表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/111

擦れ違う告白

 授業が終わり、リックはのんびりと鞄に教科書やノートをしまっていた。のんびりとしているのは、急ぐ理由がないからだ。放課後はいつも、親友のジークを自席で待つことになっているが、たいてい20分くらい待たされているのだ。

「ねぇ、リック」

 クラスメイトのミーシャが親しげに声を掛けてきた。彼女とは一年生のときから同じクラスである。友達といえるほど親しくはないが、クラスメイトとして普通に会話をする間柄だった。

「なに?」

 リックが振り返って尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうにもじもじして肩をすくめた。

「ジークってさ、付き合ってる彼女、いる?」

「いないと思うよ」

 リックは素っ気なく答えた。今までも同じ内容の質問を、何度か受けたことがある。すべて別の女子だ。

「じゃあ、私のこと、何か言ってなかった?」

「別に、そんな話は出たことないけど」

 リックは淡々と答えた。

 ミーシャは顔を赤らめながらも、必死に食い下がる。

「あのね、それとなく聞いてくれないかな? 私のことどう思ってるのか、とか」

「うーん、僕は嫌だなぁ」

 リックは机の中のものを出しながら、考え込んでいるような、ゆっくりとした口調で言った。

「どうして?」

「ジークってそういうコソコソしたこと嫌いだし、そんなの引き受けたってバレたら、僕が怒られちゃうよ」

「そっか、そうだよね。ジークってそんな感じだもんね。そういうところがカッコイイんだけど」

 ミーシャはエヘヘと照れ笑いした。

 リックは顔を上げ、にっこりと微笑みかけた。

「ジークのことが好きなら、自分で言った方がいいんじゃない?」

「えっ? どうしてわかるのっ?!」

 彼女は火が出るほどに顔を真っ赤にして、片腕で口元を隠しながら後ずさった。

「……そこまで言ったら誰でもわかると思うよ」

 リックは苦笑しながら言った。彼女は以前からどこか抜けているところがあった。基本的に素直ないい子なのだが、ときどきとんでもなくボケたことを言ってくれる。いわゆる「天然」というやつだ。

「そっか……でも、うん、そうだよね」

 ミーシャは両手をパタパタさせて顔を扇ぎながら、ひとりで納得していた。

「自分で言わなくちゃね。本当、そのとおりだわ。ありがとう! リックに相談してよかった!!」

 笑顔を弾けさせてそう言うと、栗色の髪を揺らしながら、一目散に教室を飛び出していった。


「ジークっ!!」

 ミーシャはジークを目にすると、遠くの廊下から、大きく手を上げて走り寄った。

「あ、何だ?」

 ジークは少し驚いたように目を大きくして足を止めた。学校内において、大声で名前を呼ばれる経験はあまりない。しかも、相手はよく知らない女子である。顔に見覚えはあったが、どこで見たのか思い出せない。もちろん名前など記憶にあるはずもない。

「あの、ちょっとお話があるの!」

 ミーシャは胸元でぎゅっと両手を握りしめて言った。上目遣いでじっと見つめ、返答を待つ。

「あぁ」

 ジークは気のない声を漏らした。今からリックを迎えに行こうと思っていたところだが、多少は待たせても大丈夫だろうと考える。

「少しだけならな」

「えっと、ここではちょっと話せないから……あそことかでどう?」

 ミーシャはきょろきょろとあたりを見渡しながらそう言うと、パッと女子更衣室を指差した。

「おまえ……」

 ジークは白い目を向けた。だが、彼女は真顔そのものだった。冗談なのか、本気なのか、ただの頓珍漢なのか判別がつかない。

「言っとくけど、俺は男だぞ」

「あっ?!」

 ミーシャは廊下中に響き渡るような素っ頓狂な声を上げた。どうやらただの頓珍漢だったらしい。周囲の生徒たちがいっせいに振り返った。

「本当だ、ごめんなさい! えっと、じゃあ……」

「体育館の裏とかでいいか?」

 ジークはたまらなくなって自分から提案した。彼女に任せていたら、またとんでもないことを言い出しそうだと思ったからだ。これ以上、好奇の目にさらされることは避けたかった。すでに周囲からの視線が痛い。

「うん、人がいなければどこでも!」

 ミーシャは無邪気に元気よく答えた。そのことで、また周囲の生徒たちが視線を向ける。彼女には、ジークの心情などまるでわかっていなかった。

「じゃ、行くか」

 ジークはため息をついて階段を降り始めた。


「いいお天気ね」

 渡り廊下から外に出ると、ミーシャは空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。新鮮な空気が体に浸み込むようで心地いい。

 だが、ジークは返事もせず、目的地に向かって黙々と歩き続けた。

「で」

 体育館の裏に着くなり、短い一言を発した。一言というか一音だった。ズボンのポケットに手を突っ込み、面倒くさそうに振り返る。

「話って何だよ」

 さっそく本題に入った。体育館の中からは、ボールの跳ねる音やシューズの摩擦音、威勢のいい掛け声などが聞こえてきた。部活中のようだ。ふたりの会話は、中には届かないだろう。

「あ、うん……」

 ミーシャは顔を赤らめてうつむき、下のほうで両手を組み合わせた。親指をもじもじと絡め合うように動かす。決心はつけてきたはずだったが、いざとなると勇気が出ない。しかし、ジークはコソコソしたことが嫌い、というリックの言葉を思い出し、思いきって口を開く。

「私、ジークのことが好きなの!」

「あぁ」

 ジークは気の抜けたような相槌を打った。

「だから、良かったら付き合ってください!!」

 ミーシャは勢いに任せて、一気に言い切った。痛いくらいに強い鼓動で、心臓がはちきれそうだった。胸を押さえながら返答を待つ。

「あー、悪りぃ」

 返ってきた第一声は、まるで緊張感のないものだった。

 ジークは斜め上に視線を流して頭を掻くと、ぶっきらぼうに続ける。

「俺、そういうのはリックで間に合ってるから」

「……へ?」

 ミーシャはきょとんとして、間の抜けた声を漏らした。二度ほど大きく瞬きをする。

 だが、ジークは何の説明もしなかった。

「そういうことだから。じゃあな」

 そう言って一方的に切り上げると、軽く右手を上げ、校舎へ戻っていった。

 ミーシャは何の反応も出来ず、その場に呆然と立ち尽くしていた。小さくなる彼の背中を見つめながら、彼の言葉をゆっくりと頭の中で反芻する。

 リックで間に合ってる……?

 間に合ってる……??

「え……? ええっ?!! それって、どーゆーことよっ?!!」

 ミーシャは体育館の裏で、ひとり頭を押さえながら驚愕した。自分が断られたという事実より、彼の語った内容にショックを受けた。体育館からは、体操着姿の生徒が数人、彼女の叫び声につられて顔を覗かせた。


「リックのバカ!!」

 全速力で教室に戻ってきたミーシャは、遠心力をつけた鞄で、リックの後頭部を力いっぱい殴った。油断していたリックは、一瞬、目の前が真っ白になった。机に突っ伏すように倒れこみ、殴られた後頭部を抑えながら、ゆっくりと顔を上げて彼女を睨む。

「痛いよ! いきなり何するの?!」

「私が玉砕するってわかっててあんなこと言うなんてひどい!!」

 ミーシャは顔を真っ赤にして、ヒステリックな声を上げた。目に涙を溜め、今にも泣き出しそうだった。

 リックはその表情を見て驚いた。そして、少しだけ心が痛んだ。

「そりゃ、上手くいくとは思ってなかったけど……でもそれって僕のせい?」

 ジークがそういうことに興味がないのはわかっていた。だからといって、彼女の告白を阻む権利は自分にはない。それに、たとえ望みはないと忠告したところで、納得はしないだろう。いい結果であれ、悪い結果であれ、本人の口から聞くべきなのだ。

 しかし、彼女の思考は、予想もしない方面に向かっていた。

「ジークにフラれるのを見てほくそ笑んでたんでしょう?! ざまあみろって思ってたんでしょう?!!」

 こんなに意地の悪いことを言われては、いくら温厚なリックでもカチンとくる。

「そんなこと思ってないよ。なんでそうなるわけ?」

 あからさまに怒りを含んだ声で、少しきつめに言い返す。

 だが、彼女は、それ以上の怒りと勢いをもって応酬する。

「自分がちょっと可愛いからっていい気にならないで! バカぁっ!!」

 彼の耳元でつんざくような叫び声を上げると、泣きながら走り去っていった。

 リックは片耳を押さえながら顔をしかめた。鼓膜が破れるかと思った。まだキーンと耳鳴りがしている。

「……いったい何だったの?」

 嵐の後の静けさの中、リックは怪訝に首を傾げた。


「あれ? 今のヤツ……」

 リックの教室へ向かう途中、ジークは泣きながら走っていく女子生徒とすれ違った。顔はよく見えなかったが、体育館裏で話をした相手に似ているように思った。多分、本人だろう。

 ——俺が、泣かせた?

 いや、あのときは泣いてはいなかったはずだ。別の理由かもしれない。たとえ、自分が原因で泣かれたとしても、この場合は仕方のないことだ。過去の反省を踏まえ、こういうことにはきっぱりと対処することにしている。自分にとっても相手にとっても、それが最善だろうと考えていた。

 沈んだ気持ちを払おうと軽く頭を振り、扉が開いたままの教室に足を踏み入れる。

「リック、待たせたな」

 いつものように、笑顔で右手を上げた。

 しかし、リックに笑顔はなかった。片耳を押さえて奇妙な表情をしている。彼にしてはめずらしく、何か、不機嫌そうだ。

「ジーク、さっき女子に告白されたでしょう?」

「なんで知ってんだよ」

 ジークは眉をひそめ、訝しげに尋ね返した。

 だが、リックは彼以上に眉をひそめた。

「どういう断り方したわけ? なんか彼女にものすごい八つ当たりされたんだけど」

「別に、普通だぜ?」

 ジークは腕を組み、体育館裏のことを思い返す。何もおかしなことは言っていない。はっきりと断った。ただそれだけだ。少なくとも、ジーク自身はそう思っていた。

 だが、リックはそれでも疑いの眼差しを向けていた。

「何か気になるなぁ」

「細かいこと気にすんなって」

 ジークはカラリと笑い、机の上に置いてあったリックの鞄を手に取った。

「帰るぞ。俺んち来るだろ?」

「うん」

 リックはようやく笑顔を見せた。椅子から立ち上がると、ジークから鞄を受け取り、並んで教室を出て行った。


 その後、一部で妙な噂がまことしやかに囁かれたが、ふたりがそれを知ることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ