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教育係

「教育係?! 嫌よ、絶対にイヤ!」

 アルティナは必死の形相でわめき散らした。机をドンと叩きつけ、立ち上がる。しかし、向かいに座る年輩の女性は平然としていた。

「もう決定事項です。あなたの教育係は厳しい女性だと聞いています」

 眼鏡をかけたきつい顔で、冷たく淡々と事務的に言う。しかし、アルティナは引き下がらなかった。

「勝手に決めないでよ! だいたい……」

「またわがままばかり言っているのですか?」

 戸口からの穏やかな声が、アルティナの話をさえぎった。彼女は、まっすぐな長い銀髪をなびかせながら振り返った。そして、あからさまに不愉快そうに眉をひそめ、その男を睨みつけた。

「あんたにだけは言われたくないわ、この自己中オトコ!」

 そう罵られながらも、彼はにこにことしていた。濃青色の官服、鮮やかな金髪、涼しげな顔立ち——サイファである。

「そろそろ観念したらどうですか?」

「冗談じゃないわ。来てくれるだけでいいって言ったじゃない!」

「それを言ったのは私ではないですよ」

 彼はにこやかな表情のまま受け答えをした。アルティナはむくれながら、じとっと彼を睨んだ。ある考えが頭をよぎる。

「……まさか、あんたの差し金じゃないでしょうね?」

 思いきり疑惑を抱きながら、抑えた声で尋ねかけた。サイファは大きくにっこりとした。

「アルティナさんのためですよ。あなたのことを快く思っていない人間は多いですから。つまらないことで、揚げ足をとられたくはないでしょう?」

「だからって、あんたたちの言いなりになるなんてゴメンだわ。私は私、変わらないわよ!」

 サイファに人さし指を突きつけ、強気に言い放った。しかし、彼は冷静なままだった。

「変わってほしいわけではありません。今のままで構いませんよ。ただ、知ってて従わないのと、何も知らない、何も出来ないのとでは、大きく違いますから」

 アルティナは胡散くさそうに眉をひそめた。

「騙されないわよ。腹黒いあんたの言うことなんて信用できるもんですか」

「裏なんてありませんよ」

「とにかく、絶対にイヤよ!」

「そんな悲しいことをおっしゃらないでください」

 サイファの声ではない。可憐だが、それでいて凛とした声。アルティナが目を瞬かせると、サイファの背後から少女が歩み出てきた。上品なシャンパンゴールドのドレスに身を包み、愛らしい微笑みを浮かべている。

「初めまして、アルティナさん。教育係を務めさせていただきます、レイチェル=エアリ=ラグランジェです。よろしくお願いいたします」

 アルティナは唖然とした。

「……教育係? あなたが?」

「はい」

 レイチェルはにこっと笑った。

「かぁわいぃーー!!」

 アルティナは彼女をがばっと抱きしめた。

「こんな可愛い教育係なら大歓迎よ。厳しい女性だなんて嘘ばっかり、もう」

「あら、私は厳しいですよ。びしびし指導させていただきます」

 レイチェルはにっこり笑いながらそう言った。アルティナはその言葉を真に受けてはいなかった。にこにこしながら彼女の頭を撫でる。

「それで、お嬢ちゃんは何を教えてくれるのかしら」

「礼儀作法、言葉遣い、王族のこと、王宮についてとそのしきたり、法律関係、政治関係、必要であれば科学や魔導についてもお教えします」

「へぇ、若いのにいろいろ知ってるのね」

 アルティナは少し驚いたように感心した。レイチェルはくすりと笑った。

「私、アルティナさんと同じ年齢なんですよ」

「同じって……ハタチ……? う、うそ?!」

「本当ですよ」

 サイファが後ろからフォローした。アルティナはしげしげとレイチェルを見た。

「ずいぶん幼く見えるわね。ま、可愛いからいいけど!」

 サイファはにっこり笑ってふたりを見た。

「気に入っていただけたようで良かったです。これからよろしくお願いしますよ。あまり我侭ばかり言って、私の妻を困らせないでくださいね」

 アルティナはきょとんとした。

「つま……ツマ……? 妻ぁ?!」

 目の前のレイチェルにバッと向き直る。

「じゃあこの子がウワサの幼な妻?! 確か、4年前に結婚して、娘もいるって……」

 呆然としながら、まじまじと彼女を見つめる。そして、キッとサイファに向き直った。

「まるっきりコドモじゃない!! バカ!! 変態!!」

 アルティナはサイファを責めたてたが、彼はにこやかな表情のまま、まったく動じることはなかった。

「じゃ、レイチェル、あとは頼むよ」

「ええ」

 レイチェルに見送られながら、サイファは部屋をあとにした。


「では、さっそく始めましょうか」

 レイチェルはアルティナに振り返った。

「もう? 今から?」

 アルティナは少しうろたえたように聞き返した。こう見えて、まさか本当に厳しい人なのでは……。そんな不安に襲われた。

「まずはお茶の楽しみ方から、というのはどうでしょうか」

 レイチェルはにっこりと笑顔を見せた。アルティナも安堵してニッと笑った。

「いいわね。厳しくビシビシと?」

「ええ、覚悟してくださいね」

 ふたりは顔を見合わせて笑いあった。


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