2-6 迫り来る脅威
7ダンジョン。別名『闇の洞穴』。
死傷率トップクラスを誇るこのダンジョンは他と違い、光源を設置しておらず、常に濃い闇に包まれている。
石造りのダンジョンは、左右に細かく曲がっており、魔物の息遣いが闇の向こう側から絶えず聞こえてくる。
頼りになるのは、手元で最小限まで抑えた光を放つカンテラ、そして己の五感のみ。
1メートル前方しか認識できない状況下で、魔物の気配をすばやく察知しなければならない。
完璧な闇とは、それだけで十分な脅威と成り得る。
「だりゃぁ!」
煌く炎陽の太刀筋が、魔物の身体を一刀両断する。
ベチャ、と生々しい音を立てて床に落ちる肉片。7ダンジョン名物の巨大なヒル、『ホワイトリーチ』の亡骸だ。
7ダンジョンの浅い層から深層まで、至る所に生息するホワイトリーチ。
光を酷く嫌うその性質から、表皮は白く進化し、目が退化して無くなっている。
その見た目で、全長は50センチ。見るものが見れば鳥肌物だろう。
とにかく繁殖能力が高く、一匹見たら30匹は近くにいるのは確実。個々の危険性は低くとも、見付け次第駆除していかないと、取り返しのつかないことになり易い。
「おい! ドアホォ! はよ、その使い物にならんクソ魔剣を仕舞わんかい!」
「うるっせぇ! 分かってるよ!」
炎陽を宙で一振り。
ホワイトリーチの体液を素早く刀身から振り落とし、シンは炎陽を納刀する。
炎陽は、その込められた魔力によって、刀身が空気に触れると薄く炎を纏ってしまう。
炎自体は非常に微かな物ではあるが、ここは闇の洞穴。僅かな明かりでも、非常に目立ってしまう。
そのためシンは、魔物を両断する一瞬のみしか抜刀をすることが出来ない。
不用意に炎陽を抜刀し続ければ、延々と魔物をひきつけてしまうだろう。
「リョウ! このボケに任せてたら埒があかん! 凍らせてまえ!」
「お前は、指図ばかりだなっ!」
マイトに悪態をつきつつも、リョウは一息で凍月を抜刀する。
刀身から柄を通して、リョウの掌に、霜の降りてゆく感触が伝わる。
「ふっ!」
地面に凍月をつきたてるリョウ。
続けて、ゆっくりと凍月に力を込めていく。
「凍れっ!」
次の瞬間。リョウ達3人を冷気が包んだ。
「さっすが凍月や。どっかの炎を出すしか能の無い、しょーもない魔剣より優秀やで」
ひとまずホワイトリーチの脅威は過ぎ去った。
そう確信して、リョウに歩み寄ってくるマイトの声。
「この場所が悪いんだよ! 炎陽だって十分すごい魔剣だ! しっかし床から壁まで全部凍らすなんて、うわっ!」
それに続いて、シンの素っ頓狂な声と、身体を強く打ち付ける鈍い音がダンジョンに響く。
彼は転んだようだ。床が凍っていたからだろう。
床に突き刺された凍月。その刀身から広がった氷は、一瞬にしてリョウ達の周りを凍らせた。
リョウ達を取り囲んでいた無数のホワイトリーチ達も、例外に漏れず凍り付いているだろう。
「さぁてと、アホは放っておいてやな。とりあえず、現在地点を確認しよか」
「お前、ちょっとは心配しろよ……」
強かに腰を打ちつけたシンに見向きもせず、床に置かれたカンテラの明かりを頼りに、マイトは地図を開く。
7ダンジョンは、暗闇に惑わされ道を違い易い。それに加えて、戦闘というものは方向感覚を狂わせるものだ。
このように、戦闘毎に地図を確認しなければ深層に進むどころか、脱出さえもままならない。
「シン。腰は冷やさないほうがいいぞ。マイト、あと何層だ?」
「そうやなぁ、今36層やから、もう後2層やな」
『正義の盾』が仕入れていた情報によると、『毒牙』のメンバーが現れたのは38層。
たまたま、7ダンジョンでの単独演習を行っていた『正義の盾』の幹部が目撃したのだ。
数人の柄の悪そうな男達と、その腰に光る悪趣味な短剣達。それは紛れも無く『毒牙』のメンバーだったようだ。
「そろそろ『毒牙』のメンバーに出くわしても、可笑しくない階層だな。シン、気をつけて行くぞ」
「おっ、おう!」
凍った床の上を、ゆっくりと立ち上がろうとするシン。
しかし滑る床に邪魔をされ、まるで生まれたての小鹿のような覚束ない足取りだ。
「なんやだらしないのぉ。ほれ、はよ行く……で?」
一向に立てる気配を見せないシンに、嘲笑を浮かべていたマイトの顔が強張る。
闇の向こうに気配を感じたからだ。
「リョウ」
「あぁ……」
ゆっくりと腰を落とす二人。
五感を研ぎ澄まし、闇の向こう側を探る。
呼吸音、空気の流れ、床を削る爪の音。そして放たれる殺気。
全てを読み取り、リョウは気配の主を感じ取る。
「でかいな、シン! 炎陽を抜け!」
気配の主は、大きく、強く、強暴だ。
この際、他の魔物の事など構っている暇はない。炎陽の炎で全貌を暴く方が先決だ。
「燃えろ!」
先まで氷の上で這い蹲っていたシンだが、彼も死線を潜り抜けてきたトレジャーハンターの端くれだ。
正確に、そして即座に状況判断をした彼は、炎陽を抜き放ち、辺りに炎を撒き散らす。
炎に照らされる、凍った床、壁、ホワイトリーチの亡骸。
そしてその後方に、気配の主が姿を現す。
その姿を見たリョウは、思わず息を呑む。
炎に照らされ姿を現したのは、全長2メートル程の地面に這い蹲る魔物だ。
容姿は人間に限りなく近いが、こいつをみて人間だと判断する者はいないだろう。
灰色の皮膚。骨と皮だけのやせ細った身体は何も纏っていない。それだけでも、十分身の毛のよだつ外見なのだが、最も異端なのは別の部位。
本来眼球が嵌っているであろう穴から、数本の触手伸び出ているのだ。
まるで人間の舌の様な質感で、長く伸びる触手。各穴から5本づつ、計10本のおぞましい触手がうねうねと宙で蠢いていた。
「ナイトマン……」
リョウは呟く。
この醜悪な外見を持つ魔物の名だ。
ナイトマンは、この7ダンジョンの中でも、最深層に巣食うと言われている魔物だ。
その醜悪な見た目に違わず、凶暴で強力な魔物。
ナイトマン1匹を駆除するのには、手練のトレジャーハンターが10人以上は必要だといわれている。
「なんでこいつが36層に? こんな上にまで来るような魔物じゃないだろ」
炎陽を構えながら、シンも言葉を漏らす。
彼の言う通り、ナイトマンはダンジョンの深層で生きる魔物だ。
36層といった浅い場所で、出会うような生き物ではない。
「なんやゆうても、目の前にいるっちゅうことは変わらん! くるで!」
マイトが叫ぶのと、ナイトマンが触手を勢い良く伸ばすのは、ほぼ同時だった。
空間を最大限に利用して、上下左右から迫り来る触手。
この触手のどれか一つにでも捕まれば、人間の骨など一瞬で粉砕されてしまうだろう。
「燃えろ!」
「凍れ!」
互いに愛刀を振るいながら叫ぶリョウとシン。
二振りの魔剣から、吐き出された氷と炎が、触手をいくつも飲み込んでいく。
「グルルルルル……」
触手の半分を消し炭、残り半分を氷塊に変えられてしまったナイトマンが、低く唸る。
しかし、そこは深層に住まう魔物。触手が使い物にならなくなった所で、その脅威は衰えない。
「ガァ!」
ナイトマンが一吠えすると、全ての触手は生え変わり、再び攻撃を始める。
他の魔物の追随を許さない再生力。これが、この魔物の最も恐れるべき部分だ。
「シン!」
「おう!」
迫り来る第二陣の触手。それを二人の魔剣使いは、燃やし、凍らせ、両断していく。
個々の触手を捉えるのは容易い。
しかし、いくら処理をしても、次の瞬間には生え変わってしまう。
これでは切りが無い。
じりじりと下がっていく戦線。
リョウとシンの額には、汗が流れ始めていた。
「マイト! まだか!?」
「もうええで! 時間稼ぎご苦労さん!」
ここまで戦線に加わらなかったマイトが、ようやく声を上げる。
戦線に加わらなかったといっても、何も彼は高みの見物をしていたわけではない。
今回は、彼も一戦力として数えられている。それが同行の条件だ。
リョウとシンが攻防を繰り広げている間、彼も彼なりの戦闘準備をしていた。
「ほな、一丁行こか! リョウ! シン!」
マイトの合図で、二人は後方に飛び退く。
突如として目標を失う触手。
必然的に、全ての触手がマイトへと殺到する。それに反して、マイトは剣も盾も構えていない。
絶望的な状況。しかし、マイトの顔に浮かぶのは笑み。
『正義の盾』の長官という肩書きは、伊達ではない。




