3-2 地下でのティータイム
その階層は、7ダンジョンの中でも異質であった。
まず第一に、明るい。
7ダンジョンでは、全階層が暗闇に埋め尽くされている筈なのに、この階層は暖色の光によって照らされている。
壁に等間隔でカンテラが配置されているためだ。
そして、第二に障害物が存在しない。
他のダンジョンと比べ、7ダンジョンは入り組んでいる。
壁に囲まれた回廊が左右に折曲がり、複雑な構造を創り上げているいるのだが、この階層には遮蔽物は一切存在しなかった。
「フェンミリアぁ! ナイトマンがやられたみてぇだぞ! なんだあいつ糞の役にも立たねぇ!」
そんな階層に、声が響く。
声色からして男であろう。
ローブに身を包み、フードを目深く被っている為、その顔を確認することは出来ない。
石造りの床をずかずかと歩んでいくローブの男。
目標は階層の中央。優雅に紅茶を飲む燕尾服の男。
本来、誰かに仕える者が身に纏うべきである燕尾服。
その燕尾服を纏っている男が、優雅に紅茶を飲んでいるというのは、どこか滑稽な光景である。
「ジゼル。そんなに、大きな声を出さなくても分かっている」
これまた燕尾服に似合わない、不遜な口調。
わざわざ地上から持ち込んできた、ウォールナットのカフェテーブルセット、白のティーセット。そして香り高い紅茶。
全てが有名ブランドの品であり、お気に入りの品でもある。
そんなお気に入りの品々に囲まれた、至福の時間を邪魔されれば、腹が立つのも道理。
燕尾服の男、フェンミリア=ティフェレトは、眉をしかめて下品な口調の部下、ジゼル=ゲブラーを睨みつける。
「あぁ? 聞こえてんなら返事位しろってんだ。お前の耳の穴は、耳クソで埋まってんのか?」
「もう少し上品な言葉選びは出来ないのか?」
「上品? 知らねぇよんなもんは。産まれる時にどっかに置いてきちまったのかもなぁ!」
どかっと、フェンミリアの対面の椅子に腰掛けるジゼル。
その荒っぽい立ち振る舞いからは、上品さなど微塵も感じられない。
「それよりも、随分余裕じゃねぇか。ナイトマンが倒されたんだぞ? マイトの野郎達が乗り込んできたんだよ!」
「何をそんなに驚いている。そもそも、向こうには凍月、炎陽、嫌われ者、岩窟王。名だたる一級品の武具が揃っているんだ。ナイトマン程度で足止め出来る訳が無いだろう?」
ナイトマンという門番が倒されてしまったことを、まるで意に介していない様子のフェンミリア。
それを見て、ジゼルは更にヒートアップしていく。
「そう思ってんなら、こんなとこで優雅に紅茶をすすってる場合じゃねぇだろぉ!」
思い切りカフェテーブルを叩くジゼル。
ティーカップから、紅茶の雫が数滴跳ね上がる。
それを一瞥したフェンミリア。では、とジゼルを鋭く睨み付けて言葉を続ける。
「何をする場合なんだ? マイト達が攻め込んできたからと言って、無様に慌てふためけばいいのか?」
「いや、そういう訳じゃねぇんだけどよ。準備ってもんが……」
フェンミリアの鋭い視線に、たじろぐジゼル。
「ジゼル。お前は、私を過小評価してはいないか?」
それは静かな口調だった。
まるで、大人が子どもを諭すような口調。
しかし、その言葉の裏には凄まじいほどの殺気が込められていた。
「お前は、準備無しでは私がマイトに敗北するとでも思っているのか? 私を、そんなに弱い男だと思っているのか?」
「いや、だからそうじゃねぇって……」
今にでも鉄糸を放ってきそうなフェンミリアの気迫に、ジゼルは上手く言葉を紡ぐことすらできない。
フェンミリアは、自分の信念、正義を強く持っている。
それは、強すぎると言っても過言ではない。
故に、彼は自分の意にそぐわない発言、行動をするような部下を許しはしない。
その様な愚か者を、その場で殺めたフェンミリアを、ジゼルは何度も目にしてきた。
彼はとても強い。彼には逆らうべきではない。
「まぁ、とは言っても、お前の言わんとすることも、分からなくはない。」
「そっ、そうか?」
途端に殺気が消え去ったフェンミリアの口振りに、ジゼルは表情を明るくする。
「こんな辺鄙な所に、わざわざお越し頂いたんだ。お客様にお持て成しをしないというのは、マナー的に良くない」
ティーカップの紅茶を、ゆっくりと飲むフェンミリア。
その顔には、言葉とは裏腹に残酷な微笑が張り付いていた。
「ジゼル。グリアを連れて歓迎して来い」
「おっ! いいねぇ。久しぶりに最前線で暴れられる」
ローブの影から、ジゼルの釣り上がった口角が覗く。
「グリアぁ! 聞こえたな! 久しぶりの戦闘だ! 一丁派手に行くぞぉ!」
上を向いて、ジゼルは大声を上げる。
彼の同志であるグリアは、この階層にはいない。
しかし、彼であればこの声を感知できているはずだ。
「これで良いだろ。んじゃあフェンミリア、俺も行って来らぁ」
同志の返事も待たずに、立ち上がるジゼル。
「なるべく派手にやれ。ティータイムには、優雅な音楽が付き物だ」
「悲鳴と破壊の、な。これ貰うぞ」
犬歯を剥き出しにして笑うジゼルは、フェンミリアが口をつけていたティーカップに手を伸ばし、残っていた紅茶を飲み干す。
「うへっ、なんだこりゃ。もう少し上等な紅茶を飲めよ」
「この味すらも分からないのか、お前の馬鹿舌は」
自分のお気に入りの紅茶を馬鹿にされたのにも関わらず、フェンミリアの顔には微笑が浮かんでいた。




