2-13 岩と爆薬の仲違い
「へぇー。じゃあ、マイトは裏切りに気付けなかったんだねっ!」
両手を素早く動かし、手近な魔物を次々と解体していくヒカル。
「直属の懐刀に裏切られるようじゃ、一組織のトップとしてどうなのかしらねぇー」
そのヒカルの後方で、ハルカは試験管を投げ、魔物を爆風に包んでいく。
「まぁ、マっ君も、あれでお人好しだからねぇ。『俺が信じてやらないで、何が上司やねん』とか言ってたよ」
お世辞にも上手いとはいえない、マイトの声真似をする少女。
ルーナ=ビナーは、二つに括った金髪を揺らしながら、その拳一つで魔物を粉砕する。
「お前ら! 真面目に戦えっ!」
赤色に淡く光る両刃の剣を振るいながら、シンは大きく声をあげる。
7ダンジョン18層。
ミチルが、叫び声にも似た大声を上げていたその頃。
シンを始めとする、第二陣のメンバー達も、フェンミリアについての話をしていた。
状況として異なるのは、魔物との戦闘を繰り広げながら、という点であるが。
「しょうがないでしょー? この子達が、次から次に出てくるんだからぁ」
目の前に広がるのは、巨大なヒルの大群。
見るものが見れば、卒倒してしまいそうな光景だ。
「お前が、ホワイトリーチの巣なんか爆破するからだろうが!」
7ダンジョン名物、白く巨大なヒル、『ホワイトリーチ』との戦闘を始めてから既に10分以上。
未だに、シン達は戦闘を続けていた。
事の発端は、ハルカの一言。
フェンミリアの正体について話している最中に、ハルカがふと呟いた一言だ。
『それはそうと、魔物。出てこないわねぇ』
何を馬鹿なことを、というのがシンの感想であった。
シンを始めとする第二陣は、先行するリョウ達が38層に突入した後。混乱に乗じて、38層に潜入するのが目的だ。
つまり、それ以前で魔物に遭遇し、時間をロスしてしまうなど、あってはならないことなのである。
もちろん、シンもそうならないように細心の注意を払って進行していた。
現に18層まで、魔物に出会わずに来ていたのである。
しかし、その注意をシン以外の馬鹿者達は理解していなかった。
『せっかく、ダンジョンに潜ったのに、魔物と戦わないなんて意味無いよねっ!』
『私も突入前に、肩慣らししておきたいかも!』
『ここの魔物は、光によってくるんでしょう? なら私がぁー』
後方で飛び交う、物騒な会話。
シンが止めようと後ろを向いた時には、既に光が闇を切り裂いていた。
「はははっ! まさかこんなに一気に出てくるだなんて、思わなかったよっ!」
一瞬で十数匹のホワイトリーチを、肉塊に変えていくヒカル。
しかし、爆破によってぽっかりと空いた巣穴からは、処理した数と同じか、それ以上のホワイトリーチが湧いてくる。
ハルカの投げた試験管から生じた爆発は、不運にも近くにあったホワイトリーチの巣を吹き飛ばしていた。
一匹いれば、30匹は存在すると言われているホワイトリーチ。
その巣穴を爆破したとなれば、湧き出るそれは十や二十で済む筈がない。
「笑い事じゃねぇだろ! っと、燃えろ!」
横薙ぎに炎陽を振るい、飛び掛ってきた数匹を炎に包むシン。
黒い消し炭に姿を変えたホワイトリーチが、ぼとぼとと床に落ちていく。
「本当に、これじゃ埒が明かないねぇ」
次々とホワイトリーチを、鉄拳で潰していくルーナ。
彼女は、武器の類は一切持たず、己の拳のみで戦っていくスタイルのようだ。
「ルーナ! お前ならどうにかできるだろ!」
「これでもシン君よりは年上なんだけどなぁ。呼び捨てはどうかと思うの」
「ルーナさん! 貴女の御高名は伺っております! どうか現状を打破して下さいませんか!」
「はい。良く出来ましたぁっとぉ!」
シンの不出来な敬語に満足したのか。
ルーナは後方に飛んで、自身を囲うホワートリーチの群れから抜け出す。
「敬語は大事よね。そうそう、敬語は大事なのよ」
まるで自分が、人生における教訓を説法したと言うかの如く、何度も頷くルーナ。
彼女は懐から一組のガントレットを取り出す。
それは黄金に輝くガントレット。
マイトの纏う『嫌われ者』に並ぶ、『正義の盾』が有する一次的秘宝の一つだ。
そして、このガントレットこそ、ルーナ=ビナーをマイト直属の戦力としての地位を確立させ、はたまた彼女に『大地の姫』などという、ふざけた二つ名を与えた元凶である。
「ヒカル君、ハルカちゃん、シン君。巻き込んじゃったらごめんねぇ!」
ガントレットを装着したルーナが、大きく右腕を振りかぶる。
「よっこい、せぃっ!」
掛け声と共に、ダンジョンの床目掛けて振り下ろされる右の拳。
次の瞬間、18層は地鳴りと轟音に包まれた。
「避けろハルカ! ヒカル!」
咄嗟にシンが声をあげる。
それも当然。まるで津波のように隆起した岩が、眼前に迫ってきたのだ。
ルーナの拳によって砕かれた床を中心として、前方に岩の津波が生じていた。
高さ3メートルは在ろうかと言う程の巨大な岩の波。次々にホワイトリーチを飲み込んで行く。
「噂以上の力だな……」
辺りを覆いつくしていたホワイトリーチの群れを、全て飲み込んでしまった岩の津波。
その惨状を眺めながら、シンは半ば呆れたように呟く。
ルーナの所持する、黄金のガントレット。
名を『岩窟王』
岩を自在に操る魔力が込められた一品であり、それを嵌めた拳の一撃は大地を割る程の威力を誇る。
その高い威力故、小回りが利かないのが難点ではあるが。
「よかったよかったー。ちゃんと避けてくれたんだねぇ。シン君とヒカル君は大丈夫だとは思ってたけど、ハルカちゃんも意外と動けるんだねぇ」
「あらぁ? 馬鹿にしないでほしいわねぇ」
ルーナ自身は、素直な感想を述べたつもりなのだろうが、皮肉と受け取ったハルカは眉を吊り上げる。
「バカになんかしてないよぉ? でもハルカちゃんは、あまり運動しなさそうだったからぁ」
「まぁ、貴女みたいに下品な戦い方はしないように心掛けているもの。必然的に運動量は少なくなるかもしれないわねぇ」
見た目は見目麗しい少女二人の口喧嘩だが、両者共に立派な女性。
二人の間には、女性特有の不穏な気配が流れている。
「シン。僕怖いよっ……」
「あぁ、ハルカ相手に真っ向から嫌味を言える奴なんていないからな……」
幼馴染の中でも、口喧嘩の実力は圧倒的なハルカ。
それを熟知している為、男性陣は元より、アンでさえハルカと真っ向からの口喧嘩はしようとしない。
「下品ねぇ。でもいくら優雅な戦い方だと言っても、そのせいで運動不足になってるなら意味が無いんじゃなぁい? フリルが多い服を着ているのは、体型を隠す為なのかしら?」
「なっ!? あんたが言うような、醜い体型はしてないわっ!」
「あっ地雷踏んだっ」
「一番の地雷だな」
顔面を真っ赤にして声をあげ、懐から試験管をいくつも取り出すハルカ。
それを見て青褪めるシンとヒカル。
古今東西。女性に対して体型に関する話題は最大の禁忌。
それがいくら華奢な女性であっても、だ。
気安く禁忌に触れるということは、すなわち死を意味する。
「こりゃキレるな」
「キレッキレだねっ」
「はぁ、まぁた魔物が寄ってくるぞ……」
次の瞬間、切って落とされるであろう、二人の乙女の戦火。
どう収拾をつけたものやらと、シンは頭を抱えるのであった。




