1-1 赤き友人
―――ダンジョン
2000年以上も建造されたと言われ、500年ほど前に発見された広大な地下迷宮。
世界に、何百という入り口が存在し、何百という階層を持って地下奥深くまで繋がっている。
独立型のダンジョンも存在すれば、地下で複数が複雑に絡み合い、最終的に合併しているダンジョンも存在する。
材質も木から石まで様々ではあるが、奥深くに繋がるダンジョンほど、現在の技術では製造不可能な、高硬度の金属で作られていることが多い。
何故このダンジョンが存在するのか?
学者達は頭を悩ませ、様々な結論を導き出した。
各国の権力者がその力を誇示するために作らせた。だとか、
当時人間にとっての脅威であった、魔物たちを閉じ込めるに作られた。
はたまた、空から天使が降りてきて一晩で作り上げてしまった。
など、様々な見解が提示しているが、現在においてそんな空論よりも確かなことが一つ。
『ダンジョンには至る所に宝が眠っている』
ダンジョンには建設当時の貴重な武具、宝石、貴金属が眠っており、またその閉鎖された空間で、独自の生態系を育んできた魔物達の皮、骨、鱗、肉も大きな価値を持つ一種の宝である。
ダンジョンが発見された500年前から、一攫千金を夢見る人々がダンジョンに潜り宝を手に入れようと試みた。
もちろん成功した者は莫大な富を築いたし、道中で魔物に食われた者もいれば、罠に引っかかり命を落とした者も多く居る。
しかし、未だにダンジョンの全貌は解明されていない。
そして人間はダンジョンに潜ることを未だに辞めはしない。
ダンジョンに眠る宝が人々を惹き付けて止まないのだ。
「おう、リョウご苦労さんだな」
そんなダンジョンから出てきた、一人の少年。
一目で安物と分かる外套に、そこから覗く皮製の鎧、ブーツ。腰に釣られた片刃の剣だけはそれなりの値がする一品のようだ。
身長は175センチほど、黒髪が風に揺れ、急な光の変化にその端正な顔をしかめる。
彼―――リョウ=クレセッドはダンジョンと街の区分をするゲートの看守に声をかけられ、そのまま看守の下へ歩みを進める。
「なんか渡すもんはあるか?」
「いや今日はない」
ダンジョンで手に入れた宝―――武具、刀剣、宝石、貴金属、魔物の体の部位を金に換えるには2つの方法が存在する。
一つはゲートに居る看守達に手渡し、宝の価値に応じた書類を発行してもらう。そして後々国営の換金所に行き、金を受け取るのだ。
この方法の場合、ダンジョン潜りで疲労困憊した者達を集団で襲い戦利品を奪い去っていく『ハイエナ』と呼ばれる連中の被害に合わない、といった利点が存在する。
また国が管理しているため、一見素人目には分からないような美術的価値がある物でも、正直な価格をつけてもらえるといった利点もある。
もう一つの方法は、ゲートで手放さずに自らの手で骨董品屋や武器屋などに持ち込む方法だ。
これはある種、玄人好みの方法である。まずハイエナ達に狙われる危険性が非常に高い。
しかしそれよりも信頼の置ける鑑定師、また標準価格以上に買い取ってくれる人脈を見つけることが、より重要になってくる。
そのようなツテが無ければ、命をすり減らして自らの手で手に入れた物であっても安く買い叩かれるのが落ちだ。
「ほう、珍しいじゃねぇか。いつもならどっさり稼いでる有能なハンターさんがよ」
看守が葉巻に火をつけながら、リョウに笑いかける。良く見ると看守の左手は存在しない。
彼もまた若い頃ダンジョンに潜っており、その時に魔物に食われたそうだ。
ダンジョンで手負いとなって生き延びて地上に戻るという例は数少ないが、そのような人材はトレジャーハンターとしての力を買われ、このようにゲートの看守や、宝の最低値を決める査定師といった職種に付くことが多い。
「まぁ、今日は下見ってとこかな。また近いうちに来るよ」
リョウは汗で額に張り付いた黒髪を払いながら看守に告げる。
「おう、それじゃ。気をつけてな」
「あぁ」
看守に見送られ、リョウはその場を後にする。
この18ダンジョンに潜り始めたのは今朝6時程、今太陽はリョウの頭上を少し過ぎたところだから目当ての友人は昼食を取っている最中だろう。
その友人にあう為、リョウは街の中央に向けて歩き始めた。
―――――――
リョウの住む街。ティパールはとても大きい。
世界で最初にダンジョンが発掘され始めた地であり、故に36という世界でも最多と謳われるダンジョンの入り口を保有している。
元はただの荒野であったが、ダンジョン目当てに集まる人が増えるにつれ村から町へ、そして世界的にも有数の大都市へと変貌を遂げたのだ。
ティパールを統治するのは、強大な軍事国家ユリアン国。数々の戦乱を乗り越え100年程前にようやくティパールを治めた。
ユリアン国の統治が始まってから、ダンジョンは国有のものとなり、ティパールの外周に36の入り口が建設され管理されている。
真北に存在する入り口が1番ダンジョン、そこから等間隔でダンジョンの入り口は存在する。
リョウが先まで潜っていた18ダンジョンはティパールの丁度真南に存在するといった具合だ。
その他にも、国が戦利品を買い取る等画期的なシステムを確立したユリアン国は、ティパールをダンジョンの街としての基準と呼ばれるまで発展させた。
リョウが今目指すのは町の中央、外周に36のダンジョン入り口を抱えるティパールは、居住区や銀行、領館などの重要な施設を中央に構えている。
外周に行けば行くほど、ダンジョンに縁のある武器屋やハンター用の民宿、ハイエナ達のアジトなど治安が悪くなっていく。
ティパールの外周は昼間であっても治安はよくないのだが、今日は運よく誰にも絡まれることも無く、リョウは中央区までたどり着くことが出来た。
中央区でも南側。
そこは住民達の胃袋を満足させるべく、飲食店や屋台が立ち並ぶ賑やかな一角となっている。
このこの飲食街には、リョウの探す旧友のお気に入りの屋台がいくつか存在する。
「初夏、火曜日。それに加えて今日は漁村との交易日」
旧友は自称グルメ。
リョウは条件に合う店を絞っていく。
「ポワソンだな」
リョウは具沢山の魚介スープをだす屋台を思い浮かべ、そこを目指し歩みを進める。
この時間は一番飲食街が賑う時間だ、様々な料理の匂いが鼻腔をくすぐり、様々な食材の色彩が眼を楽しませる。
辺りを見回せば顔見知りのハンター達も何人か確認できる。旧友を見つけるのもリョウの予想が外れていた場合は苦労しそうだ。
「あ、リョウだ」
しかしそんな心配は、聞きなれた少女の声によって杞憂と化してしまう。
管楽器系の良く通る声、肩まで伸びた銀髪と少女のあどけなさが残る顔つきがよくマッチしている。
女性らしいフォルムを美しく見せつつ、防御性と機動性を兼ね備えた青のバトルスーツに身を包む少女は、両手にポワソンの魚介スープを持ちながらリョウの方へ歩んでくる。
「どうしたのー? こんな所で会うなんて珍しいね!」
彼女の言う通り、リョウはあまりこの時間帯の飲食街に顔を出すことは珍しい。
人ごみが苦手だし、なによりこの時間は高確率でダンジョンに潜っているからだ。
「あぁアン久しぶりだな。お前のとこのクランマスターに用があってな」
少女の名前はアン=ティアス。リョウと同い年の17歳である。
「あぁシン? いるよーあそこのテーブル」
アンはリョウの質問に笑顔で答え、スープを持つ手で目当ての旧友がついているテーブルを指差す。
そこには遠くからでも彼だと分かる、燃え立つ炎のような赤髪、それに合わせた赤のバトルスーツが群集の中においても目立っていた。
これまたリョウと同い年の幼馴染の旧友。
シン=アルフォルである。
「シンになんの用? やっとうちのクランに入る気になった?」
アンが可愛らしく首を傾げて尋ねてくる。
クランとはダンジョンへ潜るパーティーの集合体の様な物だ。
ダンジョンへはリョウのように一人で潜る者は少ない。それはダンジョン内で怪我をした時や、麻痺毒に襲われた時などに助けが無くなってしまうからだ。
そのような不慮の死を避けるために、大多数のハンターは3~5人程度パーティーを組みダンジョンに潜る。
クランはそのパーティーを組みやすく、また目当ての宝の情報を手に入れやすくするための組織だ。
ティパールには構成員10~3000人までと大小さまざまなクランが存在するが、ティパールに住むハンターはほとんどどこかのクランに所属している。
シン=アルフォルは、構成人数50人ほどの中堅クラン『黄金の世代』のマスターである。
そしてアンもその構成員。
幼馴染であるリョウは、その腕もあいまって再三シンからクランへの勧誘を受けてきた。
「クランには入らないって言ってるだろ。今日は少し頼みごとがな」
「頼みごと?」
「そう。まぁ飯食いながら話すよ。俺もなんか買ってくるから先に戻ってて」
「わかった!」
リョウに素直に従い、アンはシンの座るテーブルへとかけていった。
「おっちゃん。白一丁」
「おぉリョウ! 久しぶりじゃねぇか! 今日のスープはうめぇぞー!」
リョウは朝から何も食べていない事を考え、アン達とは違うスープをポワソンでオーダーした。
香辛料の少ない、魚介本来の味を楽しむスープだ。
こんな日は胃に優しいスープにかぎる。
「ほい60リコル」
リコルはこの国の通貨単位だ。
「あー黄金の世代につけといてくれ」
魚やえびなどが泳ぐ透き通った白いスープの入った使い捨て容器を受け取りながら、リョウは適当に店主に告げる。
「はははははっまぁたシンにぐちぐち言われても知らねぇぞー?」
「あぁー文句言ってきたら俺が叩っ切るって言っておいて」
そう言い、リョウはスープを持って目的の人物のいるテーブルに歩き始めた。