3-3 大喰らい
「……おっかしいのぉ」
辺りを見回し、マイトは首を傾げる。
彼が疑問を感じる原因。それは、静けさだ。
7ダンジョン、38層。
『毒牙』のメンバーが目撃されたと噂されていた階層。
しかし、その38層は静まり返っていた。
人影など一切存在しない。
予想では『毒牙』のメンバーや、ナイトマンのような魔物達が大挙しており、マイトやリョウを攻撃してくるはずだった。
けれども、その気配すら感じられない。
目の前に広がるのは、ただ広がる石畳の空間。
その床には、いくつかの鉄製の器具が転がっていた。
「リョウ。これなんか知っとるか?」
「見たことのない器具だな」
手近に落ちていた器具を拾って、マイトがリョウに尋ねる。
それは内部に、いくつもの針が突き出している鉄製のヘッドギアだった。
見ようによれば、まるで拷問道具かの様なそれは、どす黒い血痕がいくつも染み付いていた。
ナイトマンの存在や、現状の推測から、リョウの父、カイ=クレセッドの研究が悪用されていたということは明確だ。
しかし、その研究を魔物に施していたのであろう、この器具は、リョウの父が使用していたものとは大違いであった。
「えらいぶっそうな器具やのぉ」
「父さんは、こんな非人道的な器具は使わない」
冷静に、しかし明確な怒りを言葉に込めるリョウ。
彼の言う通り。
カイ=クレセッドの実験は実験結果はもちろん、実験過程においても、魔物に負担をかけることなく行われるものであった。
血が出るような行為など、以ての外であったはずだ。
「魔物に何しようが、勝手だろうがよぉ!」
「誰やっ!」
突如、38層に響いた声。
声のする方へ目をやると、そこにはローブを羽織った男が立っていた。
先まで、誰一人存在しなかった38層。
しかし、その男はいつの間にか姿を現していた。
「おいおい、誰だはねぇだろうがよぉマイトぉ!」
「ジゼルか。こら面倒な奴が出てきたもんや」
フードを深く被った男を睨み、苦い顔をするマイト。
「ジゼル……ジゼル=ゲブラーか」
「おぉ、俺を知ってんのかぁ。こいつぁ光栄だぁ!」
リョウが名前を知っていたことが、そんなに嬉しかったのか、ジゼルはそのフードの奥から、凶暴な笑みを覗かせる。
「フェンミリアに拾われた、悪党二人組みの片割れ。確かもう一人はグリア=ケセドと言ったか」
リョウは自分の記憶から、情報を引っ張り出してくる。
フェンミリアは、『正義の盾』に対して謀反を企てようとした際に、ティパールに巣食う犯罪者達に声を掛けた。
その中でも、一番大きな組織が『毒牙』。
その『毒牙』を当時束ねていたのが、ジゼル=ゲブラーとグリア=ケセドという二人組だったはずだ。
「はっはぁ、こりゃ本当によく知ってんな坊主! お前リョウ=クレセッドだなぁ?」
「お前もよく知ってるじゃないか」
ゆっくりと凍月を抜き放つリョウ。
ジゼルはフェンミリアの仲間である。つまりリョウ達の敵だ。
そして今、ジゼルは一人で無防備に立っている。
ここで一気にかたをつけることが出来るのならば、それに越したことはない。
「グリアは、いぃひんようやな」
マイトもリョウと同じ考えなのだろう。
ロングソードを構え、ジゼルとの間合いを計り始める。
「あいつは、お前らのお仲間の所だ。お前ら二人なんて俺だけで十分なんだよぉ! おらぁ! かかってこい!」
両腕を大きく広げ、まるで殺してくれと言わんばかりの態度のジゼル。
それを見たリョウは、始めから全力の一撃を繰り出す。
「一気に行かせて貰う! 氷獄!」
凍月が光を放つ。
一瞬にして対象を凍りつかせる大規模魔法。
これさえ決まってしまえば、こちらのものだ。
「あかん! リョウ!」
「えっ……?」
マイトの声に、リョウは拍子の抜けた声を出してしまう。
それに呼応するかのように、光を弱めていく凍月。
「これがナイトマン殺しの真相ってぇ訳だな。さすが凍月。伝説の刀だけはあるじゃねぇか」
本来なら氷漬けにされているはずのジゼル。
しかし、彼は何事も無かったかの様に、悠然と佇んでいた。
「何が……」
驚愕するリョウ。
凍月の『氷獄』は完璧に発動していたはずだ。
36層のナイトマン同様、ジゼルは氷漬けにされていたはずだった。
「知っていたのは名前だけだったみたいだなぁ!」
大声で、リョウにむけて嘲笑を投げ掛けるジゼル。
「どういうことだ……」
何が起きたのか分からないリョウは、鋭い目線を投げ掛けることしかできない。
「こいつにはな、昔からの通り名があるんや」
「通り名?」
「あぁ『大喰らい』……それが奴の通り名や」
「そういうことだぁ! 俺に喰えねぇものはねぇんだよ!」
ローブの奥から大きく舌を露出させながら、ジゼルは声を上げる。
舌の中央に黒く刺青されたバツ印。
そのバツ印が、微かな光を放つ。
「さぁ、今生と別れを告げな! 次に目が覚めれば、そこは俺の胃の中だぁ!」
「リョウ! 避けるんや!」
「何を、どうやって避ければ良いんだよ!」
リョウの叫び声と、凄まじい地響きが38層を包むのは、同時であった。
立ち込める砂埃。
身を投げ出したリョウは、素早く体勢を立て直す。
「おぉ! 悪運が良いじゃねぇか。それとも、俺の腕が鈍っちまってんのかぁ?」
砂埃の向こうから響くジゼルの声。
ゆっくりと晴れる砂埃の中、リョウは地響きが鳴り響いた中心地に目をやる。
「なんだ、これは……」
言葉を失うリョウ。
原因は、大きく穿たれた床。
まるで元から設計されていたかのように、綺麗に半球状に床が抉り取られていたのだ。
「『大喰らい』の実力は、今も健在のようやのぉ」
「はっはぁ! あったりめぇだぁ! 俺にはこれしかねぇんだからなぁ! ほれ、次行くぞ次! 上手く避けて愉しませてくれやぁ!」
大きく口を開け、再びジゼルの舌が、淡い光を放つ。
まるでマイト、リョウだけならず、このダンジョン全てを呑み込んでしまうかのように。




