1-6 明日の為に
「シームアー? 帰ったわよぉー」
トタン屋根とベニヤ板で作られた粗末な小屋『砂埃』の入り口にかかる麻布をめくりながら、ハルカが声をかける。
「なんでハルカは誰にも手を貸さないのよ……」
ハルカに続いて、ヒカルを背負ったアンが入り口をくぐる。
その可愛らしい顔は疲れで歪みきっている。
「だってー私じゃヒカルもミチルも持てないもんー」
「そりゃそうだけど! もうちょっと気を使いなさいよ!」
「アン。ハルカには何言っても無駄だ」
ハルカに噛み付きそうなほど詰め寄るアンを、ミチルを背負ってきたリョウが止めに入る。
リョウが悲鳴弾を使用した後『正義の盾』が広場に向かってきたことに感づいたリョウ、アン、ハルカの3人は、素早くヒカルとミチルを背負い、砂埃まで逃げてきた。
と言っても、実際労力を割いたのはヒカルを背負ったアンと、ミチルを背負ってきたリョウだけだ。
走って10分、歩いて20分の道のりの間、ハルカは鼻歌を歌いながら優雅に歩いていただけである。
「おぉーリョウ。正義の盾には見つからなかったか?」
店の中が騒がしくなったことに気付いたのか、シームアが奥からゆっくりと出てきた。
「なんとか顔を見られるより早く逃げ出せたよ。現行犯じゃない限り向こうも動けないだろう」
ミチルを床に寝かせながらリョウはシームアに告げる。
至近距離であの悲鳴を受けたミチルとヒカル。20分経つ今も意識はあまりハッキリしない様子だ。
「ははぁ悲鳴弾を使ったんだろう。まぁ一晩寝かせておけば治る。ミチルとヒカルにも良い薬になるだろう」
一目で二人が混濁している理由を見抜いたシームアは、笑いながら二人に汚れた毛布を掛ける。
「そ・れ・で? これだけ苦労したんだから、情報はタダで貰えるんでしょうね?」
やっと背中に圧し掛かっていた重荷を降ろすことの出来たアンは、八つ当たり気味にシームアに尋ねる。
「そりゃあな。ワシだって商人の端くれだ。対価に見合ったものを渡すのが商人ってモンだ」
17歳の小娘に凄まれた所で、シームアは微塵も表情を変えたりはしない。
長年砂埃という店を任されてきただけはある。
「やだーアンがめついー」
「ハルカは黙ってなさいよ!」
「リョウーこわーいー」
甘ったるい声を出しながら、ハルカはリョウの腕に抱きついてくる。
アンの揚げ足を取るハルカに、それに噛み付くアン。昔からよく見られたやり取りだ。
「おっおいハルカ」
「なにー? ドキドキするー?」
腕に抱きつき、上目遣いでリョウを見てくるハルカ。
しかしいくら見目麗しい外見であっても、ハルカの見た目はせいぜい12歳が良い所。
いたってノーマルな性癖のリョウとしては、妹がじゃれ付いてきてるようにしか感じない。
「ハッ、ハハッハ、ハルカ! なにしてんのアンタは!」
アンにとっては、そうも感じれないようであるが。
「別に何にもしてないもぉーん。リョウと仲良いだけだもーん」
このように、アンが反応すると面白がったハルカはさらに煽り続ける。
ハルカはこれを毎回楽しんでいるのだから性質が悪い。
「はぁ……シームア情報をくれ」
「良いのか?」
右腕を中心に喧々囂々の女の争いが勃発しているリョウに、シームアは意味深な目線を投げかける。
「いつものことだよ。ほら、情報」
この女同士の論争にも慣れっこのリョウは、平然とした顔つきで対価を求める。
「相変わらずつれない男だよお前は。これが凍月の間の情報だ」
シームアは3枚程の一組に綴られた藁半紙をリョウに渡してきた。
「どう思う?」
右手は少女達の口喧嘩で塞がっている為左手で器用にページを捲り素早く目を通すリョウに、シームアが問う。
藁半紙に書いてあった内容は相当厳しい内容のようだ。リョウはしばらく遠くを見詰めながら思考を巡らせる。
「そうだなぁ……本当なのか? これ」
数秒間を置いてシームアに尋ねるリョウ。
「ワシの情報が嘘をついたことがあるか?」
「そうなんだよなぁ。偽の情報にうんざりしたから、砂埃に来てるわけだしなぁ」
飲食街でアンが言った通り、リョウは凍月の情報については何回騙されたかも覚えていない。
似ても似つかないボロの刀剣を掴まされた事。思いもしない強力な魔物が巣食うダンジョンに迷い込まされた事。ハイエナ達に待ち伏せされた事までもあった。
そんな偽の情報にうんざりしたリョウがミチルに相談を持ち掛けた事が、砂埃に来店するようになったきっかけだ。
シームアの情報はいつも正確だ。藁半紙に書かれた情報も、確かな物に違いないだろう。
「よし……分かった。シームアありがとう。アン、ハルカ、悪いけど用事が出来た帰るよ」
藁半紙の情報に現状を照らし合わせたリョウは、素早く結論をはじき出す。
「えっ、もう行っちゃうの? せっかく私に会いに来てくれたのに!」
右腕に抱きついたままのハルカから甘い声。
「アンタに会いに来たわけじゃないってば! リョウ……どこ行くの?」
口喧嘩に呆れられたと勘違いしたアンからは心配そうな声。
「なんでもないよ、明日の準備だ。アン、ハルカ仲良くするんだぞ」
やることが決まったとなってはすぐさま行動にうつしたいリョウは、するりとハルカの腕から抜け出すと、素早く砂埃から外に出た。
麻布の向こう側から『アンタのせいでリョウが!』だとか『アンのせいじゃないのー?』等といった声が聞こえた気がするが、念願の宝のことで頭がいっぱいになっているリョウには気にも触らないことだった。
――――――
「悲鳴弾2個に煙幕弾4つ。あとは閃光弾……いや閃光弾はいいか」
雷魔法をとうとう使えるようになった幼馴染の顔を思い出しながら、リョウは注文を続ける。
ティパールの外周、北の外れ。リョウは行きつけの完成品爆弾専門店『爆弾狂』に足を運んでいた。
正確には砂埃を出てから既に4店目、明日の探索に必要だと考えられる器具、道具の入った袋で両手は一杯だ。
「これで頼む」
注文を書いた紙と紙幣を併せて店主に渡すリョウ。店の奥に品物を取りに行った店主を見送った後、リョウは窓から空を見上げることにした。
ダンジョンから出てきたときは真上にあった太陽も、既に傾き建物の陰に身を隠し始めていた。
明日今頃は18ダンジョンから凍月を持ち出し、宴会を始めている頃だろうか?
長年追った凍月。
奴を手に入れることがティパールでトレジャーハンターをする目的となっていた。
もし凍月が手に入ったらリョウの次の目標は何に変化するのだろうか。
様々な想いが浮かんでは消え、リョウの頭の中は期待と不安が渦巻くようになっていた。
「まずは、明日……だよな」
想いの重量に耐え切れなくなったかのように口から言葉が零れ出るのと、店主が商品を揃えて持ってきたのはほぼ同時だった。
「まいど。明日頑張れよ」
『爆弾狂』の店主が商品を渡しながら告げてくる。
凍月の間に入ることは知らない筈の店主だが、注文とリョウの表情から察したのだろう。
『爆弾狂』なんてふざけた名前をつけているが、店主は寡黙で温かい心の持ち主だ。リョウがこの店を行きつけにするのは、店主の人柄が良いことも理由に入っている。
「今後ともよろしく頼むよ」
そう答えてリョウは店を後にした。
買い物は以上だ。
今日はもう明日に備えて寝るとしよう。
リョウは自宅のある中央と外周の東の境目。68番街へ足を向けた。