2-5 狂犬の参戦
リョウが、シンとマイトを引きつれ7ダンジョンへ向かっている頃。
アンは中央区で有名なカフェ『ハヌル』に訪れていた。
古今東西。女性は甘い物と、新しい物に目が無い。
アンもその例外に漏れず、『ハヌル』に新作のシフォンケーキを食べに来ていた。
フォークで一口分に切り取ったシフォンケーキを、生クリームと一緒に口に運ぶ。
口の中に広がる絶妙な甘さ。
そして、うららかな日差しに照らされたオープンテラス。
ティパールの喧騒から離れ、幸福感が全身を包む。日常の中に訪れる、束の間の休息。
正に至福の一時といった具合だ。
もっとも、
「そ・れ・で? なぁーんでハルカまでここに居るのかしら?」
ハルカに出会わなければ、の話だが。
紅茶を一口すすったアンは、隣のテーブルに腰掛けるハルカに、怒気の篭った声を投げかける。
正確にはハルカ、ヒカル、ミチルの三人だ。
アンが『ハヌル』に来店してから数分後、至福の一時に最も似合わない三人が来店してきた。
「何でって言われてもねぇー。ミチルが珍しく、甘いものを食べさせに連れて行ってくれるって言うからー」
優雅に紅茶を口にするハルカは、相変わらず間延びした口調。
見た目は少女の様でも、彼女もアンと同じ17歳。年頃の女性だ。
『甘い物』を食べに行くとなれば、アンと似た目線で店選びをすることは不自然ではない。
「このシフォンケーキ美味しいねっ」
二人の女性の間で火花が飛び散るも、気にもしていない様子のヒカル。
アンとハルカが犬猿の仲なのは、幼馴染としては見慣れた光景だ。今更仲介に入るまでもない。
「しっかし偶然だなぁ。今日はシンとかリョウは一緒じゃねぇのかぁ?」
ブラックコーヒーを啜るのはミチル。
アンの記憶が確かなら、彼は甘い物は苦手なはずだ。あくまで、ヒカルとハルカに甘い物を食べさせに来ただけらしい。
辺りに漂う甘い匂いにも、彼にとっては迷惑な臭いだろう。
「そうよぉーアン。私達に会うなら、最低でもリョウちゃんと一緒に来なさいよねぇ」
「アンタねぇ……なんかリョウとシンは、昼位に出掛けてたわよ?」
「はーん。最近あいつら仲いいじゃねぇか」
「ミチルっヤキモチっ?」
「はっ! そんなんじゃねぇよ」
ヒカルを一蹴しつつも、ミチルはつまらなそうな表情だ。
そもそもリョウは幼馴染の中でも、単純な戦闘力だけで考えれば一番の実力者である。一人で延々とダンジョンに潜り続けていたことから考えても、それは明白であろう。
そしてつい先日、そんな実力者が凍月という強力な魔剣を手に入れた。戦闘愛好家のミチルとしては、手合わせをしたくて仕方ないのだ。
「大体アンの方がヤキモチ妬いてるんじゃねぇのか?」
これ以上、リョウとの手合わせを求める心情を追及されたくないミチルの話題転換。
「うーんどうかなぁ? 今までも月に2、3回はクランに来てくれてたし、むしろ最近は良く会えて嬉しいんだけど……」
「だけどっ?」
アンの微妙な言葉尻に、ヒカルも反応する。
純粋で、精神年齢の低い彼だが、こういった微妙なニュアンスを汲み取ることに長けている。
「なんて言うか、今日だって『黄金の世代』に寄ってくれたんだから、私に顔を見せに来てくれても良いと思うのよ」
文句を重ねるにつれ、ネガティブな考えが加速するアン。
次々にシフォンケーキを口に運びながら、愚痴を漏らす。
「大体リョウはね! 乙女心が分かってないのよ! いつも危険なこと一人でしちゃうし! 私が心配してるのなんて分かってないんだわ!」
「そうよねぇーその気持ちには賛成だわぁ」
先まで喧々囂々を繰り広げていたハルカも賛同する。
恋敵が一瞬にして、愚痴仲間に早代わりする。これも古今東西、女性に共通する習性だ。
事実、リョウは少々クール過ぎる側面がある。
特に、異性に関しては顕著だ。
アンもリョウも17歳。異性や恋愛に十分興味が出てくる年頃にも関わらず、リョウはそういった情事には全く興味を示さない様子だ。
「リョウは何にも分かってない! 今回だって危険かもしれないのに! いくら『噂話』の依頼だからって!」
「んぁ? アン、今『噂話』って言ったか?」
愚痴を聞き流していたミチルだが、恋の愚痴には似合わない単語に反応を示す。
「そうよ『噂話』。あそこから依頼で、シンはリョウを連れて行ったのよ」
「それ本当か?」
「うっうん、本当よ? 本当はいけないんだけど、シンがリョウと部屋で話してるの聞こえちゃったから……」
いきなり詰め寄ってきたミチルに、少々顔を引きつらせながら肯定するアン。
「……ハルカ、ヒカル。これで払っとけ。アンの分もだぞ」
数秒考え込んだ後、ミチルはテーブルに紙幣を数枚置くと、立ち上がった。
「どこか行くのっ?」
どこかに行こうとするミチルに、腰を浮かして反応するヒカル。
ヒカルはミチルに相当懐いている。ミチルがどこかに行こうと言うなら、彼もそれに着いて行きたいのだろう。
「あぁ、ちょっとな。でもヒカルはここに居ろ。気になることがある」
そう言ってヒカルを静止したミチルは、足早に店を去る。
「夕飯までには帰ってくるのよぉー」
「おぉー」
間延びしたハルカの台詞に、ミチルは振り返らずに手を上げるだけで答えた。
(噂話……十中八九、通り魔事件についてだ)
通りを歩くミチルは、脳内ですばやく情報を整理していく。
臨時とは言え、『砂上の行商人』を率いているミチル。もちろん彼も、特別版のティパール通信は目にしていた。
そしてそれと同様に、『噂話』からの依頼も回って来てはいた。
しかし、慈善事業には興味の無い彼だ。全く気にもかけずに、依頼を断ってしまった。
いつもなら後悔等するはずも無い。しかし今回は後悔の念でいっぱいだ。
(リョウとシンが絡んできている。ってぇことは、あのいけすかねぇ訛り野郎が言ってた計画の一環って可能性が高い)
『ほんでも、今後は邪魔したらあかんよ? こっちも細かい計画練ってるんやし。それこそお前を殺さなあかんかもしれへん』
凍月を手に入れた宴の会場、『スクランブル』の路地裏でマイトが語っていた計画。
ミチルが思うに、この通り魔事件もマイトの計画の一部に組み込まれている。
それならばマイトの計画は、着々と動き始めている。依頼を断った事で、現在のミチルは後手を踏んでしまっている可能性が高い。
(こんな所で、ぐずぐずしてる場合じゃねぇ!)
ミチルは腕から力を抜き、舞打法の構えを取る。
今回は決して遅れをとりたくは無い。ぐずぐず徒歩移動などしている場合ではないのだ。
「ふっ!」
足に力を込め、舞打法の歩法を行使する彼。
一瞬にして近くの建物の屋上まで飛来したミチルは、眼前に広がるティパールの街を眺める。
いつもと変わらず、活気に溢れるティパール。しかしそのどこかで、マイトの計画が進行している。
今、この街には変化の波が訪れ始めている。その波を逃すべきではない。
「まずは情報だな。あいつらだけに楽しい思いはさせねぇぞ」
犬歯をむき出しにする、凶暴な笑みを浮かべた後。
一瞬にしてミチルの姿は消えてしまった。




