1-5 戦闘愛好者
問題児達によって新たに開かれた広場。
倒壊したビルの残骸の中心は、現在暴力の嵐が渦巻いていた。
打撃。剣撃。爆発。
様々な暴力が音を奏で、光を放つ。先まで野次を飛ばしていた街人達も今では圧倒され、固唾を飲みながら戦闘を見詰めるのみだ。
そんな人工の嵐の中、全ての暴力を一手に引き受けるリョウ。
今現在、彼の命は紙一重のバランスによって保たれている状態だ。
「うぉら!」
腕から力を抜く独特の構え。身体の捻りや足運びによって、重い打撃を連続で放つミチル。
それに応じて、剣の腹を巧みに使い、襲い来る打撃を器用に防ぐリョウ。
「隙ありっ!」
ミチルの打撃に手間を取られたリョウの背後より、甲高いヒカルの声に乗って二振りの短剣が、複雑な起動を描いて襲い掛かってくる。
「そういうのは、口に出さないから意味があるんだよ」
呆れた表情で言うリョウ。
とっさの判断で剣を右手に預けたリョウは、空いた左手で素早くヒカルの短剣の柄を叩き、その軌道を大きく逸らせる。
「リョウちゃーん。頑張って避けてー」
ハルカの間延びした声と共に飛来する2つの試験管。
ハルカは完成した爆発物ではなく、薬品の入った試験管を使い、その場で的確な爆発を引き起こす。
あの試験管がぶつかり合って割れてしまえば、中に込められた薬品が反応して爆発を巻き起こすだろう。
「こりゃ避けるに限るな」
これまた適切な判断から、リョウは瞬時に10メートル程その場から後退する。
次の瞬間リョウが元居た場所で、小規模な爆発が起きる。
よく懐いたハルカのことだ、リョウ相手には本気出しては来ないだろう。
「問題は……」
リョウは同じく爆発から距離を取ったミチルとヒカルに目線を走らせる。
この二人は生粋の戦闘愛好者だ。
剣撃を交え、互いに命をすり減らすことに快感を見出す変態。
相手が幼馴染のリョウであっても、否、実力をよく知ったリョウであるからこそ本気で仕掛けてくるだろう。
「リョウ、お前随分と動きが鈍ったんじゃねぇのか?」
構えを解かず、ミチルは鋭い眼光を飛ばしながら犬歯をむき出しにしてくる。
「お前も昔みたいな打撃のキレが無くなってるけどな」
こちらも構えを解かずに軽口を叩くリョウ。
「はっよく言うぜ! 行くぞっヒカル!」
「はいよっ」
ミチルに言われたヒカルが走り出すのと同時に、ミチルはその場から姿を消した。
ミチルが使うのは、ターメラ家秘伝の武術 舞打法。
その歩法を使用したミチルの姿をリョウは捉えることが出来なかった。
気配を消し、素早く移動することで、相手に気付かれない内に間合いに入るのが特徴の舞打法。
その精度はリョウの記憶と比べ、更に磨きがかかっているようだ。
次の瞬間。まるで瞬間移動をしたかのように、ミチルの姿はリョウの目の前にあった。
「やるじゃないか」
「ありがとよっ!」
微笑みながら感想を述べるリョウ、その顔目掛けてミチルの掌底が放たれる。
「でもっ」
首をわずかに動かしただけで掌底をかわしたリョウは、右足を大きく前に踏み出すことでミチルの懐に潜り込む。
「やっぱりキレは落ちてきてるよ」
嘲笑するわけでも、呆れるわけでもなく、ただ淡々とした口調で事実を告げたリョウは、下段に構えた剣を右上に大きく跳ね上げる。
しかし、その刃はミチルの体に届く事は無かった。
「僕を忘れないでよねっ」
リョウの放った剣撃は、ヒカルの短剣によって受け止められていた。
その小柄な体を生かしたヒカルは、リョウの剣撃がミチルの体に届く前に、ミチルの足の下から懐に潜り込み間一髪で刃を受け止めていたのだ。
ミチルとヒカル。
この二人が厄介なのは、個々の能力の高さはもちろん。二人のコンビネーションにある。
どちらかが相手の気を引き、残った方が必殺の一撃やフォローを入れる。
そこにハルカが加われば、更にもう一段構えが加えられるといった寸法だ。
幸いハルカは今、枝毛を気にして髪を弄っている。元々無意味な戦闘には興味の無い子だ。
今は目の前に居る戦闘愛好者への対処が最優先だ。
「それならこれはどうかな?」
刃を受け止められたことを気にもせず、リョウは外套の裏から鉄で出来た小さな円筒を取り出す。
「なんだそりゃ?」
「一人でダンジョン潜ってるとね、こんな小細工を使わないとけない場面も多いんだよ」
「ミチル悲鳴弾だっ! 耳塞いでっ!!」
ヒカルが慌てて大声を出す。
流石妹が爆弾使いなだけはある。ティパールでも限られた店でないと仕入れられない特殊な爆弾も、しっかりと知識に入ってるようだ。
「しかしもう遅い」
素早く専用の耳栓を嵌め込んだリョウは、円筒を思い切り地面に叩き付ける。
次の瞬間、広場は大音量の悲鳴に飲み込まれた。
悲しみ、怒り、憎しみ、ありとあらゆる負の感情をいっしょくたにしたかのような甲高い、大音量の叫び声。
マンドラゴラ、バンシー、鳴き山猫。
ダンジョンには、その泣き声自体を武器とする魔物も多数存在する。
甲高い金切り声を大音量で轟かせ、相手を怯ませるどころか失神にまで追い込んでしまう魔物達だ。
リョウが投げた悲鳴弾は小規模な爆発を起こすことで、そのような魔物達の声帯を一気に震わせ、擬似的な悲鳴を作り出すものだ。
悲鳴の持続時間は短いが、効果は絶大。
悲鳴に脳を揺さぶられたミチル、ヒカルを始め、広場に居た街人達も耳を押さえながらその場に倒れこむ。
反応が遅れたのであろう数人は失神までしてしまっている始末だ。
「もうっ! やるならやるって言ってよね!!」
大音量を最も近距離で浴びせられたことで、ミチルとヒカルが無力化したと判断したアンは、文句を言いながら路地の影から出てくる。
「耳栓渡しといただろ」
「そうだけど! もうちょっと遅かったら、私も失神するところだったんだからね!」
この広場に入る時、リョウが『もしもの時のため』といった名目で渡しておいた耳栓を外しながら、アンはしかめ面をする。
アンが素早く反応してくれたことにリョウは胸をなでおろした。
もしアンがこの悲鳴弾によって失神しようものなら、後で延々と恨み辛みを言われたことだろう。
「それにしても、すごい悲鳴だったね」
「外周北の専門店『爆弾狂』の悲鳴弾ねぇー?」
突如話に割り込んできた間延びした少女の声に、リョウとアンは驚き振り返る。
そこには未だに耳を押さえて悶えているミチルとヒカルの横で、平然と悲鳴弾の破片を調べているハルカの姿があった。
「流石だなハルカ」
「リョウちゃんに褒めて貰えるのはうれしいなぁー」
リョウに褒められ頬を染めたハルカは、上機嫌にとてとてと小走りでリョウに向かってくる。
ハルカはその間延びした印象に反して爆弾の専門家だ。
リョウ外套から円筒を取り出した瞬間に、それを悲鳴弾だと看破し、正しい対処法を取っていたのだろう。
「それで? アンタまだやる気なの?」
リョウによく懐いているもう一人の女幼馴染の照れた微笑に、アンは敵意むき出しで詰め寄る。
「そんなぁミチルとヒカルがこんなんじゃ、もう私には何もできないものーそれにぃ」
ハルカが顔を上げる。
多数の鎧がぶつかり合う音と足音。
今の悲鳴弾が決定打となって、とうとうこの場に統治組織『正義の盾』がやってくるようだ。
「ここじゃ場所が悪いわぁ、どうせシームアに言われて来たんでしょー? 砂埃までこの二人連れてってよぉ」
ミチル、ヒカル、ハルカ。
全員が全員問題児ではあるが、一番の問題児は、この小さく可愛らしい少女なのかもしれない。






