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49. 光と闇

「今回こそは、絶対に勝てると思ったのによ」

 ジークは張り出された成績を覗き込み、納得のいかない面持ちで口をとがらせた。リックとアンジェリカは顔を見合わせ、互いに肩をすくめて笑った。

「何度見たって結果は変わらないって」

「そうよ。朝もあれだけしつこく見てたじゃない」

「わかってるよ!」

 ふたりから逃れるように背を向けると、ジーンズのポケットに手を突っ込み歩き出した。ふたりも小走りでジークについていった。柔らかな日の射す廊下を、三人は並んで歩く。今日はテスト結果の発表のみで授業はない。まだ昼前だが、すでに帰った生徒も多く、人影はまばらである。

「だいたいおまえ、一ヶ月もアカデミー休んだくせに、なんであんな点とれんだよ」

 ジークは半ば呆れたような口ぶりでそう言った。

「もちろん、頑張ったからよ。ジークに負けるわけにはいかないし」

 アンジェリカは彼を見上げてにっこりと笑いかけた。ジークは慌てて目をそらせた。

「おっ……俺だって、まだあきらめたわけじゃねぇぞ! 卒業までには、おまえに勝ってやるからな!」

 耳のあたりを赤らめながら、こぶしを握りしめ、早口でまくし立てた。

「うん」

 アンジェリカは再びにっこりと笑いかけた。


 三人は食堂まで来ると、カウンターで飲み物を買い、窓際のテーブルに席を取った。広い食堂内はがらんとしていた。ジークたちの他には数組いるだけである。聞こえるのは遠くのかすかな話し声と、木々のざわめきくらいだった。

「あしたから長期休暇だな」

 ジークはほおづえをつき、窓の外に目をやった。青葉の深い緑が、風に揺れながら光を受け、きらきらと輝いている。

「ふたりとも、今年もまた働くの?」

 アンジェリカはジークの視線を追いかけながら尋ねた。

「あっ、そうだ……」

 ジークは鞄を開け、中をかきまわしながら何かを探し始めた。

「あった、これ」

 そう言って、しわだらけのチラシを机の上に置いた。白い紙に黒い文字が打たれただけの、そっけないものである。アンジェリカとリックは顔を近づけて覗き込んだ。

「俺、ここに採用されたんだ。時給いいんだぜ」

 ジークは嬉しそうに白い歯を見せてニッと笑った。

「王立魔導科学技術研究所……? ああ、魔導を科学的に解明しようとしているところね!」

 アンジェリカはぱっと顔を上げた。しかし、リックはまだチラシを目で追っていた。小さく書かれた文字を指さす。

「この仕事内容、必要データの提供……って何?」

 アンジェリカも指で示された部分に目を落とした。

「要はモルモットってこと?」

「い、嫌な言い方すんなよ」

 ジークは顔を引きつらせながら苦笑いした。

「でも、面白そうなところよね」

 アンジェリカはめずらしくはっきりと興味を示した。リックはコーヒーを飲みながら、少し驚いたように彼女を見た。

「だろ? 普通に入ろうとしても、入れてもらえねぇからな。アルバイトついでに、いろいろ見学してこようって魂胆だ」

 ジークはわくわくした様子で、子供のように無邪気に笑った。

「……私も、行こうかな」

 アンジェリカは目を伏せ、ほほをほんのり赤らめながら、ためらいがちに言った。ジークは目をぱちくりさせながら彼女を見た。

「もう遅ぇぜ。応募期間は過ぎてるし、募集はひとりだし。ま、どっちにしろ、おまえは年齢制限で引っかかるけどな」

 淡々とそう言うと、ジークはチラシの下の方を指さした。アンジェリカとリックは同時に覗き込んだ。そこにははっきり「18〜22歳」と書かれていた。アンジェリカは口をとがらせ、ほほをふくらませた。ジークに振り向いたリックも、なぜか怒ったような顔をしている。

「ジーク、ちょっとひどくない? アルバイトのこと、何も言ってくれないなんて」

「悪かったよ」

 ジークは少し体を引くと、バツが悪そうに笑った。そして、少し恥ずかしそうに目をそらし、声のトーンを落として続けた。

「前もって言って、落とされたらみっともねぇだろ」

 ふたりは呆れ顔をジークに向けた。

「でも残念だよ。今年もジークとショーをやるのを楽しみにしてたのに」

「俺はほっとしてるぜ。おまえと違って好きでやってたわけじゃねぇし。あんな恥ずかしい、なんとかレンジャーなんてよ」

 ジークは去年のことを思い出し、苦い顔をした。

「冷たいなぁ」

 本気で落胆しているリックを見て、アンジェリカはくすりと笑った。

「まあ、今年はひとりで頑張れよな。俺は俺でバリバリ働くからよ」

 ジークはリックの背中をポンと叩いた。リックはため息をついて、コーヒーを口に運んだ。

「ねぇ、二ヶ月間ずっと働くつもりなの?」

「ん? ああ。休日はあるけどな」

「そう……」

 アンジェリカは下を向き、ティーカップを両手でとった。そして、緩やかに揺れる琥珀色の水面をじっと見つめた。

「少し、寂しいわね」

 ジークははっとして彼女を見た。それから慌てたようにうつむくと、ブラックのコーヒーをスプーンでかきまぜ始めた。

「と、ときどきは連絡するから、よ」

「うん」

 アンジェリカは顔を上げ、にっこりと笑った。そしてふいに何かを思いついた様子で、ティーカップを机に置くと身を乗り出した。

「ねぇ。今年も誕生パーティやるんだけど、来てくれるわよね? 休暇中になっちゃうんだけど、ふたりの都合のいい日に合わせるから」

 長期休暇の時期は学年によって異なる。昨年は休暇後だったが、今年は休暇中にあたるのだ。

「うん、もちろん!」

 リックは即答した。しかしジークは暗い顔でうつむいていた。彼はレオナルドの言葉を思い出していた。家族を不幸にしたのはサイファ自身だと……。レオナルドを信用しているわけではない。だが、気になるのも事実だ。心のどこかでサイファを疑っている自分がいる。アンジェリカの家に行けば、当然、彼と顔をあわすことになるだろう。普通に振る舞えるのだろうか。

「……嫌なの? プレゼントとかはいいから、来てくれるだけでいいんだけど……」

 アンジェリカはだんだんと声を小さくしながらそう言うと、不安を顔いっぱいに広げた。ジークはその声で我にかえった。慌てて返事をする。

「行く、行くぜ、もちろん。悪い、考えごとしてた」

 彼女を安心させるようににっと笑顔を作って見せた。ややぎこちなかったが、それでもアンジェリカはほっとしたように表情を和らげた。

「そういや、今年も呼ぶつもりか? アイツ……」

「あいつって、レイラさん?」

 ジークはけわしい表情でうなずいた。

「もちろんよ。お見舞いに来てもらったお礼もちゃんとしたいし」

 嬉しそうに弾んだ声で答えた。反対に、ジークはますます沈んでいった。レイラは自分勝手で自己中心的で、おまけに非常識だ。しかし問題はそれだけではない。息子、つまりジークの恥ずかしい過去をたっぷり握っているのである。そのうえ彼をからかって楽しむという悪趣味だ。リックはまだしも、アンジェリカと会わすことはなるべく避けたい。だからといって、呼びたがっているのにやめろとは言えない。ジークは無理だと思いつつも、何事もないよう祈るしかなかった。

「そうだ、ラウルにも声を掛けなきゃ」

 アンジェリカは軽く言った。

「なっ……! 呼ぶつもりか?!」

 ジークは思わず声を張り上げた。目を見開き、口を開けっ放しにして、彼女を見つめる。

「たぶん来てくれないけど、一応ね。去年も断られちゃったし」

 アンジェリカは冷静に答えると、ティーカップを手にとり、だいぶぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。

「今から行ってくるわね、ラウルのところ」

 にっこり笑って立ち上がり、空のティーカップを持って返却口に向かった。

「待てよ、オイ!」

 ジークとリックは慌てて残りのコーヒーをあおり、彼女のあとを追った。

「ジーク、どうするの? 万が一、ラウルが来ることになったら」

 リックは、前を行くアンジェリカを気にしながら、声をひそめて尋ねた。ジークは顔をしかめて頭をかいた。

「だからって、行かねぇわけにはいかないだろ」

「よかった」

 リックはにっこりと笑った。


「レオナルド、おまえは外で待っていろ」

 ラウルは戸棚から包帯を取り出しながら、窓際で腕を組んでいるレオナルドに命令した。

「いいのよ、彼は」

 丸椅子に座ってラウルを待ちながら、ユールベルは感情なく言った。ラウルはそれ以上、何も言わなかった。新しい包帯と薬瓶を手に取ると、ユールベルの前に腰を下ろした。彼女の頭の後ろに手を伸ばし、左目を覆っている包帯をほどきにかかる。

 レオナルドは窓枠に手をつき、外に顔を向けた。樹々の深緑が風に揺れ、ざわざわと複雑な音を掻き鳴らす。

「今、レオナルドのところにいるのか」

「そうよ」

 ラウルはユールベルの包帯を取り外し、彼女の見えない目をあらわにすると、そのまわりの消毒を始めた。オキシドールの匂いがあたりに広がる。彼女はそのくらくらするような匂いが好きだった。無意識に深く吸い込む。胸を少し上下させただけで、背筋はピンと伸ばし、前を向いたまま微動だにしない。ラウルは新しい包帯を手に取ると、彼女に巻きつけ始めた。

「寮を引き払え。入寮待ちの生徒は山ほどいる。おまえが一ヶ月で入れたのは、サイファが裏で手をまわしたからだ」

 それを言い終わると同時に、包帯の方も結び終わった。彼女の髪に手ぐしを通し、軽く整える。ユールベルは目を細めてじっと彼の瞳を見つめたが、彼はそれに応じることなく片づけを始めた。

「どうしてあなたはいつも、そんなに冷たいことしか言えないの?」

「だったらひとつ忠告しておく。レオナルドはやめておけ」

 ラウルは手を止めず、淡々となんの感情も見せずに言った。レオナルドは驚いて振り向き、彼の背中を睨みつけた。

「どういう意味だ」

「おまえには荷が重すぎる。ユールベルを受け止めるだけの器ではないということだ」

 ラウルは背を向けたまま、冷たく言い放った。

「そう言うのなら、あなたが私を受け止めてよ」

 レオナルドが答えるより早く、ユールベルは抑揚のない声でそう言った。レオナルドは目を見開いて彼女を見た。彼の表情にははっきりと動揺の色がにじんでいた。そんな彼の様子を気にかけることもせず、ユールベルはラウルの膝に横向きに座り、彼の首に手をまわした。

「受け止めて、くれる……?」

 じっと目を見合わせると、彼と唇と軽く重ね合わせる。それから彼の耳に口づけし、吐息とともに何かをささやいた。ラウルはまったく表情を動かさない。ユールベルは再び彼の瞳を見つめると、今度は深く長い口づけをした。互いが触れ合うかすかな音だけが静かに流れる。やがてゆっくりと顔を離すと、彼の広い胸にそっと身を預け、彼の肩ごしにレオナルドを冷たく一瞥した。

 レオナルドはようやく我にかえった。目の前で起きていることは夢ではない。現実だ。

「やめろ!!」

 ふたりに駆け寄ると、乱暴に引き離した。ユールベルはよろけて床に倒れこんだ。

「なぜだ……どうしてなんだ!!」

 体をこわばらせ両こぶしを握りしめ、大声で叫ぶと彼女に振り返った。彼女は倒れこんだままの姿勢で、床を見つめていた。

「俺よりもラウルの方がましということか? それとも、俺を試しているのか?」

 レオナルドは喉の奥で息を詰まらせたように、不安定に震えた声で問いつめた。ユールベルははっとして顔を上げかけたが途中でやめ、逆にさらに深くうなだれた。緩やかなウェーブを描いた長い髪が床に落ちる。

「やっぱり、私、だめみたい」

 ぽつりぽつりと短い言葉をつなぐ。レオナルドは怪訝な表情を浮かべた。

「あのひとの言うように、どうしようもない人間だわ」

 彼女は吐き捨てるようにそう言うと、床についた手をぎゅっと強く握りしめた。そのこぶしも肩も、小刻みに震えている。

「違う! そんなことは……」

 レオナルドは慌てて否定した。しかし、彼女はより大きく肩を震わせた。

「もう、見放していいわよ、私なんか……」

 隠そうとしても隠しきれない涙声。レオナルドはうつむき顔をしかめた。

「……見放してほしいのか?」

 苦しそうにそう尋ねると、ユールベルは小さな声ですすり泣き始めた。静かな医務室の中、彼女の嗚咽のみが響く。レオナルドは何かをこらえるようにきつく目を閉じていたが、やがて決意を固めたように、ゆっくりと目を開いた。そして彼女の体を起こし、ぎゅっと強く抱きしめた。

「たとえどんなに拒絶されたとしても、俺はあきらめない。やっと見つけたんだ。あきらめてたまるか!」

 震える彼女を抱き上げて立たせると、向かい合ってしっかりと手をつないだ。そして、もう一方の手で、彼女の頭を自分の肩に引き寄せた。

「見てろ、ラウル。おまえが間違っていたことを、いつか証明してやる」

 ラウルを睨みつけ、低く静かにそう言った。そして、ユールベルの手を引き、戸口へ足を進めた。


 レオナルドが扉を開けると、そこに黒髪の少女が立っていた。

「あなた……」

 ユールベルは驚き、まだ涙が乾ききっていない右目を大きく見開いた。その少女はユールベルのルームメイト、ターニャだった。泣きそうな、怯えたような顔をしている。何か言いたそうに口を開けるが、言葉が出てこない。代わりにユールベルが端的な一言を突きつける。

「つけてきたのね」

 図星をつかれたターニャはますます言葉をなくした。逃げるようにうつむき、目を閉じまぶたを震わせた。

 レオナルドはユールベルの手を引き、戸口をまたいで廊下に出ると、後ろ手で扉を閉めた。もうラウルと面倒な話はしたくない。彼が出しゃばってこないことを祈った。

「聞いてたんでしょう」

 ユールベルは返事を待たずに、さらに冷たく尋ねた。

「……ぬ、盗み聞きなんてするつもりじゃなかった……けど……ごめんなさい、悪かったわ」

 ターニャはこわばった顔で、無理やり笑顔を作った。しかしユールベルはそれを受け入れなかった。突き放すような冷たい瞳を向ける。

「もう私には構わないで」

「私は、あなたが心配で……!」

「放っておいて! あなたもわかったでしょう、私がどんな人間か。もう構わないで!!」

 ユールベルはむきになって言い返した。こんな感情的な彼女を見たのは、ターニャは初めてだった。しかし、それに驚いている場合ではない。

「あんなの聞いたら放っておけるわけないじゃない!!」

 ターニャも負けずに言い返した。そして、ユールベルにまっすぐな黒い瞳を向け、悲しげに顔を歪ませた。

「どうして……? どうしてそんなに自分を傷つけるの? どうしてそんなに近づく人を拒絶するの?」

 その言葉はユールベルを突き刺した。青い顔でターニャを睨みつける。

「あなたにはわからないわ!!」

 レオナルドの手を引っ張り、アカデミーの方へ駆けていった。遠ざかるふたりの足音を聞きながら、ターニャは両手で顔を覆い、肩を震わせ、その場に崩れ落ちた。


「ねぇ、あれ……」

「あ、こないだの」

 アンジェリカが指さした先には、黒髪の少女が座り込んでいた。顔は見えなかったが、おそらくターニャに間違いない。三人は急いで走り寄った。ジークは、うつむきないている彼女の肩を揺すった。

「どうした、オイ! ラウルに何かされたのか?!」

「ちょっと、どうしてラウルを疑うわけ?!」

 アンジェリカはジークに突っかかった。しかし、ジークがそう思うのも無理はなかった。ここはラウルの医務室の前である。こんなところで泣いていれば、ラウルが何かしら関わっていると考えるのも当然だろう。

 しかし、ターニャは首を横に振った。

「私が悪いの……ユールベルを傷つけちゃった……」

 三人は互いに顔を見合わせた。彼女のその言葉だけでは、どういうことなのかよくわからない。しかし、それ以上、彼女に話をきける雰囲気ではなかった。

 リックはハンカチを差し出した。ターニャは驚いたように彼を見上げた。しかし、泣いてぼろぼろの顔を手の甲で隠しながら、慌ててうつむいた。

「……持ってる、から……」

 しゃくりあげながらそう言うと、スカートのポケットから薄い桜色のハンカチを取り出し、無造作に顔に押しあてた。三人はどうすればいいかわからず、ただ黙って彼女を見下ろしていた。


「君たち、ユールベルの事情に詳しいの?」

 涙を拭って落ち着きを取り戻したターニャは、うつむいたまま冷静に尋ねた。三人の表情に緊張が走った。

「まあ、ある程度は……」

 ジークはためらいがちに答えた。

「私は、寮に入るのは家庭の事情としか聞いてないんだけど、あの子の心には、そうとう深い闇があるような気がするの」

 ターニャは沈んだ声でそう言うと、ハンカチを握りしめた。

「虐待……でも受けていたんじゃないのかな。背中にもおなかにも古傷があったし、あの目だってきっと……」

 アンジェリカは頭から一気に血の気の引いていくのを感じた。青白くこわばった顔でうつむく。額には冷たい汗がにじんでいる。ジークとリックも無言でうつむいた。

 ターニャはそれを肯定の返事ととったようだった。

「やっぱり放ってなんておけない……! でも、どうすれば……」

 両手でハンカチをきつく握りしめ、下唇を噛みしめた。そして眉根にしわを寄せ、目をきつくつぶった。ひざの上に涙が数滴こぼれ落ちた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 レオナルドの手を引き走るユールベルは、泣きながらつぶやくように繰り返した。レオナルドは逆にユールベルの手を引き、抱き寄せた。

「何も言うな」

 彼女の背中にまわす手に力を込め、彼女の頭に頬を寄せた。全身で彼女を感じようと、彼女を包み込もうとする。しかし、彼女は小刻みに震えたまま、頬に涙を伝わせた。

「私、自分がわからない……こわい……」

 怯えたように消え入りそうな声で、たどたどしく言葉を紡ぐ。

「おまえが見失ったら、俺が見つけてやる。だから、安心しろ」

 思いつめたふうにそう言うと、歯をくいしばり、眉間にしわを寄せた。しかし、それを悟られないように、彼女の肩に顔をうずめた。そのまま小さく呼吸をして息を整える。ユールベルは、彼のあたたかい吐息を感じ、いくぶん落ち着いてきたようだった。いつものように無感情な声で、ぽつりぽつりと話し始めた。

「彼女にだけは、知られたくなかった……あんな私……」

「誰だ。あのおせっかいの偽善者は」

 レオナルドは思い出しながら顔をしかめ、嫌悪感をあらわにした。

「寮のルームメイトよ。いいひとだわ。とても良くしてくれた」

 ユールベルはそこまで言うと、レオナルドの背中に細い腕をまわした。どこか迷ったように、ぎこちなく力を込める。

「でも、私には眩しすぎる。彼女の光が、私の闇を深くするのよ」

「関わらなければいいさ」

 レオナルドはきっぱりとそう言うと、ユールベルを強く抱きしめた。


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