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トレジャー!  作者:
2・通り魔(前編)
27/35

2-10 燕尾服の男

「ふん……」


 ミチルがブロウズの脳天に、踵落としを決めた瞬間。

 近くの建物の屋上に、小さく鼻で笑う男の姿があった。


 大きく窪んだ、感情を感じさせない目元。鷲を彷彿とさせる鉤鼻と痩せこけた頬。オールバックにされた白髪交じりの頭髪。

 その顔付きは、まるで絵本の中に登場する、悪の魔法使いのそれのようだ。

 そして身を包むのは、執事が着るようなスリーピースの燕尾服。

 皺一つない黒の燕尾服。身体のラインを綺麗に見せるそれは、正に一級品だ。


 異様な男であった。

 顔付きから放たれる狂気。しかし、姿勢や立ち振る舞い、衣服から感じ取れるのは気品そのもの。


 ありとあらゆる人間、人種が生活を送るティパールでも、ここまで見た目と中身がアンバランスな人間も珍しい。


「ひっさしぶりやのぉ」


「マイトか」


 突如背後から投げ掛けられた声に、男は振り返る。


 そこには、マイトがいた。

 かつて互いに命を預けあった、戦友。

 尊敬すべき筈であった男。


「お前は昔から変わらんのぉ。自分の手は染めへんくせに、現場の近くには必ずおる」


「私なりの流儀だ。それに昔と違って、今の部下は無能な者も多いのでね」


 薄い笑いを浮かべながら語る男。

 その笑顔を見たマイトの眉が少しだけ上がる。 


『その笑い方嫌いやわぁ』


 以前マイトが、男に対して述べた言葉。

 しかし、男の方からすれば、マイトの人を馬鹿にしたような笑い方の方が不愉快であった。


「お前、ティパールに何しに戻ってきた」


「その質問。答える必要はあるのか?」


 慇懃無礼な、男の態度。

 顔に張り付いた薄ら笑いが崩れることもない。


「偶然とは言え、俺ら『正義の盾』から逃げられたっちゅうのに、わざわざ戻ってきてるんや。なぁんか企んでる事でもあるんやろ?」


「検討位はついているんだろう?」


「さぁっぱりや」


「白々しいな」


 この態度だ。

 マイトのこの飄々とした態度が、男は気に入らない。


 いつ、いかなる時においても余裕の表情。

 いくらこちらが本音を聞き出そうとしても、はぐらかされてしまう。

  

「お前のその態度。昔から大嫌いだった、よっ!」


 そう言い放つと同時。男は両腕を勢い良く振るう。

 彼が武器を放つ時の動作だ。

 スーツの袖口から、マイト目掛けて数本のワイヤーの様な物が放たれる。


 『鉄糸(てっし)』と呼ばれる武器である。

 大層な名前が付いているが、要は先端が鋭く尖ったワイヤーだ。

 そのシンプルな外見に反して、扱いが異様に難しい一品であり、様々な武器を扱う者が存在するティパールでも、使用者は珍しい。


 しかし、貫通力という面では一級品の武器。

 達人級となれば、並みの鎧の装甲など容易く貫いてしまう。 


 そして男も達人級の使い手であった。

 勢い良く放たれた鉄糸は、真っ直ぐにマイト向けて飛んでいく。


「そこまでです!」


 響く女性の声。

 マイトと男の間で火花が飛び散る。


「ユイか。邪魔なやつだ」


 男は口を歪ませ、突如として現れた女性を見る。


 後ろで束ねた長い黒髪。切れ長の目、高い鼻。

 大人の女性の色香を纏った女性だ。

 『正義の盾』の正装である白銀の鎧を纏ってはいるが、男性の団員が着込んでいる鎧と異なり、胸元と太腿の部分が大胆に露出している。


 ユイ=コクマー

 若干19歳にして『正義の盾』副長官を務める、女性剣士だ。

 その美貌に反して、マイトの右腕を立派に務める実力者。


 高速で投げつけられた鉄糸を、正確に弾いたことからも、その実力は窺える。


「フェンミリア=ティフェレト。貴君は現在『正義の盾』によって定められた、ティパール進入禁止命令に抵触しています。速やかにこの街から退去しない場合、私達は貴君に武力行使を行いますが、よろしいですか?」


 事務的に言葉を紡ぐユイ。

 返答次第では、右手に持つ刀で即切り付けるといった雰囲気だ。


「貴様とマイト。二人でかかれば、どうにかなるとでも? 俺も舐められたものだな」


 フェンミリア=ティフェレト。

 ユイに名前を呼ばれた男は、侮蔑の目をマイトとユイに向ける。


「舐められているのは、私達の方です。貴方を捕り逃してからの3年間。私達が鍛錬をしていなかったと思いますか?」


 フェンミリアに切っ先を向け、凛とした表情で告げるユイ。

 その瞳からは、強い意志が感じ取れる。


「お前がいくら鍛錬を重ねたとしても、私の足元にも及ばないよ」


「試してみますか?」


 ユイとフェンミリア。二人の距離はおよそ10メートル。

 互いに、一瞬で詰めることの出来る間合いだ。

 両者の間に緊張感が走る。


「ふっ、辞めておこう。ルーナやトトレまでも相手にするとなると、骨が折れる」


 今にも切り合いが始まりそうな雰囲気であったが、フェンミリアは何かを感じ取ると構えを解いてしまった。


「良く分かりましたね」


「これでも、元諜報なのでね」


 ユイに対して、嘲笑するフェンミリア。

 同時に、辺りの気配を探る。


 自分を狙っていると思しき人影は、マイト、ユイの他に4人。


「直轄部隊全員か……」


 マイト直属の部下達の顔を思い浮かべながら、フェンミリアは逡巡する。

 現在、マイトには直属の部下が5人いる。

 その全員が、この場においてフェンミリアの事を狙っているのだ。


「私一人相手に、大層な準備をしたなマイト」


「それだけ皆に嫌われてるちゅうこっちゃ。嫌われ者に嫌われるって、相当やで? 性格直した方が良いんと違うか」


「抜け抜けと。後から来たのも、この準備の為だろう。子どもを囮にして、時間を稼いでるうちに」


 眼下で先までブロウズと戦闘を繰り広げていた少年。

 彼等と比べ、マイトの到着が遅れたのは、部下の配備に時間を取られていたからだろう。


「囮やなんて人聞きが悪い。そもそも、お前にとってはリョウが本命なんちゃうか?」


「どうだかな。それでは、私はこれでお暇させてもらうよ」


 これ以上、この場に用は無い。

 そう感じたフェンミリアは、身を翻し、背を向ける。


「待ちなさい! 逃げられると思ってるんですか?」


 背後からユイの声が飛んでくる。


 任務への意識が強い彼女のことだ。今にでもフェンミリアに切り掛かってくるだろう。

 しかしフェンミリアは、そんな事など意にも介さない。

 

「逃げるだなんて、それこそ人聞きが悪い。帰るんだよ、やはり地上は私に似合わない」


 そう言うと、フェンミリアはゆっくりと右手を上げてゆく。


「待ちなさいと、言ってるでしょう!」


 業を煮やしたユイが、地面を強く蹴る。

 フェンミリアまでの10メートルが嘘のように、一瞬で間合いを詰めた彼女。

 その憎き背中に向けて刀を振るう。


「くっ……」


 しかし、彼女の一閃は空を切る。


 ユイが刀を振るう直前。

 フェンミリアの姿が消えていたのだ。


 まるで蜃気楼であったかの様に、彼の姿は跡形も無く消えていた。


「追います!」


「無駄や、ユイ」


 姿の消えたフェンミリアを探そうと、足に力を込めるユイ。

 しかし、マイトがそれを静止する。


「俺らが部隊全員で来てる様に、あいつも部下を連れてきてるんやろう。今のやって、ジゼルが手を貸してたんやったら足で追うのは無理や」


 フェンミリアは部下が無能だと言っていたが、彼にも強力な部下は何人かいる。

 その中には、強力な魔法使いも存在しており、その魔法使いが彼を移動させたとしたなら、物理的な追跡は不可能だ。


「しかしっ!」


 事実を突きつけられたとしても、納得がいかない様子のユイ。

 懇願するような目つきで、マイトのことを見つめる。


「それに分かったことかて、色々ある。俺はこの後、リョウ達と話をつけてくる。もう帰ってええわ」


「分かりました」


 適当なマイトの指示ではあるが、これもいつもの事。

 ユイは即座にマイトの命令に従い、屋上を後にする。

 それに従って、辺りで待機していた4人の気配も消える。


 屋上に残ったのは、マイト一人だけ。


「さぁて俺も、はよ行かなな」


 大きく伸びをするマイト。

 その顔には笑みが浮かんでいる。


「もう一踏ん張りや」


 そう呟き、マイトも屋上を後にした。

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