2-14 生真面目な男の結論
ズズンッ
と、ダンジョンに地鳴りが響く。
天井から落ちてきた埃や石が、頭を叩く。
「おぉーなんやさっきから上の階層は騒がしいのー」
「ハルカとルーナが喧嘩でも始めたんじゃないか? だから俺は、あの二人を一緒にするのは反対だったんだ」
暢気な口調のマイトに、リョウがきつい口調で不満を漏らす。
地鳴りが始まったのは5分ほど前。
しかし、その5分の間に、既に地鳴りは10回以上響いていた。
リョウには、ハルカ達が現在どの階層にいるかは分からない。
しかし、上方の階層で起きた衝撃が、これだけまじまじと伝わってくるのだ。
上層では、相当な応酬が繰り広げられているのだろう。
「まぁ、あいつらも気が済んだら辞めるやろ。それよりも、ほれ。36層は直ぐそこや」
マイトが、手に持つカンテラを前方に揺らす。
そのささやかな光によって、闇の中から浮き出たのは、階段だ。
現在リョウとマイトが居るのは35層。
つまり、目の前の階段を下りていけば、もちろんそこは36層。
第一の障害、ナイトマンが守る階層だ。
「あぁ……」
「なんや、リョウ? 怖いんか?」
「いや、何でもない。行こう」
覗きこむ様にして顔色を窺ってくるマイト。
しかし、リョウはそれを避ける様に、下へと続く階段に足を伸ばした。
7ダンジョンに入ってからというもの。
リョウは一つの事だけを考え続けていた。
それは、フェンミリア=ティフェレトについてだ。
フェンミリア=ティフェレトが、元『正義の盾』の隊員だということ自体は、リョウは3年前から知っていた。
そして両親を殺害したフェンミリアが、マイトの部下だということも知っていた。
フェンミリアとマイトは、よく二人でリョウの実家に足を運んできていたからだ。
だからこそ、3年前のあの日、リョウはマイトが許せなかった。
力があるにもかかわらず、自分の部下の謀反に気づけず、阻止できなかった男。そして、その部下を一向に捕まえることの出来ない男。
両親を殺されたという、フェンミリア本人にぶつけられないリョウの怒りは、マイトの無能さに対する嫌悪感という形にすり替わっていた。
自分の部下であるフェンミリアを罰から守る為、わざと捕まえていないとさえ考えたこともあった。
しかし、今日一日でリョウは多くの事を知った。
彼ら『正義の盾』は、フェンミリアを捕まえることを強く願っている。
マイトが、この作戦にリョウを参加させた事にしても、彼なりの思惑があるのかもしれない。
3年間積もり積もった、『正義の盾』に対する不信感が、リョウの元から消え去ろうとしていた。
「なぁ、マイト」
「なんや?」
階段を降りながら、リョウは後方のマイトに声を掛ける。
「フェンミリアは、なんで『正義の盾』を裏切ったんだ?」
3年間、聞くことの出来なかった疑問。
どれほど熱心に『中央広場の悲劇』についての情報を集めたとしても、知ることの出来なかった疑問を、リョウはマイトに投げ掛けた。
「あいつは……真面目で、誰よりも正義感の強い奴やった」
昔を思い出しているのだろうか、ゆっくりとマイトが言葉を紡ぎ始める。
「俺みたいな適当な人間とは正反対やったな。誰よりもティパール、いや、ユリアン国が平和になることを望んどった人間やった」
「じゃあ、なんでそんな奴が父さんと母さんをっ!」
まるでフェンミリアを庇うかのようなマイトの物言いに、リョウが語気を強める。
リョウの目の前で両親を殺したのは、紛れもなくフェンミリアだ。
その張本人が、マイトの言うような男だとは、リョウにはどうしても思えなかった。
「そもそも、4年前。あの惨劇が起きる1年前やな。なんで国家直属の治安部隊の俺が、リョウのオトンとオカンの所に来たと思う?」
「それは……」
リョウには、答えを述べることは出来なかった。
4年前。両親が研究の大詰めにまで差し掛かった頃。
マイトが、リョウの実家に来訪した。
両親とマイトは、奥の部屋でなにやら話をし、その日はそれで終わった。
その日から、毎日のようにマイトは家に訪れた。
時には、他の隊員を引き連れ、父や母、そしてリョウにまでも優しく接してくれた。
剣術。ダンジョンでの知識。人生の歩み方。
マイト達は様々なことを教えてくれた。
しかし、来訪の理由だけは、いつになっても教えてはくれなかった。
「お前のオトンとオカンの研究は、軍事転用される予定やったんや」
「なっ……!?」
マイトの発言にリョウは絶句する。
確かに、ティパールを統治するユリアン国は世界有数の軍事国家として、日々新たな技術を手に入れようと躍起だ。
隙あらば攻め入ろうとしている隣国に対して、強力な武装を求めている。
「あの日、俺はカイさんに研究結果を提出するよう伝えに行ったんや。軍事目的に、研究を利用させてもらうために」
「そんな! 父さんがそんなこと認めるはずがない!」
先ほどよりも、更に大きな声で反論するリョウ。
ダンジョンの中ということなど、今の彼にとっては知ったことではない。
リョウの父親。
カイ=クレセッドは、何よりも公共の福祉の為に研究を進めていた。
魔物に学習を与えることによって、その力を動力や平和維持の為に使う。
なによりも社会の為にと、研究を進めていたカイが、軍事転用など認めるはずはない。
「お前の言う通りや。カイさんは、俺らの申し出を断った。『この研究を、そんな野蛮なことに使うとは。それで貴様達は、この国の平和を守っているつもりか!』ってな」
苦い顔で当時を物語るマイト。
「言われて、俺は恥ずかしなったわ。平和の番人を名乗る資格なんてないんやないか。この人の方が、よっぽど平和について真剣に考えてるんやないかってな」
「そうか……」
亡き父の力強い言葉に、リョウは目を伏せる。
「俺は、目が覚めた気分やった。上層部に掛け合って、軍事転用の件を無かったことにした。そして『正義の盾』は、それまで以上に活動を強化した」
「それじゃあ、なんでフェンミリアは研究の情報を……」
「言うたやろ? 奴は正義感が強い男やった。軍事転用の件が無くなり、『正義の盾』が本当の平和を求めて活動をしても、街の治安は一向に良くならんかった。それが奴にはどうにも許せへんかったみたいやな。そして……」
一呼吸空け、マイトが言葉を続ける。
真面目で、愚かな部下が行き着いた滑稽な結論。
街を震撼させた男の、真意を語る。
「そして奴は考えたんや。ほんまの平和を築くためには、武力によって一端世界を蹂躙せなあかんってな」
「そんなの、間違ってる」
「そうや。あのボケの考えとることは、大間違いや。思考その物を放棄してまった結果や。せやから、俺があいつを止める。それが上司としての役目や」
決意の篭ったマイトの口調。
この男にしては珍しく、本心から出た言葉のようだ。
「そうだな。うん、そうだ」
マイトの言葉を噛み締めるようにして、リョウは何度か頷く。
「さて、こないつまらん話はもうしまいや。気ぃ引き締めて行きやぁ、リョウ。36層や」
いつもの明るい口調に戻るマイト。
下りの階段が終わりを告げ、36層に辿り着く。
前回は敗走を期した、ナイトマンが守る階層。
しかし、今回は逃げる訳にはいけない。
リョウの両親のためにも。そしてとんでもない考えに行き着いた、愚直な男の為にも。




