1-2 二振りの魔剣
「それで? 用って何なんだよ?」
香辛料の利いた、彼の髪に良く似た色のスープをすすりながらシンがリョウに尋ねてくる。
彼は赤が好きだ。
そして彼は赤がよく似合う。
クラン『黄金の世代』を17歳にして率いる彼は、内面的にも外見的にも炎のような赤がよく似合うのだ。
「凍月が見つかった」
リョウは何食わぬ顔で、白のスープを口に運びながら報告する。
「ほぉー凍月がねぇ……本当かっ!?」
―――凍月
ダンジョン発見以降にその中に隠されたとされる、二次的秘宝と呼ばれる物の一つ。
500年前に実存した稀代の刀匠―――アルベルト=サインズが打ち出した剣だと言われている。
彼が打ち出した刀剣の数々は、一振りで豪邸が買えてしまうほどの価値を持つ。
そしてそれらの刀剣達は、その価値に恥じないだけの切れ味、威力を誇る。
彼の刀剣の特徴は、秘蔵の技術により刀剣に魔力を込めてある所だ。
ある刀は雷を切り裂き、ある剣は荒地に水を沸き立たせる。またある剣は火を纏う。
それほどの『魔剣』を打ち出したアルベルトは悪戯心からか、その全ての刀を当時発見間もなかったダンジョンに隠したそうだ。
数は実に136振り。
その多くは、500年の間に数々のハンターの手によって発見されていたが、未だに発見されていない物も多くある。
今ではその見つかっていない刀剣は御伽噺のように扱われ『アルベルトが隠した刀剣は136より少なく、存在しない刀剣を探す人々を死してもなお嘲笑っている』等といった見解までも流布する始末だ。
氷を操ると言われる片刃の剣。凍月もそのような扱いを受ける幻の一振りだ。
ハンターを始めた当初、その剣の噂を聞きつけたリョウが長年追い続けてきた宝でもある。
「また偽情報じゃないの?」
リョウの報告に眼を輝かせながら興奮するシンを尻目に、アンは冷静に指摘をする。
アルベルトの『魔剣』のような二次的秘宝には、なまじ本人の書いた古文書や伝記が残ってしまっているため偽の情報も多い。
事実リョウも今まで何回も騙され、苦い思いをしてきた。
「今回は本物だ。アルベルトの伝記にある凍月の間を見つけた。最後の鍵穴も」
「本当にっ!?」
今度はアンが大声を上げる。
シンと違い、慎重なアンすらも、今回は話の信憑性を認めたようだ。
「あぁ、もう少しで手に入る」
「そらすごい話だけどよ。今回はその自慢をしに来たのか?」
最もな疑問をシンが投げかける。
普通隠された宝のありかを突き止めたハンターは、他のハンターに横取りされないよう口外しないのが常だ。
「鍵が居るんだ」
「鍵?」
話の要領を得ないアンが首を傾げる。
「最後の仕掛けを解くと鍵穴があった。幅は10センチ、厚さ1センチ。刀身に紋章のある、アルベルト製の剣が必要だ」
「それって……」
リョウの上げた条件に合う刀をアンはよく知っていた。
シンも同じく。
アンとシンの目線は、シンの座る椅子に立掛けてある一振りの両刃の剣に注がれた。
「炎陽が必要なのか?」
「アルベルトの作品の中で、そこまで大きい紋章付きの刀剣は炎陽だけだ」
―――炎陽
アルベルトが打ち出した刀剣の中で最高級の出来と名高い『凍月』の対を成す、火を操る両刃剣だ。
炎を模した装飾が目を惹く赤の鞘に収められ、刀身にも意匠を凝らした炎の紋章が彫られた刀身1メートル程の剣であり、同時にシンの愛剣である。
とある一件から、この名剣を手に入れたシンは『焔火』という名の下、一躍有名人の仲間入りをしたのである。
「まぁ兄弟刀だしな、有り得なくは無いよなぁ」
炎陽の柄を撫でながらシンは一息置き、言葉を繋げる。
「それで、俺について来いと」
「あぁ18ダンジョン52階層。報酬は弾む」
「報酬なんていらねぇよ。お前が長年望んできた名刀だ」
これがシン=アルフォルという男だ。
友人のためなら対価を望まない。リョウはシンのこういった所がすこぶる気に入っていた。
「ねぇ、それ私も付いていっていい?」
リョウが男同士の熱い友情を再確認していると、横からアンが割って入ってきた。
「いや、それは……」
「駄目だ」
急な申し出にシンは言葉を濁したが、リョウは即答であった。
今では女性のトレジャーハンターも増えて居る。しかしリョウは、一般的に言う古い考えの持ち主であった。
「なんでよ! 私もリョウが凍月を手に入れる所見たい!」
「危ない」
早口でまくし立てるアンに、リョウの一閃。
「私だって52階層位だったら余裕で潜れるよ? シンとよく潜ってるし」
「おい、シン」
アンの発言にリョウは鋭い眼光を、クランマスターのシンへ投げかける。
『黄金の世代』が設立された3年前、アンが『黄金の世代』に入ることにリョウは大反対した。
当時14歳。ティパールのハンターがダンジョンに潜り始める平均的な年齢ではあるが、男女の体つきの差が現れてくる時期。リョウは少女アンに危険なことをさせるのに反対だった。
最終的に、アンを危険な目に合わせないという名目の元クランへの入団を認めたリョウであったが、52階層によく潜るというのは控えめに見てもアンにとっては危険な目である。
「いや、あの……大丈夫だって。ってゆうか大丈夫なんだよ。うん、俺以外にも腕利きを連れてちょろーっと潜ってるだけってゆうか……」
「お前あれほど潜らせるなって言ったよな?」
うろたえるシンにリョウが詰め寄る。
普段は冷静なリョウも、アンに関わる件だけについては異常なまでに反応する。
リョウはアンに過保護すぎるのだ。
「ねぇ、本当に大丈夫なの。ほら見て! 私魔法使える様になったんだから!」
収まらないリョウの過保護に業を煮やしたのか、アンはパチンと指を鳴らし、親指と人差し指の間をリョウに見せ付ける。
「お前……とうとう習得したのか?」
リョウが驚きながら確認するアンの指の間には、一筋の電気が走っていた。
種も仕掛けも無い。れっきとした魔法である。
「あったりまえでしょ! 戦闘でも充分使えるんだから!」
驚くリョウに、アンはしたり顔である。
炎陽や凍月のように魔力を込めた武具は存在する。そしてもちろん世界には、魔法を自在に操れる人間が少数ではあるが存在する。
絵本に出てくるようなあらゆることをこなせるような魔法使いではないが、それでも生身の人間よりは強力であるし、もちろんダンジョンに潜る時に重宝される。
アンの父親は雷を扱う有能な魔法使いであった。
血筋が物を言う魔法使いの世界。アンが魔法を使えるというのも必然ではあるのだ。
「これで文句は無いでしょ?」
「……今回だけだぞ」
結果アンはリョウ達に同行する事となった。
それだけアンの成長がリョウにとって喜ばしいことだったのだろう。
「よっし! それじゃあ決まりだ! 潜るのは明日でいいか?」
リョウの機嫌も治まり、アンの機嫌も上々。
全て円満に収まったことに一安心したシンは笑顔で提案する。
「そうだな。準備もそれまでに済ましておいて欲しい」
「わかった!」
「任せろ!」
元気よく返事をする二人に満足したリョウは、残ったスープを一気に飲み干すと席を立つ。
「シン。この後ちょっと行くとこがあるんだ。アン借りてくぞ」
「えっ?」
普段なら無いリョウの誘いにアンは薄く頬を赤らめる。
「どうぞー俺もこの後クランの奴らに顔を出さなきゃならねぇし。明日の集合時間は、そうだな……明日の朝に、うちの部下をお前の家に遣す。それでいいか?」
「それでいい。行くぞアン」
「えっ!? あ、うんっ! 行こう!」
マスターの承諾を得たことに満足したリョウは、アンを引き連れ颯爽と雑踏を掻き分けて去っていった。