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22. 突然の訪問者

「ジークさん、いらっしゃいますか?」

 背後から掛けられた聞き覚えのない声。玄関先を竹ぼうきで掃いていたレイラは、手を止めゆっくりと振り返った。

 そこに立っていたのは、すらっと背の高い少女だった。明るい栗色の髪と深い濃青色の瞳が、上品さを漂わせている。彼女は少しぎこちない笑みを浮かべて、レイラの返事を待っていた。

 レイラはしばらく、彼女のすっきりとした顔立ちに見とれていた。顔だけではない。細く長い手足、透き通るような白い肌、深い色の瞳……。そのすべてに見とれていたのだ。しばらくそうしていたが、ふと我にかえると、勢いよく家の中に駆け込んでいった。

「ジーク!! ジーク!!」

 とんでもない大声で叫びながら、レイラはドタドタと階段を駆け上がっていった。ジークは彼女に冷ややかな視線を投げかけた。

「何だ? 空から鯛でも降ってきたのか?」

「あんたにすっごい美人さんが会いに来てんのよ!」

「……? アンジェリカじゃないのか?」

「違う違う、彼女だったら一回会ってるしわかるわよ。あんたと同じか、ちょっと上くらいのべっぴんさんよ」

 ジークは訝しげに、斜め上に目をやった。

「セールスかなんかじゃねぇのか、それ」

「セールスでもなんでもいいから、とにかく早く行ってきなさいよ! 見るだけでも得した気分になるわよ」

 レイラはなぜだか上機嫌だった。彼女に急かされるまま、ジークは階段を降りていった。面倒くさそうに頭をかき、ため息をつく。

「あ?」

 ジークは、玄関口に立っている来客を目にすると、一瞬、驚きの表情を見せた。

「久しぶり」

 それはセリカだった。少しばつが悪そうにしていたが、それでもなんとか笑顔を見せようとした。しかし、ジークはそれに応えようとしなかった。むっとして体ごと横に向き、腕を組みながら壁にもたれかかった。

「なんで俺の家、知ってんだ?」

「名簿に住所が載ってるわ」

 彼女はあっさりと答えた。ジークは名簿の存在などすっかり忘れていた。

「今、何してたの?」

 今度はセリカが尋ねた。

「勉強」

 ぶっきらぼうに一言だけ答えた。そしてそれきり口を開こうとはしなかった。沈黙がふたりの間に流れる。

 セリカは居心地の悪さを感じながらも、無理に笑顔を作ってみせた。

「少し、話がしたいんだけど」

 ジークは無表情でしばらく沈黙を保っていた。だが、ふいにセリカとは別の方から視線を感じ、そちらに振り向いた。そこには、階段の上の方から、興味津々に身を乗り出しているレイラがいた。ジークは思いきり呆れ顔を彼女に向けた。そして、ふうとため息をつくと、壁から体を離した。

「外へ出よう」

 ジーンズのポケットに軽く手を突っ込み、セリカを追い越すと、大きな足どりで外へ出ていった。セリカはレイラに向かい、丁寧に一礼すると、ジークのあとについて出ていった。

「へぇ……。なんだかワケありっぽいじゃない?」

 レイラはほおづえをつき、わくわくしながらふたりの姿を見送った。


 ジークはポケットに手を入れたまま、無言で歩き続けた。セリカはその五歩ほど後ろを歩いていた。それ以上、近づくことを許さない、そんな空気を彼の背中に感じとっていたのだ。

 十分くらい歩き続け、鉄棒と砂場しかない小さな公園に辿りついた。隣が森のためか、昼間にもかかわらず、薄暗くひんやりとしている。ひとけもなく、鳥のかん高い鳴き声だけが響いていた。

 ジークは自分の腰ほどの高さの鉄棒にもたれかかり、腕を組んだ。

「話って何だ?」

 セリカを見ることなく、斜め下に視線を落としたまま、低いトーンで切り出した。

「あの日のこと……ごめんなさい」

 セリカは平静を装っていたが、その声はわずかに揺らいでいた。

「謝る相手が違うんじゃねぇのか」

 ジークは、低い声ではっきりと言った。その声からは、あからさまな苛立ちが滲んでいた。セリカのいう「あの日」というのが、長期休暇前の成績発表の日ということはすぐにわかった。あのとき、確かにセリカに対して怒りを表していたのは自分だった。だが、彼女の謝るべき相手は、彼女が最も傷つけた相手、すなわちアンジェリカである、そうジークは思ったのだ。

 セリカは図星をつかれて押し黙った。アンジェリカにも謝る、それが正しいのだとわかっていながら、どうしてもそう答えることができなかった。

 風がふたりの間を吹き抜ける。

 セリカの薄地のワンピースがパタパタと音を立ててはためいた。その軽い音にあおられるように、セリカの鼓動はどんどん速くなっていった。早く何か言わなければ……。追い立てられるように、懸命に言葉を探した。

「わ……たし……」

 言いたいことも定まらないまま、セリカはうわずった声で切り出した。そして、眉根を寄せると、苦しそうに大きく息を吸い込んだ。

「自分でも、わからないの。どうして、あんなことを言ったのか……。自分が自分でなくなるような……」

 少しづつ息を吐きながら、消え入りそうな声で言葉をつなげた。ジークは彼女に顔を向けると、鋭い視線を突き刺した。

「そんないいわけをするために、わざわざ来たのか?」

 セリカは再び言葉を失った。彼女の目の前に、一瞬、闇が広がった。

 ジークは勢いをつけて鉄棒から体を離し、そのまま数歩前へ出た。そして、セリカに背中を見せたまま、静かに口を開いた。

「おまえ、四大結界師になりたいとか言ってたな」

 セリカは、彼がなぜ急にその話を持ち出してきたのかわからず、不安げに顔を曇らせた。

「……えぇ」

 自信のない声で小さく答えた。

「おまえには世界を任せられない。俺が阻止する」

 静かに、しかしはっきりと、ジークは言い放った。そして、彼女を残しその場を立ち去った。


「……何やってんだ、おまえ」

 ジークは目を見開いた。リックは、公園の外側にある並木の根元にしゃがんでいた。その姿勢のままジークを見上げ、困ったように笑ってみせた。

 ジークの表情が、驚きから呆れへと変化した。

「覗いていたのか。悪趣味」

「おばさんにきいたらキレイな子と出ていったっていうから、ここかなと思って来てみたんだけど、とても出ていける雰囲気じゃなくて、つい……」

 一通りのいいわけを済ませると、リックは膝を伸ばして立ち上がった。

「でも、あそこまで言うことなかったんじゃない? 泣いてたよ」

「泣いてたのか?」

「まだ泣いてるよ。ほら、ここから見えるよ」

 リックは木陰に身を隠しながら、公園の中を指さした。

「見ねぇよ。見たくねぇ。見るもんか」

 少し苛立って、ジークは早口でまくしたてた。


「おかえり!」

 レイラは歯切れよく声をかけた。ミシンがけの手を止め、玄関から入ってきた足音に目を向ける。

「ああ、ただいま」

 ジークは母親を見ることなく、疲れた声で返した。

「おじゃまします」

 リックはジークに続いて家に入り、にこやかにと挨拶すると、軽く頭を下げた。レイラは彼に笑顔を返すと、再びミシンがけを始めた。だが、すぐにその手を止めた。よく通る大きな声を、再びジークに向けた。

「あんまり女の子を泣かすもんじゃないわよ!」

 それを耳にしたとたん、ジークは昇りかけていた階段をとびおりた。

「おまえも覗いてたのか!」

 耳を真っ赤にしながら叫ぶジークに、レイラは一瞬驚いたが、すぐにいたずらっぽい笑顔に変わった。

「へぇー、泣かしたんだ。テキトーに言ってみただけなんだけど、当たっちゃったわけね! やるわね、この色男!」

 ジークはただ唖然とするしかなかった。


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