1-4 狂犬と双子
「こっちだな……」
再び鳴り響く爆発音に反応し、大通りから路地に入り込む。
シームアの店で爆発の音を耳にしてから3分程。
しかしその短時間での爆発音は、今ので6回目だ。
『若達を止めて来てくれ。このままじゃクランの活動停止命令がでちまう』
そう店で語ったシームア。
リョウとしては『砂上の行商人』の問題なので解決するつもりなど毛頭無かったのだが、鶴の一声によって状況は一変した。
「情報料がタダになるから、張り切ってるねぇリョウ」
「お前が言い出したんだろ」
狭い路地を通り抜けながら、アンが後ろから声を掛けてくる。
今回の一件をユリアン国直轄のティパール統治組織『正義の盾』に見つかる前に解決すれば、凍月の間の情報料が無料になるのだ。
シームアと交渉したのはアン。
シンの下で『黄金の世代』の財布を握っているその手腕は確かなようだ。
「まぁまぁ、ちゃちゃっと片付けちゃおー」
「ちゃちゃっとってなぁ、ミチルとヒカル、ハルカの3バカトリオを一気に抑えるんだぞ?」
路地から勢いよく大通りに飛び出ながらリョウはぼやく。
クラン『砂上の行商人』は、そのキャラバンという通称からも分かる通り、ティパールを拠点に世界各所を飛び回って様々な商品の流通を担う一大組織だ。
キャラバンのクランマスターは世襲制で、何百年もキャラバンを率いているターメラ家の党首が担うのが伝統。今は本家の長女がその役目を担っている聞く。
ミチル=ターメラは、その女マスターの弟だ。
大規模な交易の旅に出たマスターの変わりに、臨時のマスターを引き受けているらしい。
またヒカル=メルパドーレ、ハルカ=メルパドーレはミチルに懐いている双子である。
兄のヒカルは短剣の二刀流使い、妹のハルカは爆弾使い。先の爆発もハルカの仕業だろう。
孤児であった二人をミチルがキャラバンに連れ込んで、家族同然の扱いをしている。
これら三人もリョウ、アン、シンと同い年の幼馴染だ。
「アン。急ぐぞ」
「分かった!」
直近の爆発音が鳴り響いた地点はもうすぐだ。すぐ向かいの路地の先から人々の喧騒も聞こえてくる。
リョウとアンは一気に最後の路地を駆け抜けた。
「こりゃすごい……」
「ってゆうか酷いね……」
リョウとアンが路地を抜けると、そこは地獄絵図であった。
四方をビルに囲まれた広場に転がるのはコンクリートの残骸達。大量に舞う砂埃と、その中から鳴り響く轟音。
辺りを見回せば、それを避ける様に被害を被った街人たちが多数倒れているのが確認できる。
どうやら広場だと思った場所は、元々3階建てほどのビルが存在していたようだ。もっとも6回聞こえた爆発によって、見事に倒壊してしまったようだが。
「そろそろ観念しろや! こっの盗人がぁぁぁぁ!!」
砂埃の向こうから、やたら凶暴な恫喝が聞こえる。
リョウとアンにとって、馴染みのある声だ。
「やっぱりな……」
「ミチルったら下品……」
ここにきて『どうか彼では無い様に』という二人の共通の祈りは打ち砕かれた。
リョウとアンがぐったりとしていると、一陣の風が広場を吹き抜け、大量の砂埃が晴れる。
「おらぁ! 早く金払えって言ってんだろうがぁ!!」
瓦礫の山の頂上に彼はいた。
ミチル=ターメラ
深緑のジャケットに、同色のパンツ。茶色がかった黒髪は後ろに向けて流されており、小さなサングラスの奥から覗く眼光は、猛獣のそれのようだ。
どう見ても外周の片隅で薬を売っているチンピラのような彼。
その手を包む血に染まったオープンフィンガーのグローブには、一人の男の襟元が握られていた。
「だから! 手違いだってぇ……やめてくれよぉ……」
襟元を捕まれた男は、顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら懇願する。
彼が今回の件における不幸な被害者であろう。
「早く吐いちゃえよっ」
「ミチルーまだ爆発するー?」
ミチルの10メートルほど後方。
声のするほうにリョウが目をやると、瓦礫に腰を掛け野次を飛ばす男女二人組が目に入った。
短刀を振り回しながら笑う、白髪の小柄な少年。
ヒカル=メルパドーレ。
その隣で試験管を弄びながら、間延びした声を上げる白髪のウェーブのかかった長い髪の少女。
ハルカ=メルパドーレだ。
モノクロの色彩に、フリルが多くあしらわれたお揃いのバトルスーツに身を包む双子。
17という年齢にしてはあまりにも小柄であり、それに見合った幼い顔をしている。これらが相まって、まるで戦場に子ども達が遠足に来たかの様な違和感を感じる光景であった。
「おーい、ミチルー落ち着けー?」
リョウは呆れた声を、ミチルに投げかける。
察するに何かしらトラブルが、ミチルと泣き叫ぶ男の間で勃発したのだろう。
それで激怒したミチルは、ハルカにビルの爆破を命じた。
苦しみながらも必死で弁明する男を見るに、そのトラブルが本当に男の過失によって起きたとは少々考えにくい。
このような状況に、リョウは昔から幾度も遭遇してきた。
幼馴染だからこそ分かる真実、というものも存在する。
「あぁ!? なんだリョウにアンか。お前らこいつの用心棒でもやってんのかぁ?」
「おいおい……」
「私避難!!」
あらぬとばっちりを受けそうな事を本能で感じ取ったアンは、すぐさま路地の影に身を潜める。
これもまた幼馴染としての最善な対処法の一つだ。
ミチルは元来頭のいい男なのだが、思い込みが少々激しい。
特に頭に血が上った時の彼は、手がつけられなくなる。
「俺が用心棒なんかやるわけ無いだろ?」
「うるせぇ! 今俺はイライラしてんだ!こいつをぶっ殺さなきゃきがすまねぇ!」
響くミチルの恫喝。
「ミチルっ! 絶対用心棒だよ! リョウお金好きだもんっ!」
「えーアンの差し金じゃないのぉー?」
「事態が悪化する! 双子は黙ってろ!」
響くリョウの悲痛な願い。事態は悪化する一方だ。
「ひぃ、助けてぇ! あんたリョウ=クレセッドだろ!? コイツの幼馴染の! 助けてくれよぉ」
次に響いたのは、男の渾身の命乞い。
ここ数ヶ月、ミチル達のティパールを舞台にした大立ち回りにより、いつの間にか幼馴染であるリョウの名前も広がってしまった。
その証拠に、『リョウが来たぞ!!』『救世主だ!!』『キャラバンのアホ坊主を殺せー!』『リョウに1000リコル!!』『ミチルがくたばるのに1500リコル!!』『3000リコルやるからミチルをどうにかしてくれー!!』 等と言った無責任な野次が広場を包み込む始末。
リョウの人気はいつの間にか鰻登りのようだ。
「はぁ……まぁ俺も幼馴染が『正義の盾』に捕まる所は見たくないしなぁ」
こうなるという事は薄々予想していた。
リョウは渋々腰の剣を抜き放つ。そして切っ先をミチルに向けて言い放つ。
「ミチル。怪我しても知らんからな」
「あんだと……!!」
リョウの安い挑発に、ミチルは額に血管を浮き上らせる程の激昂で答える。
手にしていた男の襟元を乱暴に横に投げ捨てると、ミチルも啖呵を切った。
「お前それは剣だよな? 剣だよなぁ!? 俺の目の前でそれを抜くって事がどういうことかわかってるよなぁ!? ……ヒカル!! ハルカ!!」
「はいはいっ!」
「もー私リョウちゃんとは戦いたくなーいー」
兄は眼を輝かせながら、妹は渋々といった様子で、双子がミチルの両脇に移動する。
「喧嘩はティパールの華だぁ! いっちょ派手に行くぜぇ!」
両腕をだらんと前に垂らすだけという独特の構えをするミチル。刀身が波打った二振りの短剣を構えるヒカル。爆発の材料となる薬品の入った試験管を優雅に構えるハルカ。
ここ数ヶ月だけで、14の建物を倒壊させ152人の人間達を負傷させたティパールきっての問題児トリオ。
彼らを無事取り押さえられれば、晴れてシームアからの情報量がタダになる。
「これは全く割りに合わない仕事だ……」
そう一言呟き、リョウは大きく地を蹴った。