第4話
翌朝、ノートを開いた。
出せる。
消せる。
再出現でリセット。
最大生成数は1個。
1辺15センチ。
視界内2メートル以内。
意志でコントロール。
壊れない。
動かない。
動いているものには凶器になる。
性能は見えてきた。
だが、このままではできることに限界がある。
1個・近距離・視界内限定。
この3つが変わらない限り、応用の幅は狭いままだ。
「このスキル、成長しないのか?」
声に出してみると、問いの輪郭がはっきりした。
俺はスマホを取り出して検索する。
出てくる情報は多すぎた。
スキル成長の体験談、熟練度システムの考察、使用回数との相関を主張するブログ、精神状態が関係するという掲示板の書き込み。
玉石混交というより、石が9割だ。
「検証条件が書いてない時点で資料価値が低い」
それでも、1点だけ拾えるものがあった。
成長する可能性は、ある。
条件はスキルごとに違う。
使用回数が関係する例も、実戦経験が条件になる例も、特定の状況下でしか成長しない例もある。
共通しているのは「使い続けた先に何かが起きる」という点だけだ。
俺はノートを開いた。
仮説A:出現回数がトリガー。
仮説B:出現と消去のセット回数がトリガー。
仮説C:衝撃や負荷を伴う使用がトリガー。
書いてから、しばらく考える。
仮説Cは条件の切り分けが難しい。
衝撃を伴う実験は変数が多くなるので、まずはノイズの少ない方法から入るべきだ。
出す。
消す。
それを繰り返す。
単純だが、単純であることが今は正しい。
たぶん。
始めたのは午前中だった。
出す。
消す。
出す。
消す。
最初は几帳面にカウンターアプリで回数を取っていた。
50回、100回、150回。
ぽこんという音にも慣れてきた頃、コーヒーが冷えていることに気づいた。
飲んで、続ける。
300回を超えた辺りで、集中が落ちてきた。
同じ動作の繰り返しは思った以上に単調で、意志をはっきりさせて出す、意志をはっきりさせて消す、それだけの作業に少しずつ雑味が混じってくる。
飽きてきた、と素直に言えばいいのだが、それを認めると続けるのが嫌になりそうなので「集中が落ちてきた」と表現することにした。
俺は手を止め、窓の外を見た。
昼になっていた。
「条件を切り分けるには、これしかない」
自分に言い聞かせてから、また始めた。
出す。
消す。
昼過ぎに500回を超えた。
目とキューブの間を何百回も往復させているせいか、視線が疲れてきた。
それでも続けた。
派手さはない。
面白みもない。
だが、こういう積み上げの先にしか再現性はない。
感覚で動いて偶然成長した、では条件が分からないままだ。
条件が分からなければ再現できず、再現できなければ意味がない。
……いや、もっとシンプルに言うと、700回やって何も起きなかったら俺のメンタルが先に壊れる。
頼む、何か起きてくれ。
700回を超えた頃、窓の外が夕方の色になっていた。
いつも通り出そうとしたとき、妙な感覚があった。
うまく言えない。
出現そのものは何も変わっていない。
ぽこん、と黒い立方体が宙に浮く。
見た目も手触りも同じだ。
だが、何か「余裕」がある感じがした。
まだいける、という感覚。
俺は手を止めた。
「……今のは何だ」
気のせいかもしれない。
700回以上繰り返して集中が歪んだだけかもしれない。
だが、感覚を無視する理由もなかった。
俺はキューブを出したまま、少し横にずらした位置を意識した。
もう1個。
そこへ。
今まで何十回試しても出なかった。
ぽこん。
2個目が出た。
2つの黒い立方体が、少し離れて宙に浮いている。
どちらも動かない。
どちらも静かだ。
……増えた。
700回ぽこんぽこんやり続けた甲斐があった。
喜ぶより先に、手が動いていた。
メジャーを取り、2個の位置関係を測る。
どちらも1辺15センチ。
高さを変えられるか確認する。
できる。
少し離して置けるか確認する。
できる。
「2個目、同時維持可能」
ノートに書く。
手が少し速くなっていた。
次に、片方だけを消せるかどうかを試す。
1個目を消すことだけを意識すると、1個目が消えた。
2個目は残った。
逆も試す。
どちらも、意志で選択できる。
「……やはり成長するか」
静かな声だったが、内心はそうでもなかった。
ガッツポーズは我慢した。
一応、検証中だ。
次に、3個目を試した。
2個を維持したまま、もう1個。
ぽこん。
3個目が出た瞬間、1個目が音もなく消えた。
俺は動きを止めて残った2個を確認した。
2個目と3個目は健在で、1個目だけが消えている。
もう一度試す。
3個目を出す。
また1個目が消える。
「……先入れ先出しか」
ノートに書く。
3個目を出すと1個目が自動消滅。
最大同時維持数は2個。
出現順に管理されている可能性。
スタック型ではなくキュー型だ。
後から出したものが優先されるのではなく、古いものから順に消えていく。
不便とも言えるし、動線として読めるとも言える。
どちらに転ぶかは使い方次第だ。
……3個目の夢は儚かった。
まあ、2個に増えただけで十分すごいんだけど。
2個になると、見える景色が変わった。
2点で塞げる。
段差に使える。
挟む、支える、遮る。
1個では成立しなかった配置が急に現実的になる。
しばらく2個を出したり消したりしながら頭の中で配置を試した。
廊下の両側に置けば通路を塞げる。
2段にすれば少し高い足場になる。
間隔を揃えれば一定のリズムで障害を並べられる。
1個のときは「固定点」だったのが、2個になると「配置」の概念が生まれた。
なんか急にゲームっぽくなってきた。
距離制限はどうか。
2個解禁に伴って出現距離も伸びたのではないかと考え、廊下の先を狙う。
3メートル弱。
出ない。
壁際を試す。
やはり出ない。
2メートル以内に戻すと、問題なく出た。
「……伸びていないか」
少し落胆してから、すぐに整理する。
成長で全部が良くなるわけではない。
伸びる項目と伸びない項目がある。
距離は今のところ後者だ。
それはそれで1つの情報だ。
……2メートルはやっぱり近すぎる。
もう少し頑張ってほしかった。
他に変化がないか確かめることにした。
「少し大きく」と意識してキューブを出し、定規を当てると15.4センチだった。
「……変わってる」
今度は「少し小さく」。
14.7センチ。
わずかだが、確かに変化している。
ノートに書いた。
サイズは1ミリ単位で調整可能。
見た目では分からないが、測ると差が出る。
次に「横だけ少し長く」と意識した。
定規を当てると、横の辺が縦よりわずかに長くなっていた。
完全な立方体固定ではない。
「……形も変えられるか」
まだ長方形と呼べるレベルではない。
ほんの数ミリの差だ。
だが方向性は見えた。
雑に強くなる能力ではない。
精密性と応用性の方向に育っていく。
……地味だが、この方向性は嫌いじゃない。
ノートを開き、今日の結果をまとめる。
スキルは成長する。
使用回数がトリガーの可能性が高い。
最大生成数は2個に増加。
3個目を出すと1個目が消滅、先入れ先出し方式。
距離制限は変化なし。
サイズを1ミリ単位で微調整できる。
形状もわずかに変化の兆しあり。
書き終えてから、しばらく2個のキューブを見つめた。
火力は上がっていない。
範囲も広がっていない。
見た目は相変わらず地味だ。
だが、選択肢が増えた。
「なるほど」
俺は静かに言った。
「こいつは火力じゃなく、選択肢で伸びるのか」
派手にはならない。
だが、使い道は確実に増えている。
次は形だ。
形が崩せるなら、できることは一気に増える。
……とりあえず今日は700回以上ぽこんぽこんやった自分を褒めてやりたい。




