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トレジャー!  作者:
3・通り魔(後編)
35/35

3-3 大喰らい

「……おっかしいのぉ」


 辺りを見回し、マイトは首を傾げる。

 彼が疑問を感じる原因。それは、静けさだ。


 7ダンジョン、38層。

 『毒牙(ポイズンファング)』のメンバーが目撃されたと噂されていた階層。

 しかし、その38層は静まり返っていた。


 人影など一切存在しない。

 予想では『毒牙』のメンバーや、ナイトマンのような魔物達が大挙しており、マイトやリョウを攻撃してくるはずだった。

 けれども、その気配すら感じられない。


 目の前に広がるのは、ただ広がる石畳の空間。

 その床には、いくつかの鉄製の器具が転がっていた。


「リョウ。これなんか知っとるか?」


「見たことのない器具だな」


 手近に落ちていた器具を拾って、マイトがリョウに尋ねる。

 それは内部に、いくつもの針が突き出している鉄製のヘッドギアだった。

 見ようによれば、まるで拷問道具かの様なそれは、どす黒い血痕がいくつも染み付いていた。


 ナイトマンの存在や、現状の推測から、リョウの父、カイ=クレセッドの研究が悪用されていたということは明確だ。

 しかし、その研究を魔物に施していたのであろう、この器具は、リョウの父が使用していたものとは大違いであった。


「えらいぶっそうな器具やのぉ」


「父さんは、こんな非人道的な器具は使わない」


 冷静に、しかし明確な怒りを言葉に込めるリョウ。


 彼の言う通り。

 カイ=クレセッドの実験は実験結果はもちろん、実験過程においても、魔物に負担をかけることなく行われるものであった。

 血が出るような行為など、以ての外であったはずだ。


「魔物に何しようが、勝手だろうがよぉ!」


「誰やっ!」


 突如、38層に響いた声。

 声のする方へ目をやると、そこにはローブを羽織った男が立っていた。


 先まで、誰一人存在しなかった38層。

 しかし、その男はいつの間にか姿を現していた。


「おいおい、誰だはねぇだろうがよぉマイトぉ!」


「ジゼルか。こら面倒な奴が出てきたもんや」


 フードを深く被った男を睨み、苦い顔をするマイト。


「ジゼル……ジゼル=ゲブラーか」


「おぉ、俺を知ってんのかぁ。こいつぁ光栄だぁ!」


 リョウが名前を知っていたことが、そんなに嬉しかったのか、ジゼルはそのフードの奥から、凶暴な笑みを覗かせる。


「フェンミリアに拾われた、悪党二人組みの片割れ。確かもう一人はグリア=ケセドと言ったか」


 リョウは自分の記憶から、情報を引っ張り出してくる。

 

 フェンミリアは、『正義の盾』に対して謀反を企てようとした際に、ティパールに巣食う犯罪者達に声を掛けた。

 その中でも、一番大きな組織が『毒牙』。

 その『毒牙』を当時束ねていたのが、ジゼル=ゲブラーとグリア=ケセドという二人組だったはずだ。


「はっはぁ、こりゃ本当によく知ってんな坊主! お前リョウ=クレセッドだなぁ?」


「お前もよく知ってるじゃないか」


 ゆっくりと凍月を抜き放つリョウ。

 ジゼルはフェンミリアの仲間である。つまりリョウ達の敵だ。


 そして今、ジゼルは一人で無防備に立っている。

 ここで一気にかたをつけることが出来るのならば、それに越したことはない。


「グリアは、いぃひんようやな」


 マイトもリョウと同じ考えなのだろう。

 ロングソードを構え、ジゼルとの間合いを計り始める。


「あいつは、お前らのお仲間の所だ。お前ら二人なんて俺だけで十分なんだよぉ! おらぁ! かかってこい!」


 両腕を大きく広げ、まるで殺してくれと言わんばかりの態度のジゼル。

 それを見たリョウは、始めから全力の一撃を繰り出す。


「一気に行かせて貰う! 氷獄!」


 凍月が光を放つ。

 一瞬にして対象を凍りつかせる大規模魔法。

 これさえ決まってしまえば、こちらのものだ。


「あかん! リョウ!」


「えっ……?」


 マイトの声に、リョウは拍子の抜けた声を出してしまう。

 それに呼応するかのように、光を弱めていく凍月。


「これがナイトマン殺しの真相ってぇ訳だな。さすが凍月。伝説の刀だけはあるじゃねぇか」


 本来なら氷漬けにされているはずのジゼル。

 しかし、彼は何事も無かったかの様に、悠然と佇んでいた。


「何が……」


 驚愕するリョウ。

 凍月の『氷獄』は完璧に発動していたはずだ。

 36層のナイトマン同様、ジゼルは氷漬けにされていたはずだった。


「知っていたのは名前だけだったみたいだなぁ!」


 大声で、リョウにむけて嘲笑を投げ掛けるジゼル。


「どういうことだ……」


 何が起きたのか分からないリョウは、鋭い目線を投げ掛けることしかできない。


「こいつにはな、昔からの通り名があるんや」


「通り名?」


「あぁ『大喰らい(ビッグマウス)』……それが奴の通り名や」


「そういうことだぁ! 俺に喰えねぇものはねぇんだよ!」


 ローブの奥から大きく舌を露出させながら、ジゼルは声を上げる。

 舌の中央に黒く刺青されたバツ印。

 そのバツ印が、微かな光を放つ。


「さぁ、今生と別れを告げな! 次に目が覚めれば、そこは俺の胃の中だぁ!」


「リョウ! 避けるんや!」


「何を、どうやって避ければ良いんだよ!」


 リョウの叫び声と、凄まじい地響きが38層を包むのは、同時であった。

 立ち込める砂埃。

 身を投げ出したリョウは、素早く体勢を立て直す。


「おぉ! 悪運が良いじゃねぇか。それとも、俺の腕が鈍っちまってんのかぁ?」

 

 砂埃の向こうから響くジゼルの声。

 ゆっくりと晴れる砂埃の中、リョウは地響きが鳴り響いた中心地に目をやる。


「なんだ、これは……」


 言葉を失うリョウ。

 

 原因は、大きく穿たれた床。

 まるで元から設計されていたかのように、綺麗に半球状に床が抉り取られていたのだ。


「『大喰らい』の実力は、今も健在のようやのぉ」


「はっはぁ! あったりめぇだぁ! 俺にはこれしかねぇんだからなぁ! ほれ、次行くぞ次! 上手く避けて愉しませてくれやぁ!」


 大きく口を開け、再びジゼルの舌が、淡い光を放つ。

 まるでマイト、リョウだけならず、このダンジョン全てを呑み込んでしまうかのように。


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