一発逆転を夢見て一家の希望に一身に背負い、田舎からはるばるやって来る子供も多い。当然倍率も相当のものになる。

 ちなみにだが今年度の倍率は例年よりも高くなっているらしく、その理由には俺やアドニス、他にも四大公爵家の人間が入学するというものが含まれている。なんとかして娘息子を王太子殿下や爵位持ちに取り入らせ、恩恵に預かろうという人間が少なからずいるのだ。その結果、今年度の入学志願者数は15000人を超え、120という枠から考えれば倍率は125を優に超えている。当然全員が試験を受けられるはずもなく、7割は書類選考の時点で落選を告げられる。そしてその厳正なる書類選考を突破した者が今日という日の試験を受けることを許されるのだ。全員を同時に試験ということにもいかないので家柄により幾つかのグループ分けが成され時間ごとに三種の試験をローテーションしていくことになる。ちなみにだがアドニスと俺は同じグループだった。

 125人に1人受かるかどうか、と言われてもそこから自分が溢れるとは思わない。しかし大抵の受験者は家族からのプレッシャーや緊張から表情が強ばっているが、俺とアドニスはこういった場で緊張をするようなタマではない。陛下への謁見ですら緊張を覚えないのだからそれもその筈。俺もアドニスも本番には強いタイプであるし、実力以上のものを発揮できると自身で確信している。更に俺は二度目の受験。

 最早怖いものなどないとばかりに迎えた一次試験は座学。整然と沢山の机と椅子が配置された大広間に集められ、監督官の声と同時に問題冊子を開いて愛用のペンを手に取った瞬間思わず笑ってしまった。慌てて声を抑えようとしたのだが逆にその口の動きがよくなかったらしく、空気の漏れるような笑い声が思ったよりも大きく出てしまう。隣に座って問題を解き始めていたアドニスが顔面を蒼白にしたかと思うとこちらに向かって人差し指を口に当て鬼のような形相で「しっ!」とジェスチャーで示す。そういえば去年の座学の試験では机から転げ落ちたペンに思わず声をあげた者がいてそいつは即刻失格とされたと聞いた。危ない危ない。

 ありがとう大丈夫だ、の意味を込めアドニスに向けてグッと親指を立てて見せると、アドニスは顔を引き攣らせてしきりに問題冊子を指で指し示す。どうやら「そんなことはいいから早く問題を解け」と言いたいらしい。あまりに必死な様子のアドニスにちょっと和ませてやろうかという優しさにも似た悪戯心がムクムクと胸に起き上がり、右手に持ったペンに注目するよう軽く目の前で振って見せる。

「?」

 不思議そうに少し首を傾げたアドニスの視線が自分のペン先に集中しているのを感じ、俺は左手を出してアドニスに見える位置で軽く握り込む。1、2、3とリズムをつけてペンを振り、そのペン先を自分の握られた拳に向ける。まだ意味がわからないようで訝しげにしているアドニスに見えるように、握っていた拳を掌が上になるようにしてぱっと開く。そこにはアドニスの好きなつやつやとした青い包装紙に包まれたチョコレートが一つ、自分が想像した通りに乗っかっていた。

 驚いた様子のアドニスの前でもう一度掌を握り、その視界からチョコレートを隠してもう一度ペンを振るう。するとアドニスはその成長しきっていない薄い肩を震わせて自分のペンを握っていた手を開いた。そこからアドニスが愛用している青のペンに紛れて、先ほどまで俺の手の中にあったチョコレートが青い包装紙をきらきらさせてコロリと机の上に転がる。コロコロと机の上を転がり続けるペンをそのままに、アドニスはそのチョコレートを手に取って真ん丸にした目でこちらを見つめる。

 それにニヤリと唇を歪めて返事としてやれば、アドニスは困ったように眉毛をへにゃりと曲げて笑いながら包装を解きチョコレートを口に含んだ。その時。

「そこ、何をしているんです!」

 あっ、やべ。大広間に響きわたった監督官の声に咄嗟に視線を問題冊子へと移して、それらしく見えるよう特に脈絡もない文章を問題文の余白に書き付ける。しかし変なところで真面目なアドニスは監督官の声に律儀にも顔を上げてしまい、そのまま目まで合ってしまったらしい。つかつかと監督官は一直線にアドニス目掛けて進んでくる。顔を青くしたアドニスの喉がゴクリと鳴って、チョコレートを飲み込んだ。

「名前は」

 白髪混じりの髪をきっちりと団子にひっつめ、眼鏡をかけた神経質そうな雰囲気の漂う初老の監督官はアドニスの前に立つと短くそう問う。アドニスはヤバイだろこれと言いたげに表情を引き攣らせ、チラリと一瞬こちらを横目で見た。いや、俺のせいなのに本当に申し訳ない。

 何故かアドニスはいつも俺のやらかした被害を一人で被っている気がする。いや、多分気がするだけではなく事実だ。彼がそういう星に生まれてしまったのかなんなのか分からないが、いつも一人で対応に追われている。

「......アドニス・アークライトです」

「なんと、我がリュミエール王国の王太子殿下様でいらっしゃいましたか。しかしこの場に身分など関係はありません。学を修得する者はこの学園において皆平等です」

「ええ、はい。その通りだと思います」

 このままアドニスが不合格となりこの部屋を追い出されることになるのならここで一、二発軽い爆発でも起こして自身も強制退場を願い出ようと頭の中で思考を回す。

 確かにこの魔法学園は高い水準にあるが、何がなんでもここじゃなきゃいけないということもないし優秀な学園は他にもある。だったら隣国にでも留学がてらアドニスと二人で逃げ込んでしまえばいい。なんだかそれがとても素敵なことのように思えて、よしそうと決まれば爆発パーティーだと掌に魔力を集めたところでふと考える。今ここでアドニスを助ければもしかして褒めてくれたりするんじゃないだろうか。アドニスに柔らかく目を細められて嬉しそうに褒められるのはとても気分がいい。

「すみません先生」

 ペンを置いた右手を真っ直ぐに上げる。

 試験官は何事かと視線の先をアドニスから俺へと変えた。

「どうかしましたか」

 監督官の後ろでアドニスが懸命に口をパクパクと動かして俺に何かを伝えようとしている。その動きを見るにどうやら「やめろ、余計なことをするな!」というようなことを言いたいらしいが、残念ながら今の俺は理解出来なかったということにさせてもらう。

「アドニスは初めての試験にとても緊張しているようで......。彼は緊張すると俺が背中をさすってやらないと不安感から不審な行動をとってしまうんです。背中をさすってやっても構いませんか?」

 出来るだけ心配と慈愛に満ちた表情を意識すれば、監督官の背後にいるアドニスは絶望の表情から頭を抱え机の上に突っ伏してしまった。勿論アドニスが緊張しているやら不審な行動やらというのは全部が全部真っ赤な嘘である。

 確かについさっきまでは上手く言い逃れの手伝いをしてやろうと思っていたのだが、反射的にというかなんというか、つい口から出た言葉はなんとも言えない出来のものになってしまった。本当に申し訳ないとは思っている。

「......あなた、名前は?」

「ラルフ・クロスフォードです」

 監督官は俺の家名を聞いた瞬間にひくりと細い眉毛を震わせた。その後に中指で眉間を押さえると深く静かにため息を吐き出す。

 その内心を代弁するならば「今年の王族貴族は問題児ばかりか」といったところだろうか。しかし一つ訂正させてもらうのならば問題児は俺だけであってアドニスは猫は被っちゃいるが至って真面目である。運悪く巻き込まれて問題児と思われるだけで。

「早くなさい」

 監督官は諦めたように首を振りながらそれだけ告げると俺に背を向けて、前方へと備え付けられていた監督官用の席へと戻っていく。俺は静かに椅子を立つとアドニスの隣に立ち、出来る限り優しくその背中を撫でてやった。

「大丈夫かアドニス」

「......お陰様でな」

 恨めしげに向けられた視線は明確な怒りを表していて、無理矢理笑顔を作ろうとしているらしいが口元はヒクヒクと引き攣っているしでその表情はとても穏やかな笑顔とは言えない。心なしか背中を撫でる指先からアドニスの体の震えが伝わってくるのだが、怒りからくるものだとは思いたくないのが本音だ。

 ニャンコをかぶってニコニコ笑うのはお前の得意分野だろう頑張れよと言ってしまいそうになったが、さすがにそれはすんでのところでなんとか止めた。もしかしたら殺されるかもしれない。

 そうしてなんとか終えた一次試験である座学の手応えはというと、満点であろうということは確信出来る完成度だ。それも当然、俺は過去にリュミエール王立魔法学園初等科の入学試験をトップで通過しているし、高等科を出る卒業試験でも首席を取っている。

 そして今回、力を隠すつもりは一切なくむしろフル活用して更に力を伸ばしてやろうという野望のある俺は記述問題ではまだ公になっていない王室お抱えの王宮魔導師が出した最新の研究結果を解答欄を突き抜け解答用紙の裏面にまでインクが滲むような細かい文字でびっしりと書いてやった。二次試験の試験会場へと移動する際に、アドニスと一次試験の出来の話になり何気なくそう言ってやれば流れるような動きで頭に拳骨を落とされた。

「俺はお前のせいでまともに頭が動かなかったよ!」

 必死な言葉に思わず声を出して笑うとがしりと頭を掴まれる。「心臓が止まるかと思った」と涙目で訴えられ、「そんなに俺と一緒に学校通えなくなるかもしれないのはショックだった?」とジョークを飛ばせば呻くような「当たり前だろ」という言葉と同時に頭を掴む手に更に力を込められた。

「ラルフのせいで気が気じゃない!」

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