序章 血に染まった広場
声が響く。
叫び声だ。
多くの人が叫び声を上げる。
ある者は命乞いをし。
ある者は逃げ惑い。
ある者は動かなくなった愛する者の名前を叫んだ。
その名の通りティパールの中央区の中心。中央広場は阿鼻叫喚をまさに体現していた。綺麗に並べられた石畳には多くの死体が転がり、中心で水を吐き出し続ける噴水も赤く染まっている。
青く澄んだ高い空が何とも皮肉に感じる。
暴動の首謀者は、外周に根城を構える犯罪者ばかりを集めたクラン『毒牙』。
普段は統治組織『正義の盾』達を嫌い中央区には近寄ろうとしない彼等だが、この日は中央広場まで進行し暴虐非道の限りを尽くしていた。
それが一時間程前の話。
暴動に飽きたのか、『毒牙』のメンバー達は広場から既に去っていた。
「おかぁさーん! おとうさーん!」
火の手も上がり始めた広場の片隅。
そこで血の海に沈む両親を呼び続ける少年が居た。
リョウ=クレセッド。14歳。
彼の両親は『毒牙』のメンバーによって殺された。
腹部を掻き切られ、その中身を石畳に撒き散らす両親。
それは14歳の若き少年の理性を打ち砕くには十分過ぎる光景であった。
「リョウ! ここにおったんか! 大丈夫か!?」
聞き覚えのある訛りが強く利いた声。
白銀の鎧に身に纏う、細い目が特徴の男だ。
『正義の盾』最高長官。マイト=ケテルであった。
丁度一年程前からリョウと仲良くなった彼。冷たくなった両親の傍らに呆然と立ち尽くすリョウに駆け寄ってくる。
「リョウ!? 無事か? お前、オトンとオカンは……」
リョウの体に怪我がないことを確認すると、マイトは石畳に倒れるリョウの両親に目を向ける。
マイトは言葉を失う。
『正義の盾』が居ながらも、中央区に『毒牙』の進行を許してしまった。
その結果、自分が目を掛けていた少年の両親が死んでしまった。
そして今、彼が一番掛けられたくない言葉が少年の口から放たれる。
「お前の、せいだ……」
リョウの口から紡がれる呪詛のような言葉。
一度声に出し始めてしまったら止まらない。
「お前が!お前が居るのに!なんで父さんと母さんが死ぬんだ!」
「リョ、リョウ……」
マイトはリョウの言葉に何も返せない。
ただただリョウから放たれる暴言を浴び続けるのみだ。
リョウの言う通り、彼の両親が死んだのはマイトのせいだろう。
『毒牙』の連中が忌み嫌う『正義の盾』の長官、マイト=ケテル。
その彼と親しくしていたリョウの両親は標的にされてもおかしくはない。
また彼の両親は情報を持っていた。『毒牙』の連中が今最も欲している情報だ。
それが『毒牙』の連中に知れ渡ってしまったのも、またマイトのせいだ。
もしリョウとマイトが親しくしていなければ、彼の両親の存在は奴らに伝わることはなかった筈だ。
「リョウ。すまん……俺のせいや……」
続くリョウの罵声の嵐に、マイトは涙を流して俯く事しか出来なかった。
後に『中央広場の悲劇』と呼ばれる大事件。
この日より、ティパールの平和を維持できなかった『正義の盾』は、ティパールの全住民から忌み嫌われる存在となった。
そして『正義の盾』がティパール全土で犯罪すれすれの統治活動を行うようになったのも、この日からである。
血に染まった中央広場。
多くの人が命を落とした大事件。
これによって、多くの人の運命が大きく変わった。




