1-12 鉱石のバケモノ
「おい、この階段どれだけ続くんだよ」
先頭を歩くシンがぼやく。
「ざっとこれで半分くらいじゃねぇかぁ?」
アン、ヒカル、ハルカ。3人の頭越しに、しんがりを勤めるミチルが間延びした声を上げる。
縦穴に隣接する作業員用通路は、つづら折りの階段が延々と続いていた。
ハルカの爆発によって発見できた作業員通路に足を踏み入れてから15分程。
降りれども降りれども階段は途切れる事無く続いていた。
「コレ本当にリョウの居る所まで通じてるの?」
錯乱状態だったアンも、階段を下りるうちに落ち着きを取り戻していた。
もっとも、階段が落ち着かせたというよりも、10分以上シンが説得を続けた努力の賜物なのだが。
「通じてるに決まってんだろー」
これまた適当なミチルの声。
戦うことを変質的に愛している彼としては、ダンジョンなのに危険が一切存在しないこの階段は、退屈そのものなのであろう。
「ねぇハルカっ疲れたぁ」
「男の子でしょー頑張りなさいよぉ。それでも無理ならシンにおぶってもらえばー?」
「絶対にお前の事なんかおぶわないからな!」
声を上げるシンに、双子達はケタケタと笑い転げる。
ヒカルとハルカの双子は常にこの調子だ。
「ほら! ふざけてなんかいないで早く行って!」
先を急ぎ、声を上げるアン。
「あらぁーそんな怒ってばっかりいると皺だらけになっちゃうわよぉー?」
「なんですってぇ?」
ハルカの安い挑発に、アンの怒りの篭ったアンの声が作業員用通路に響いた。
――――――
「ふっ!」
駆け抜けざまにゴーレムの右足目掛けて剣撃を放つ。
ガラスを擦る様な甲高い音。火花が散り、手にはしびれるような衝撃。
しかしゴーレムの足には傷ひとつ付いていなかった。
「くそっ!」
アン達が階段を降りている最中、リョウは命をすり減らし続けていた。
15メートル程の身長を誇る鉱石で出来た巨人。硬すぎるといっても過言ではない硬度の鉱石を身に纏った巨人に、リョウは苦戦を強いられていた。
振り下ろされる巨人の拳。その巨大な握り拳が直撃してしまえば、彼一人の命など一瞬で吹き飛んでしまうだろう。
相手はリョウを一撃で仕留められるほどの力を持っているのに、こちらは傷ひとつつけることさえ叶わない。
攻撃の威力、リーチ、加えて防御まで相手の方が格上。勝っているのは小回り程度なものだ。
「くっ!」
今度は自分の番だ、と言わんばかりに振り下ろされる巨人の拳。
紙一重の所でリョウはそれをかわす。
リョウが避けた事に対し、機械的な動作で巨人は拳を持ち上げる。下から現れるのは穿たれたホールの床。拳の威力をリアルに物語る。
ゴーレムと対峙してからこのような攻防戦が延々と続いていた。
といっても相手は無機物のゴーレム。リョウのように磨り減る精神等は存在せず、体力がそこを尽きるということも無い。
「これならっ……どうだ!」
このまま無意味な攻防戦を続けたところで、待っているのは『ジリ貧』という無様な結末だ。
そう判断したリョウは、頼みの綱である火炎弾をゴーレムの膝の辺り目掛けて投げつける。
火炎弾は正真正銘リョウの頼みの綱だ。
リョウが用意してきた剣以外の武器は、悲鳴弾、煙幕弾に火炎弾。悔しいがゴーレムを相手取っているこの状況下では、準備不足と言われても仕方が無い。
そもそもダンジョンで見舞われる脅威は、ほとんど剣で事足りる。リョウが爆弾の類を使用するのは、剣だけでは手に負えない状況下のみだ。大量の魔物に遭遇した時、皮膚が硬く剣が通らない魔物に襲われた時がそれに該当する。
使用するのは主に悲鳴弾と煙幕弾。大量の相手に対して、その内部からダメージを与える手段だ。
しかしそれは相手が五感を持つ生物であるのが前提の話だ。
今現在リョウが相手をしているゴーレム。ヤツには悲鳴弾の音を聞き取る聴覚は存在しないし、煙幕によって機能しなくなる視覚も存在しない。よって悲鳴弾も閃光弾も無用の長物に変わりないのだ。
逆にここに来て活路を見出してくれる可能性が浮上したのは火炎弾。
普段はその強力過ぎるほどの火力によって狭いダンジョンでは使いづらい代物であったが、舞台となるホールは広く、ゴーレムという的の大きさも十二分だ。
リョウが力と祈りを込めて投げつけた火炎弾はきれいな放物線を描き、見事にゴーレムの膝の辺りにぶつかり、炸裂した。
「利いたかっ?」
ゴーレムの膝で燃え上がる炎に、リョウは目を細める。
火炎弾の効果はテキメンであった様だ。
ゴーレムは地鳴りと共に、膝を付く。
(予想通りだ)
ゴーレムは鉱石を人型に組み上げ、命を吹き込んだ一種の兵器。
身を覆う鉱石の硬度はすさまじいの一言ではあるが、その鉱石を組み上げるのに使用している骨組みはそうではない。
高硬度の決して曲がることの無い鉱石で、関節を再現することはままならない。関節には縦横無尽に曲げることの出来る柔らかい材質を使っているはずだ。
(アルベルトがコイツを作ったのは500年前。やっぱりアドニスか)
アドニスとは500年前に防具職人たちが好んで使用した、剣を通さない素材だ。
白く、極端に柔らかいアドニスはどんなに鋭い刃でも切れることは無く。よく防具に使用されていた。しかし現代の防具ではほとんど使われることは無い。
理由は火に弱いこと。
剣撃にはめっぽう強いアドニスではあるが、火が直接触れた瞬間その耐久力は無に帰してしまう。
リョウの願いに似た予想の通り、ゴーレムの関節を構成していたのもアドニスであったようだ。
火炎弾の炎に関節は焼かれ、ゴーレムは右足の機能を失う。
「これならいける!」
思わぬ攻撃の手段を得たリョウは、次々に手持ちの火炎弾を投げつけていく。
残った左足の膝、腰、右肘。
ゴーレムの間接という関節目掛けて、とんでいく火炎弾。
炸裂する炎は次々とゴーレムの体躯を分断していく。
「もう少しっ!」
ゴーレムが頭と上半身、そして右腕だけになり、勝利はすぐ目の前となり、次の火炎弾をリョウが投げようとしたその瞬間。
火炎弾を握っていたリョウの右腕に、鋭い痛みが走った。
火炎弾は床に落ち、右腕からは鮮血が滴る。
「つっ……!」
リョウの右手を傷つけた飛来物が地面に音を立てて突き刺さる。30センチ程の鋭く尖った青い鉱石。
先までゴーレムの体を構成していた鉱石だ。
「本当に絵本に出てくるようなバケモノだな……」
瞬時に辺りに目を走らせるリョウ。
辺りにはいつの間にか鉱石の刃が無数に浮いていた。
出所はゴーレムの残骸。リョウが火炎弾で分断することに成功した、ゴーレムの足や右手だった物から次々と鉱石の刃が作り出され宙に浮いていく。
宙に浮く刃の数はゆうに200を超え、今現在もその数を増やしていた。
「くそっ!」
リョウは素早く走り出しながら、床に転がる火炎弾を掬い上げゴーレム本体に向けて投げつける。
しかし、宙に舞う刃達が行く手を阻み火炎弾は空中で炸裂してしまう。
空中で真っ赤に燃え上がる炎。
それが合図かの様に、無数の鉱石の刃がリョウに殺到する。
「ちっ……!」
切り刻まれていくリョウの体。
剣と足捌きを駆使しどうにか致命傷だけは避けるているが、数が数。捌く事を諦めた刃達が、次々にリョウの体に赤い線を刻んでゆく。
「数が、多過ぎる……」
延々と飛来する鉱石の合間からゴーレムが残った左腕を、止めと言わんばかりに振りかぶるのが見える。
あの一撃を喰らってしまったら一巻の終わり。
しかしその一撃を避ける為に、剣の動きを止めてしまえば鉱石の刃によってリョウの体は八つ裂きにされてしまうだろう。
「ここまでか……」
リョウが短い人生に諦めをつけそうになった時、リョウの後方が急に明るくなった。
炎だ。
火炎弾の炎など比較にならない程の大きな炎の渦が、飛来する鉱石を飲み込み、四方へ撒き散らす。
「リョウ! 大丈夫か!」
炎を纏う剣を振るう少年の声。
「傷だらけじゃない!」
幼馴染の少女の声。
「こりゃゴーレムか。一人でお楽しみかぁ? リョウ!」
ゴーレムに怖れるどころか、興奮する戦闘愛好家の声。
「ちゃちゃっと片付けちゃおっ!」
「リョウちゃんに傷を負わせるなんてーやるじゃないー」
元気な双子の声。
ここぞと言うときに、最も頼りになる幼馴染の声がホールに響き渡った。




