1-11 縦穴の奥底で
リョウは長い浮遊感を感じていた。
凍月の間の床が抜けたと理解したあの瞬間。
最後に見たのは、絶望その物といった様子のアンの顔だった。
あのアンの顔を見てから、もうどれほどの時間が経っただろうか。
一分経ったかのようにも感じるし、まだ十秒しか経ってないのかもしれない。まるで永遠に落ち続けているかのような感覚に、リョウの時間感覚は加速度的に狂わされていく。
「くそっ! 何が最後の試練だ!!」
このまま落ち続けてもいられない。
リョウは自身を叱咤し、腰から剣を抜き放つと、近くの壁に突き立てる。
「くっ!」
剣が壁に刺さったその瞬間。彼の腕、そして肩にかけて強い重力が圧し掛かる。悲鳴を上げる肩、リョウは全力で歯を食いしばる。
壁と剣の間で飛び散る火花。
闇に塗りつぶされた縦穴の中を火花が踊り、縦穴の内部をうっすらと照らす。
(……水?)
下に舞い落ちていく火花を目で追っていくリョウ。
彼の瞳に縦穴の底が映る。縦穴の底は水源のようだ。
(下は水。ここまで速度が落ちれば、大丈夫なはずだ……)
そう判断したリョウは、壁を強く蹴り縦穴の底へ身を投げ出す。
ドプンッ、と縦穴の中に水の音が響く。
リョウの耳には水の中独特の、玉を転がすような音が響き渡る。
懸命に両手両足を動かし、リョウは水面を目指す。
「っはぁ!」
どうにか顔を水面上に出すリョウ。
心臓跳ね上り、肺が酸素を強く求める。喘ぐようにリョウは思い切り息を吸った。
「……?」
下着まで染み込む水に不快感をリョウが感じていると、頭上から重い何かが動く音が聞こえてくる。
「蓋だな……」
アルベルトの罠は仲間を分断するためにある。
リョウは文献に記載されていた情報を思い出しながら、頭上を仰ぎ見る。これだけの縦穴だ、穴の途中を塞いでしまうのが手っ取り早い仲間との分断方法だろう。
唯一の誤算といえば、罠がここまで大規模なものだと思って居なかったことなのだが。
頭上で鳴り響く音が止むと、途端に周りが明るくなった。
「くっ……」
急な光の加減の変化に、リョウの目が眩む。
徐々に慣れていく目を凝らしていると、だんだんと辺りの様子が確認出来るようになっていった。
光源の正体は凍月の間と同じ、光を放つ鉱石のようだ。違うのはその量。凍月の間とは比べ物にならない量の鉱石が、水源の底から縦穴を照らしていた。
ゆっくりと見回すと、リョウの右手方向に陸地があるのが確認できた。
「あれが……最後の扉……」
リョウは陸地よりも、その陸地に面した壁にある巨大な扉に目を奪われた。
20メートル離れたここからでも巨大なことが分かる扉だ。
リョウは陸地まで泳ぎ、扉の目の前まで移動することにした。
「……大きいな」
リョウが陸地に向かって泳げば泳ぐほど、その扉の巨大さは現実味を帯びて彼に伝わってくる。
高さはおよそ10メートルほど。材質は色味からして鉄だろう。
見上げる程の高さの扉は、到底人間一人の力で開きそうなスケールではない。
陸地に上がってゆっくりと扉に向かって歩むリョウ。
巨大な扉の下方には、様々なレリーフが飾られていた。どれも平均的な身長の人間にとって手の届く範囲に飾られている。
この巨大な扉の下方にのみ装飾。リョウは少々の違和感を感じながら、近付いて観察を始める。
「これは……」
目に付いた一つのレリーフに手を触れたリョウ。
それに彼の目は釘付けとなった。
「これは……狂華か?」
レリーフに掘られたのは、舞い散る花弁と一振りの細い刀身を持つ刀。
一振りで血の華を一面に撒き散らす。そのような逸話から名づけられたアルベルトの名剣の中の一振り『狂華』がレリーフに掘られていた。
「こっちは雷切り、闇月……炎陽まである……」
レリーフを舐める様に一つ一つ確認していくリョウ。
扉に飾られた数々のレリーフは、どれもアルベルトがダンジョンに隠した名刀の数々であった。
「ここにあるのはダンジョンに隠された刀ばかり……つまり……」
リョウは思考を巡らせる。
この扉は人間一人で開けられるような代物ではない。
またアルベルトが製作したという事を考えれば、なんらかの仕掛けが隠されているのは明快だ。
「他よりも大きな死を乗り越える……他に隠された刀剣のレリーフ……」
何かを閃いたリョウ。
おもむろにいくつかのレリーフに触れていく。
(俺の考えが正しければ、発掘済みの刀剣のレリーフがこの扉の鍵になる……)
リョウの予測通り、触れていったレリーフ達は次々とへこみ、扉に吸い込まれていく。
「ダンジョンに隠されたアルベルトの秘宝は136。今まで見つかったのは98。これで、最後だ」
97のレリーフが扉に吸い込まれた後、最後に炎と共に炎陽が掘り込まれたレリーフに手を伸ばす。
炎陽のレリーフはゆっくりと吸い込まれていき、巨大な扉から開錠の音が鳴り響く。
「よし!」
まるで拍手のように鳴り響く開錠音の嵐に、リョウは満足そうな笑みを浮かべる。
開錠の音が鳴り止むと、次には重い地鳴り。
ついに最後の扉が開いたのだ。
「これが、最後の試練……」
扉が開くにつれ、扉の向こうの様子が徐々に明らかになっていく。
扉の向こうは天井の高い、円形のホールのような形をしていた。
完全に扉が開ききると、リョウはゆっくりと足を踏み入れる。
(なにか罠があるかもしれない)
リョウの足取りは慎重そのものだ。
彼が部屋に入るのと同時。ホールの壁に備えられた松明達が一斉に灯を燈す。
(さて……凍月はどこか……)
ここは最後の試練が待つ場所だ。どんな罠が発動してもおかしくは無い。
リョウは探索のためにゆっくりと、しかし確実に足を動かし続ける。
(罠が発動してから出現するのが妥当か……?)
ホールの中心にまで差し掛かっても何も起きないことに違和感を感じるリョウ。
(本当に何も無いのか……?)
あまりに何も起こらない為有り得ない考えが頭に浮かび、一瞬ではあるが気が緩んだリョウ。
その瞬間を狙ったかの様に、地鳴りと共にそれは舞い降りてきた。
「これは……」
リョウは舞い降りてきたそれを視認して、言葉を詰まらせる。
それは大きかった。
ホールの入り口をふさいでいた扉よりも高い背。人間のような形を保っているが、どこをとっても規格外の大きさだ。拳一つとってもリョウの全身よりも大きい。
そして全身を構成するのは見覚えのある青い鉱石。凍月の間からリョウを照らし続けていた鉱石だ。
「ゴーレムか……こりゃすごい……」
リョウはこの規格外の巨人の名称を知っていた。
『ゴーレム』
生命を吹き込まれた無機物の巨人。仕組みは解明されてはいないが、2000年前には無機物に生命を吹き込む技術があったらしい。
そしてアルベルトはその技術の一端を再現していたと聞く。アルベルトの文献を調べていくと誰でも知りうることの出来る情報だが、現存するゴーレムが見付かっていない為それは空想上の魔物だと思われていた。
事実リョウもゴーレムの記述に関しては、アルベルトの死後に付け加えられた創作の話だと信じて疑わなかった。
しかし目の前に存在するとなっては話は別だ。
「これは随分と難しい試練だよ……」
腰から剣を抜き放ち、ゴーレムと対峙するリョウ。
相手は自分の8倍の大きさ。脳内にゴーレムを打ち負かすビジョンを無理矢理にでも描きながら、リョウは自分を鼓舞していく。
凍月を手に入れる最後の試練。
それは正真正銘、絵本の中に登場する生物を打ち負かすということだった。




