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神様に投げつけられた地味なバグスキルを限界まで検証した俺だけ、荒廃した東京で今日も飯がうまい  作者:


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8/12

第8話

 今のままでは駄目だ、というのは分かっていた。


 レッサーラビットにもスライムにも通じたし、ゴブリン相手でもどうにか死なずに済んだ。

 だが、どれも条件がまだ優しかっただけだ。


 もし数が増えたら。

 もし疲れていたら。

 もし狭い場所で挟まれたら。

 もし、今まで見たことのない動きをされたら。


「死ぬな」


 口に出して確認すると、嫌なくらいしっくりきた。

 しっくりきてほしくなかった。


 ノートを開く。


 戦闘の慣れが不足。

 継戦能力が不足。

 想定外への余裕が不足。


 そこまで書いて、少し考える。

 余裕、という単語が気に入らなくて、横線で消した。


 余裕というと、なんだか優雅だ。

 ダンジョンで優雅に生き残る予定はない。


 書き直す。


 事故に対応するための手札が不足。


「うん、こっちだな」


 ペンを置く。

 やることは単純だった。


 戦う。

 慣れる。

 帰ったらキューブを回す。

 また戦う。


 夢も希望もない反復だけだ。

 まあ、たぶん俺には向いてる。


 最初の数日は、まだ全体的にぎこちなかった。


 駅まで歩き、電車に乗り、ビルへ向かって地下へ降りる。

 その間ずっと、長袖の具合を気にしたり、バットの位置を直したり、飲み物が邪魔にならないか確認したりしていた。

 荷物の位置を3回直した時点で、たぶん緊張していると認めた方が早い。


 ダンジョンへ入る。

 空気が少し重い。

 肺が勝手に「今日は帰りませんか」と提案してくるが却下した。


 ラビット1体。

 処理。

 スライム1体。

 誘導して核を叩く。

 ゴブリン1体。

 顔面にキューブ、追撃。


 結果だけ見れば悪くない。

 初日に比べればかなりましだ。


 だが、帰りの電車でノートを開くと、並ぶのは地味な反省ばかりだった。


 ラビット2体目、初動が半拍遅れた。

 スライム、核を見すぎて足が止まる。

 ゴブリン、追撃1発目が浅い。

 帰路、前腕にだるさ。

 握力やや低下。


「……反省に華がないな」


 言ってから、あ、でも華がある反省ってなんだ、と思った。

 疲れているのかもしれない。


 華はなくていい。

 死ななければ。


 3日目には、ようやく身体が手順を覚え始めた。


 ダンジョンへ入った瞬間の嫌な感じはまだある。

 だが、初日みたいに空気へ丸ごと飲まれる感じは減った。

 曲がり角の死角、通路の幅、床の乾き具合。

 そういうものを、いちいち意識して言語化しなくても目と足が拾ってくれる。


 ラビットは速いが、知っている速さだった。

 踏み込みの前兆、重心の落ち方、一直線に伸びる軌道。

 そこだけ見れば、置く場所はかなり絞れる。


 スライムは遅いが、本当に面倒だ。

 ゆっくりだから楽、という発想はあいつ相手だと罠に近い。

 慌てない敵は、だいたいやりづらい。

 こちらだけが「そろそろ決着しませんか」と焦る羽目になる。

 野ウサギ1匹でもあれだけ消耗したのに、ゼリーの根比べまでさせられるとは思わなかった。


 ゴブリンは嫌だった。

 これはもう、慣れても多少は嫌だと思う。

 声が出るし、顔がある。

 人型はその時点でもう嫌だ。

 ただ、嫌と処理不能は別だ。

 振り上げる瞬間顔面が空く。

 そこへ置く。

 悶絶したところへ追撃。


 理屈にすると単純で、単純だからこそ誤魔化しが利かない。

 躊躇すると、その分だけ危ない。

 頭では分かっているのに、あの声が耳に残るのはどうしようもなかった。


 帰宅後、手を洗って水を飲み、部屋の真ん中に立つ。


 キューブを出す。

 消す。

 出す。

 消す。


 ぽこん。

 すっ。

 ぽこん。

 すっ。


 相変わらず、緊張感の薄い音だった。


「もうちょっとこう……命に関わる能力っぽい音にならないのか」


 もちろん返事はない。

 まあ、重低音と共に展開し始めたら近所迷惑なので、文句を言える義理でもないが。


 ノートの端に正の字が増える。

 スマホのカウンターも増える。

 気づけばその日も、700回以上回していた。


 討伐数と使用回数を書き足す。


 ラビット3

 スライム2

 ゴブリン1

 自宅訓練、780回。


「うん」


 数字だけ見ると、趣味が地味な人の生活記録みたいだった。

 いや、実際かなり地味だ。

 地味なのは別にいいが、もう少しだけ、やっていることが強そうに見えてほしかった。


 1週間ほど続けると、ほとんど日課になった。


 朝起きて軽く食べ、装備を確認して、平日午前の空いている時間を狙ってダンジョンへ行く。

 帰宅したらノートを開いて、キューブを出して消して、またノートを開く。

 単調だったが、その単調さがありがたかった。

 多分俺には、このくらいが合っている。


 ラビット相手には、置く位置で迷う時間が減った。

 スライム相手には、左右を絞って核を殴るまでが少し短くなった。

 ゴブリン相手には、振り上げ頂点を見る視線が前よりぶれなくなった。


 もちろん失敗はある。

 キューブの位置が数センチ甘い日もある。

 バットの追撃が浅い日もある。

 スライムの体液が袖に飛んで、洗面台の前で「また地味に腹立つ……」と呟く日もある。

 長袖にしたのに結局かすってくる。

 どこから飛んでくるんだ。


 だが、その失敗の種類が変わってきていた。

 最初は、分からなくて崩れていたが、今は分かっているのに精度が足りない。

 これは多分、かなり大きい。

 未知に振り回されるのと、技術不足で外すのでは、対処法がまるで違う。

 前者はしんどいが、後者なら削れる。

 そう思いたい。


 ノートに書く。


 未知ではなく、精度の問題なら、反復で削れる。


「……そうだといいな」


 そう書いてから、少し眉を寄せた。

 都合よくまとまりすぎた気がして、なんとなく信用しきれなかった。


 刃物を試したのは、その少しあとだった。


 持ち込んだのは大げさなサバイバル用ではなく実用寄りのナイフだった。

 映画の主人公みたいな大型ナイフを腰に差しても、たぶん使いにくい。

 似合うかどうかより、振り回せるかどうかの問題だ。


 状況を選んで試した結論から言えば、一長一短だった。

 バットは当てるまでが難しく、振りが大きい分、相手との距離と位置が噛み合わないと浅くなる。

 だが、当たったか外れたかが分かりやすいし、手応えも素直だ。


 ナイフは逆だった。

 相手との距離が近い。

 届くまでの距離は短いが、その先が難しい。

 角度、深さ、抜く方向。

 相手との距離が近い分、判断を間違えたときの危険も大きい。

 ゴブリン相手に試したとき、思ったより近くに相手の顔があって普通に嫌だった。


「近いな、お前……!」


 戦闘中にそんな感想が出る時点で、向いていないかもしれない。


 帰宅後、ノートに書く。


 バット:当てるまでの精度が課題。

 ナイフ:深さと角度の制御が課題。

 共通:距離感を誤ると危険。


 少し考えて、さらに書き足す。


 どちらか一方に決める必要はない。


 俺はその1文を見てから、うなずいた。

 そうだ。

 別に武器種選手権を開催しているわけではない。

 勝者1名に絞る必要はない。

 生き残る側としては、複数の選択肢がある方がありがたい。


 状況で使い分ける。


 面白みのない結論だった。

 まあ、役に立つかどうかはまた別の話だが、とりあえず今日はこれでいい。


 2週間目に入る頃には、生活の方が先に寄ってきた。


 朝起きて装備を確認するのが自然になる。

 帰宅してキューブを出して消さないと、何かやり残した感じがする。

 ノートを開かないと1日が終わった気がしない。

 地味な反復というのは、気づくと生活の骨組みになっている。


 1日だけ見れば大したことはない。

 地味で、単調で、わざわざ誰かに話すような内容でもないが、その大したことのない1日を何日も繋いでいくと、前の自分へ戻る方がむしろ難しくなる。


 その日、俺はレッサーラビットを2体、スライムを2体、ゴブリンを2体処理した。


 ゴブリン2体目を倒し、壁際へ下がって呼吸を整える。

 呼吸は少し速く、汗もかいている。

 腕も重いし、疲労はある。


 だが。


「……ん?」


 そこで違和感があった。

 まだ動ける。


 疲れてはいる、そこは重要だ。

 だが撤退判断のラインが明らかに後ろへずれている。

 少し前までなら、ここで帰っていた。

 3体、4体を超えたあたりで精度が落ち始めて、そこから先は事故率が上がる。

 その感覚は何度も記録してきた。

 なのに、今日は違う。

 通路の先へ意識を向けても、身体が「もう勘弁してくれ」と言ってこない。


 その日は6体処理してから帰った。

 無理をしたわけではない。

 むしろ逆だ。

 危険域へ踏み込む前に止める感覚は守ったまま、それでも限界線そのものが後ろへ下がっている感じがあった。


 電車の窓に映る自分を見ながら、今日の流れを頭の中でなぞる。

 敵の配置が良かったか。

 休憩の取り方がうまくいったか。

 緊張が薄れて無駄な消耗が減ったか。

 単に調子が良かっただけか。

 どれも一因としてはあり得るが、それだけで片づけるには違和感が残った。


 ---


 帰宅して、椅子に座る。

 そこまではいつも通りだった。

 そのあと、しばらく動けなかった。

 疲れてではなく、違和感のせいだ。


 2週間でここまで変わるか。


 純粋な慣れ。

 純粋な体力向上。

 純粋な緊張の減少。

 もちろん、そのどれもゼロではない。

 だが、それにしても変化が早すぎる気がする。


「……おかしいな」


 口に出すと、ますますそう思えた。

 ノートを開き、過去の記録を見返す。


 初日。

 3体で握力低下。

 3日目。

 4体目以降で判断精度が低下。

 1週間。

 5体で撤退判断。

 今日。

 6体処理後も呼吸の戻りが早い。


 文字で並べると差ははっきりしていた。

 訓練の成果で丸めたくなる気持ちはある。

 だが、そうやって丸めると再現できない。

 再現できない成長は、正直あまり信用したくない。


「何かが別にある」


 その1文をノートに書いてから、スマホを手に取った。


 検索する。


 能力者 身体能力

 スキル 使用回数

 戦闘経験 反応速度

 能力者 レベル 持久力


 相変わらず玉石混交だったというか、石が元気だ。

 筋トレだけでS級になれる、みたいな話まで出てくる。

 なれるならみんな苦労していない。


 能力者はスキル行使と実戦を重ねることで、基礎身体能力が上昇する傾向がある。

 ただし個人差が大きく、何にどの程度比例するかは断定困難。

 筋力、持久力、反応速度、知覚処理など、伸びる項目にも偏りがある。

 スキルごとの差が大きい。


 そこで指が止まった。

 スキルごとの差。


「……使用回数か?」


 思わず声が出た。

 派手なスキルは1回が大きい。

 火を出す。

 雷を落とす。

 身体を強化する。

 治す。

 そういう能力なら1回ごとの価値が高い分、無意味に何百回も回すことは少ない。

 だが、キューブは違う。

 出して消す、それだけで1回だ。

 いや、俺の感覚だと2回でもいい。

 少なくとも「出す」と「消す」は別の操作だ。


 戦闘でも使うし、帰宅後も回す。

 考え事をしながらでも、記事を読みながらでも、気づけばぽこん、すっ、を繰り返している。


 ノートをめくる。


 討伐数。

 自宅訓練回数。

 ダンジョン内使用回数の概算。

 撤退ライン。


 数字を拾って、平均を出して、甘い見積もりを削る。

 それでも残る数があった。

 俺はその数字を見て、しばらく黙った。


「……これ、普通じゃないな」


 誰かと厳密に比較できる統計があるわけではない。

 だが、比較不能でも分かることはある。

 自分のスキルは、回数だけなら異常に稼ぎやすい。

 地味で単発では弱い代わりに、毎日飽きるほど何百回でも回せる。


 俺はノートの余白に1行書き足した。


 地味なスキルを、地道に回しすぎた結果かもしれない。


 そこまで書いて、ペン先が止まる。

 なんだそれ、と思った。

 火を吐くわけでも、雷を落とすわけでもない。

 黒い立方体を出して消していただけで、身体の方が先に伸びる。


 派手な能力者と違って、俺のスキルは1回が軽い。

 軽いから回数だけは積める。

 その積み上げが身体へ出ているなら。


「……積み上げの正体、これか」


 小さく呟いて、俺はノートを閉じた。

 なんか、地味すぎて逆に笑えてきた。


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