29 自転車
以前投稿した、『代弁インコはわめかない。』の試作段階のお話です。
デッサンのようなものです。だから、所々ちぐはぐなところ等があります。
29 自転車
家族の中では私が二番目に起きる。一番目は妻で、最後に起きるのは四歳になる娘だ。
目覚めは悪くはない。隣で寝ている娘を見る。
……天使の寝顔、と言うのは一般的にはこういう顔の事を言うのだろう。
確かに娘は愛らしい。ぽってりとした唇はやわらかそうである、鼻は妻に似ている。開いていない眼は黒々と大きくチャーミングであるのだ。
けれども、告白してしまうならば、私は娘を愛していない。
その事を思い返して、私は寝室を出た。
「おはよう、吟哲」
妻、水元夕子は快活な笑みを浮かべて私に挨拶をした。そして軽く唇を重ねる。それだけで、気分は高揚する。長いこと彼女と付き合っているが、この感覚はいまだになれず新鮮である。
離れると夕子は眉をひそめた。
「酒臭いぞ、吟哲、また接待か?」
「あぁ、最近はそんな仕事ばかりだ」
会社と言うものは何かを売って成り立っている。それは目に見えるものに限らず、サービスもそれに入る。私が売っているのは携帯電話やネット回線だ。だが、最近はつきあう事を売って会社から賃金をもらっている。それが私には少し不満だった。
「ブレスケア、噛んどけ。営業は身だしなみが命だろ?」
言うなり妻は料理に戻った。
私は洗面所に向かいひげを剃るために顔を洗った。そして後ろに娘、水元夕紅が立っているのに気がついた。
「お、おはようございます、パパ」
「……おはよう」
振り向かないで、言葉を投げるが会話は続かない。私の頭が冴えていないこともあるが、娘がどこかぎこちないところがある。
子供は敏感だ。私はそれほど多感だった覚えがないが、やはり女の子は繊細なのだろう。
「歯磨きか?」
どもりながら、娘はハイと頷いた。私は子供用の苺の歯磨き粉をブラシにつけて娘に手渡した。そして、ひげを剃り始めた。
「きょ、今日は送ってもらえるのですか?」
私は、あぁ、と応えてからこの質問が毎日続いている事に気がついた。娘にそれを問いかけた。娘はその問いかけにごめんなさいと謝った。
「別に怒っているわけじゃない。ただ、どうしてかと言う事が気になっただけだ」
私はつとめて冷静に言葉をかけた。娘に対して暴力をふるったことはない。一度も。小突いたりしたこともなかったと思う。だから、どうして娘が私に対して過剰に恐れを抱いているのかが不思議であると同時、不愉快だった。
問い質したが娘が口を開くことはなかった。
朝食を軽く食べ、新聞を持ち出社と言う形になった。時間は朝の六時。移動手段は自転車だった。
最近までは車を使っていたのだが、妻がガソリンの高騰を受けて節約すると宣言したため自転車を使い駅まで通勤することを強要されたのだ。
そのついでに娘を幼稚園へ送って行くことが私の仕事の一つであった。
玄関で娘と並び靴を履いていると妻が見送ってくれた。
「いってきます」
「おう、いってらっしゃい」
「いってきます、ママ」
「いってこい……あ、ちゃんと聞くんだぞ?」
妻と娘が何か話しているようだったが、私は聞き耳を立てることなく外へ出た。
自転車を車庫から出して娘を乗せた。それから二分ほどして、私の方から言葉を投げた。
「ママとは何の話をしてたんだ?」
「そ、それはパパの事です」
意外、と言うほどでもない。けれども予想外ではあった。私は興味を持って聞いた。
「パパは、夕紅と、その、お、お風呂に入っていただけませんか……?」
「ママとじゃ、ダメなのか?」
「だって、パパと入ったことは一回もないじゃないですか」
そうだったかと私は少し思案し、確かに娘の言葉が正しいこと思い返した。
娘の入浴の手伝いは妻の仕事だった。私が代りにやれれば良かったのだろうが、娘が生まれた当時は仕事が忙しく、何より職を失う可能性もあったのだ。営業の実績をあげることが当時の私の最大の目標であり、家庭は二の次な部分もあった。
今はある程度余裕がある。妻の負担を減らすためにも、この申し出は受けてもいいかもしれないなと思った。
「いいよ」
「えっ」
その受け答えが少々私を苛立たせた。
「なんだ、いやなのか?」
「い、いえ、そんなことはありません。むしろわーいです」
でも、と続けた。
「い、いいのですか?」
「なにが?」
「き、嫌われてる、のじゃないかなと」
文脈から解る。娘は自分が嫌われているのではないかと思ったのだろう。私に。
「そんなことはない」
私はそう言う。嘘ではない、愛していないだけで、嫌っているというのではない。
娘はその言葉に喜んだ。
「じゃ、じゃあ今日一緒に」
「それは解らない、仕事の都合で遅くなるかもしれない」
娘は一気に消沈した。顔を見ているわけではないが、その気配が伝わってきて私は取り繕った。
「……今度の休みに一緒に入ろう」
「……ホント、ですか?」
私は肯いた。
そして、幼稚園にたどり着く。娘が一番最初の登園のようでいるのは幼稚園の先生だけのようだった。
私はいってきますと言って娘に背を向けたが、それを彼女は呼びとめた。億劫に思いながらも振り返りつとめて顔に出さないようになんだと問い返した。
「ゆ、指きり……しましょうよ」
何に対して、とは言わない。風呂の事だろう。それだけ期待しているということだ。
私は指を切りながら、出来るだけ約束は守ろうと思った。
最初、吟哲は代弁インコはわめかない。のような動機で夕紅に対しての愛情にコンプレックスを感じていたわけではなく、このお話にあるように理由のない愛情がない状態だったのです。
ですが、空白のイメージ不足のせいかプロットが上手くいかず、代弁インコが出来たわけです。
では、俺は外道コミドリクウハク。コンゴトモヨロシク(メガテン風