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おかえり

「やあ、レイチェル」

 濃青色の官服に身を包んだサイファは、にこにこしながら手を上げ、庭で遊んでいたあどけない少女と小さな男の子に近づいていった。

「サイファ! おかえりなさい!」

 レイチェルは彼を目にすると、ぱっと顔を輝かせながら駆け寄った。軽く飛び上がるようにして、彼の首に腕をまわし抱きついた。嬉しそうに屈託なく笑っている。彼の方も幸せそうに微笑みながら、彼女の頭を撫でていた。

「どうしたんだい、レオナルドなんかと遊んで」

 さわやかな笑顔のまま、微妙に刺を含んだ言葉を吐いた。その刺が向けられた小さな少年は、はちきれんばかりに頬を膨らませながら、上目遣いで彼を睨みつけている。

 レイチェルはそれに気がついているのかいないのか、特に気にする様子もなく返事をした。

「家庭教師の先生が突然やめてしまったの」

「そうか。いい先生だったのに残念だったね」

 サイファは心にもないことを口にした。実は、彼女の家庭教師を辞めさせたのは彼だった。あの先生のレイチェルを見る目つきはおかしい——彼女の父親にそう直訴をしたのだ。しかも、そういって辞めさせたのは三人目である。

「でも、先生がいなくても、自習はしておかなければいけないよ」

「はい」

 レイチェルは大きく澄んだ瞳をまっすぐ彼に向けると、鈴を鳴らしたような声で素直に返事をした。サイファは愛おしそうに彼女の頭を撫でた。そして、にっこりと笑いかけると、自分の頬をちょんちょんと指さして催促をした。彼女はにこっと可憐に微笑み返すと、彼の頬に軽く口づけた。

 ——!!

 サイファを睨み続けていたレオナルドは、その光景に激しくショックを受け、口を大きく開けたまま固まった。そんな彼に、サイファはさらに追い打ちをかけた。ニッと口角を上げ、勝ち誇った表情で小さな彼を見下ろす。

 ——こっ…この…あくまっっ!!

 レオナルドは心の中でそう叫びながらも、口には出せず、泣きながら走り去っていった。

「あら? どうしたのかしら、レオナルド」

 レイチェルはきょとんとして振り返り、小さくなる彼の後ろ姿を目で追った。

「家に帰ったんだろう。彼もいろいろ忙しいのさ」

 サイファは彼女の肩に手をまわした。

「君ももう家に入ろう。そろそろ冷えてくるよ」

「ええ」


 レオナルドは自分の家に帰ると、一直線に台所に駆け込んだ。冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出すと、その場に座り込んでそれをあおった。口の端から白濁液を垂らしながら、ごくごくと喉に流し込んでいく。半分ほどで一息つくと、牛乳パックを抱きかかえた。

 ——レイチェルおねえちゃんは、あのあくまにだまされているんだ……。ぼくがはやく大きくなって、おねえちゃんを助けなきゃ……。

 悔し涙を浮かべながら、ぶつぶつと独り言をつぶやいた。そして残りを一気飲みしようとしたところで、いきなり後頭部をはたかれた。

「レオナルド! パックごと飲むのはやめなさいって何度言ったらわかるの!!」

 背後で鬼のような形相の母親が角を出していた。レオナルドは泣きながら、自分の部屋に戻っていった。


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