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花瞼に心臓  作者:
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07 ピアス狩り

 なんだかんだでいつもこうなるんだよなあ、と納得のいかない気持ちで、悠々と脚を組む殿下に恨みつらみを込めた視線を向けるがそれに気がついているのかいないのか殿下は淡々と喋り続ける。

「大体お前はいつもいつも」

 四大公爵家嫡男としての自覚が足りないとおっしゃるんですね分かっています殿下それ今世だけでも軽く二桁、前世も入れると三桁ほど言われていますから貴方様に。

 思わず心の声が口からぽろりしそうになり、慌ててお口のチャックを閉める。ここで余計なことを言うといたずらにお説教タイムが延びるだけだということはこの状況に何度と立たされたことのある俺だからこそ分かることだった。

 頭に拳骨を食らった後、殿下はクロスフォード家のメイドにより綺麗にベッドメイキングが施された俺のふかふかのベッドにぼすりと勢い良く座ると不遜な態度で脚を組んだ。そしてシワシワになったベッドシーツに不満を抱きつつ殿下の隣に腰を下ろそうとした俺に、あろうことか殿下は渾身のデコピンを食らわせてきた。

 そうして言い放ったのだ。たった一言。

 正座、と。

 こうして四大公爵家嫡男である俺は私室の硬い床に膝をついて正座をし、長々と続く殿下の説教をひたすらに聞き続けている。

「お前は本当に何度言っても分からないな。その耳は飾りか?」

「そうですなので毎度続く殿下のお説教も意味を成していませんもうやめましょう」

「こんのクソガキが……!」

「何度でも言うけど同い年だ……!」

 ベッドの上から伸びてきた手に思い切り耳朶を引っ張られ、仕返しにと正座から膝立ちに体勢を変えて殿下の頬を引っ張る。顔が横に伸びようと、元の顔がいいものだと分かる微妙な崩れ方に逆に腹が立つ。もっと醜くなれという気持ちを込めて更に指先に力を込めれば耳朶を引く力も強くなった。

「俺より誕生日遅いくせに……!」

「たかが数日だろ……!」

 お互いにお互いを引っ張り合いながら相手を睨みつけ、思いつく限りの暴言や不満をぶつけ合う。頭の中で何度も何度も繰り返した感動の再会シーンは実践される予感すら運ばれずに泡と消えることになった。なんと無情なことだろう。悩みに悩んだ俺の貴重な時間を返して欲しい。

 そうこうと考え、二人して他の人間に聞かれたら卒倒されてしまいそうな汚い言葉を吐き出しているうちに、争点は今朝の出来事であるミストラル皇国の刺客襲撃の話となっていた。

「まず一人で刺客に対抗しようなんていうのが馬鹿の考えなんだ! 他の低脳な人間はお前の愚かな行動を褒め称えているらしいが考えなしにも程がある!」

「確かに一人で刺客に対抗して殺されるのは馬鹿だが俺はちゃんと倒した! 殿下に迷惑もかけてない!」

 そう言い切った瞬間、殿下の口元がひくりと引き攣った。そして本日二度目、またしても頭に拳骨が落とされ視界が揺れる。

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまでか!」

 ベッドから床に立ち、真っ直ぐに俺を見る殿下に向かい合うように俺も正座を崩し背筋を伸ばして立つ。若干ふくらはぎのあたりがピリピリとしているが、ここで蹲っては男が廃る。

「本来なら何も分かっていないお前を見限りもう知らんと部屋を出て行くところだが心優しい俺はしっかりとお前を諭してやる。心して聞け」

「頼んでないので退室して下さって結構だ」

「コイツ……!」

 ぐに、とまたしても容赦無く両頬を抓られぐんと顔と顔が近付く。

 その殿下の手を振り払おうとまだ細い手首を掴むが、殿下の手首を掴んでいる俺の手も小さいし思っていたよりも本気らしい殿下の力は生半可ではなく俺の頬は横に伸びるばかり。最後の抵抗にと思い切り殿下を睨みつけてやるが、彼はそんなことはものともしない。

「あのなあ、俺は迷惑をかけられただなんて一言も言ってないだろ」

「だったらほっとけ!」

「ほっとかない。お前は俺の弟だ。弟の間違いは兄が正す義務がある」

「あなたの弟になった覚えはない!」

 俺の言葉に殿下は息を詰めたがそれもほんの短い時間のことで、肩の力が抜けたかのように大きなため息をひとつ、つかれる。その「何も分かっていない」と言いたげな眼差しにまたしても不満は募る。

 いつの間にか俺の頬を引っ張っていた手はずるずるずると下りながら顎をなぞり、両肩に添えられるように置かれていてその力も弱まり、いつでも振り払えるというのにそうすることは出来なかった。口ではなんとでも言うが、なんだかんだでやはり俺は殿下を拒むことが出来ない。

「俺もお前も子供なんだ。大人を相手に勝てるだなんて思っちゃいけない」

「でも勝った」

「運がよかった。俺が毎朝『今日もラルフが無事に過ごせますように』と祈りを捧げているお陰だ。恩に着ろよ」

 そう言ってよしよしと俺の頭を撫でる殿下の表情は、確かに街で見かける兄弟の兄そのものといった様子で。いつでも心配そうに弟の後をついて回っては手を差し延べるそんな情景がとてもよく似合う。

「心配なんだと、一々そう言わないと分からない?」

 ぐりぐりと頭を撫でられながら、ご機嫌を伺うかのように少し腰を曲げて下から顔を覗き込まれると鼻にツンとした熱さが込み上げる。穏やかで優しい人だから本当に困ってしまうのだ。この人の温もりにくるまれてしまえば何をしたって間違っているのは毎回こちらの方なんだから。だからどうしたって、俺がこの人を守りたいと思った。

「悪かった。俺も言い過ぎたからそんな泣きそうな顔をしないでくれ」

「そんな顔してない」

「じゃあ俺の見間違いだ。ごめんな」

 ははは、と声をあげて笑いながら殿下の手が俺の頭から滑り落ち、背中を撫でてそのまま抱き締められる。

 ぽんぽんとリズミカルに背中を叩く様子が子供を宥める母のようで、またしても俺は子供扱いかと思うが少し熱い殿下の体温が相変わらずで気が抜けてしまい甘んじてそれを受け容れることにした。こうして同い年の俺を子供扱いする殿下はいつだって幸せそうだった。抱き締められいるので残念ながら今はその表情を見ることは出来ないがやはり幸せそうに笑っているのだろう。そうならいいと思う。

「そうだラルフ。約束通りプレゼントを持ってきてやったぞ。嬉しいか?」

 ふと思い出したように殿下が言うので俺は思わず顔を顰めてしまった。抱き締められていて良かったと思う。そのおかげでこの不満そうな顔は隠せているだろう。しかし今回に関しては俺は悪くない。どちらかというと今回悪いのは、殿下の趣味だ。

「あまり、期待はしていません」

「いや存分に期待してくれていい」

「去年の失態を忘れましたか」

 不本意ながらも少し気分が落ち着いてきたこともあり敬語を使う余裕が出てきた。ずずっ、と鼻を啜って殿下の肩口から顔を上げて、じとりと上目遣いに楽しげにしている殿下を睨みつける。

 やはりそんな視線を楽々かわす殿下は胸ポケットから綺麗に畳まれたチーフを抜き取るとそれを俺の鼻にあててきゅっと摘んだ。

「はいちーん」

「んぐっ」

 腹いせとばかりに豪快に鼻をかんでやると、やはり殿下は楽しそうに俺の鼻を拭って汚れた面を内側にたたみ直してポケットにしまった。

「去年のプレゼントは気に入らなかった? ラルフに似合うと思って選んだんだけどな」

「目が腐っているんじゃないですか」

「そう言う割には毎日一緒に寝てるんだろ?」

 にやりと口元を歪ませる殿下の視線の先にはシーツが乱れた俺のキングサイズのふかふかベッド、ではなくその上を我が物顔で陣取っている俺と身長が変わらないんじゃないかというほどの超巨大テディベア。透き通った青の宝石が二つ、目となる部分に縫い付けられくりくりとした眼が愛らしいそのテディベアの毛色は俺の髪と同じきらきらの金色。

 目も毛も、俺と同じ色を持つこのクマは去年の俺の誕生日に殿下が王室が贔屓にしているデザイナーに作らせた一点モノだ。バカみたいな値段がしたに違いない。なんてったって目元にキラキラと輝く宝石は見たこともない程に大きなサファイアだったのだから。

 なんだかデカいものを殿下自身が担いでやってきたと思ったらこれまた美しい包装の中からは女の子が喜びそうな愛らしいテディベアが出てきたものだからびっくりだ。殿下から頂いたものを無下にする訳にもいかずこうしてベッドを共にしているのだが、一年も一緒にいると愛着も湧いてきているのも事実。どことなく居心地が悪い。

「まあ今回はお前の意思もちゃんと汲んださ」

 今度はズボンのポケットに手を突っ込み、多少苦戦しながらも殿下曰く俺の意思を汲んだ誕生日プレゼントとやらを引っ張り出した。ころんと殿下の掌の上に転がったのは小さな箱。

 それは深い紺色のベルベットで、さらりとした光沢のあるそれは小さな出で立ちながらもたっぷりとした高級感を醸している。少なくとも、やはり今回のプレゼントもおいそれと子供が購入できるような額のものではないということだ。箱の形からしてどうやら今回はアクセサリーのように思えるのだが開けてみないことには始まらない。

 早く早くと殿下に急かされるままにぱかりと箱を開くと中にはキラキラと光を反射する一対のピアスが鎮座していた。

「気に入った?」

「テディベアよりはいくらか……」

「テディベアだってお気に入りだろ」

 そう言って殿下は俺の手から箱ごとピアスを取り上げるとベッドの横に備えつけられているテーブルにことりと置く。そうして自身はベッドに腰掛けると、おいでおいでとこちらに手招きするので遠慮なく殿下の隣にぼすりと座った。

「俺の話を聞かない悪いお耳にお仕置きしてやろうと思ってな」

 そう笑って何かを摘む素振りで殿下が俺に見せたものは、針だった。そう、なんの変哲もない、針。しかし俺は一瞬にして理解したくもないその針の用途を理解してしまった。さあっ、と顔面から血の気が失せる。

「まさかとは思うけど、俺の思い過ごしですよね殿下」

「いつからそんな余所余所しい呼び方するようになったんだよラルフ。いつも通りアドニスと呼んでくれ」

「やめろアドニス近付くな!」

 いい笑顔でがしりと二の腕を掴んでくる殿下、基いアドニスの指先にはしっかりと針が握られており、その針は自分の出番は今か今かとその銀の体を輝かせている。

 つまりあれだろう、その針でぶっ刺すんだろう俺の柔らかな耳朶を!耐えられるかそんなの!医者を呼んで手順を踏め!

「心配するな、上手くやる」

「信じられるかド素人が!」

 なんとかアドニスの手の内から逃げ出そうと身をよじるが、右耳の耳朶を摘まれ鳥肌がたつ。完全に捕まった。

「失敗されたくなかったら大人しく目を閉じとけよ」

 その声色にノーの返事は受け付けないという色がありありと浮かんでいて、腹を決めて固く目を瞑る。

 俺の眉間の皺を解すようにぐりぐりと指先で眉の間を揉むアドニスに「やるなら早くしろ」と視線で促すと、アドニスは肩をすくめて片手で俺の両目を覆う。お陰で視界は真っ暗で何も分からず感覚が鋭くなった気がした。ひたりと、右耳にアドニスの指先が触れる。今か今かと唇を噛んで待ち続けること十秒前後、途端にアドニスの笑い声が響いた。

「いつまで固まってるんだよラルフ、もう終わってるって」

「は?」

 アドニスは笑ってそう言うが、ほんの僅かな痛みだってこの身を襲うことはなかった。

 いつの間にかアドニスの手からは針が消え失せていて一体何が起きたのか把握が出来ない。

「まさか本気で針ぶっ刺すと思ってたのか?」

「思ってた」

「お前相手にそこまでエグい真似はしねえって。耳朶の感覚消して魔力の糸を通して開通」

「そうならそうと最初っから言えよ!」

 まあまあそう怒りなさんなとベッドから腰を浮かせた殿下は先程サイドテーブルに置いたピアスを取り、いまだベッドに座る俺の真正面に膝立ちをする。

 誕生日プレゼントにと用意されたピアスはまたしても去年のテディベアの目と同じ見事なサファイアが嵌め込まれたもので、そう言えばこの人は以前俺の目の色が好きだと言っていたなとどうでもいいことを思い出した。

「もう皮膚は再生させたからつけるぞ」

 右耳の耳朶が軽く引っ張られるような感覚のあと、「よし」と殿下は独り言のように呟くと満足そうに一つ頷いた。

 きっと今、俺の右耳にはどんな宝石商でも一生涯のうちにお目にかかることの出来ないような立派なサファイアのピアスが彩られているのだろう。それこそ、これ一つを売ってしまえば一生を遊んで暮らせるような額がぽんと手元に転がり込んでくる。それじゃあ次に左耳いくかと左の耳朶に触れたアドニスを止める。いいこと思いついた。

「アドニス、折角だから半分こしよう」

 えっ、と声をあげたアドニスの隣に立ち、その左耳に指先を添える。

「でもこれはラルフの為に選んだプレゼントだ」

「俺はアドニスとおそろいがいい」

 そう言って微笑みかければアドニスは感慨深そうに俺の顔を見る。まるで反抗期の弟が遂に理解を示してくれた時の兄のような表情に腹を抱えて笑いたくなるがここは我慢が大事だ。そう自分に言い聞かせ、指先の魔力に集中する。

「ラルフ……ッてぇ!?」

「あっははは! ごめんアドニス、間違えて感覚が増幅する魔法掛けちゃった!」

「わざとらしい!」

「ちゃんと穴は空いたから大丈夫だよ」

 軽口を叩きながら手早く先程アドニスが俺にかけたものと同じ治癒魔法をかけて、傷口から雑菌が入らないようにする。

 アドニスの手の中にあった箱から残りのピアスを取り出し、ぶすりと乱雑にアドニスの左耳の穴に通してキャッチできゅっと留めればはい、完成、

「ほらアドニス、おそろい」

「ほんとに、兄弟みたいだな」

 全身を映し出す繊細な装飾の施された姿見の前までアドニスを引っ張り、二人肩を並べて立つ。現段階ではあまり身長差は目立つものではないが、若干アドニスの方が背が高い。そしてそれは歳を重ねるにつれてぐんと引き離されることになる。とはいっても俺は小さいわけではなく、平均より少し高い程度。アドニスの成長が著しいのだ。

 姿見に映る二人は髪の色も目の色も違いとてもアドニスの言うように兄弟には見えないが、自称俺の兄貴分はお互いの耳に光るサファイアを見て嬉しそうに笑っていた。そして姿見に映る俺自身も、満更ではないように見えた。

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