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占い師の娘

作者: 穂積 歩夜
掲載日:2026/03/25

 物心ついた頃から、私の母は占い師だった。電話や占いの館で鑑定を行い、いくつか雑誌の占い記事も書いている。割と売れているようで、シングルマザーで子育てするには十分な稼ぎになっているらしかった。

 小さい頃は、そんな母が自慢だった。母のことを魔女みたいだと言って、友達が羨ましがったのだ。私も、人気のアニメキャラクターのごとく、魔女っ娘気取りができて、鼻が高かった。

 しかし、大きくなってくると、占い師が一般的な仕事とは違うという現実も知るようになった。中学生に入る頃には、親が怪しい仕事をしていると噂になり、嫌がらせされることもあった。

 だから、高校に進学して知り合いが少なくなると、私は母の仕事を周囲に隠すようになった。そうやって三年間をやり過ごすつもりだった。

 だが、実際はそうもいかなかった。進路のことを考える時期になると、友達との間で、親の職業の話が自然に出てくるようになったからだ。私はその度に、うまく嘘を吐いたり、その場を離れたりしなければならなかった。

 正直、これは思春期の私にとって、大きな負担だった。

 他に就ける仕事だってあっただろうに、なぜ占いなどという怪しい世界に踏み込んでしまったのか、私は母の思考回路が理解できなかった。

 他の子たちは、親にも進路相談をしているというのに、母みたいな特殊な人に、私が相談できることなんて何もない。こんな親の元に生まれては、普通の仕事なんかできないのではないか、とさえ思う。

 明日は、進路指導の先生との面談がある。今から気が重かった。

 母が占い師を始めるきっかけになったのは、古書店街にひっそりと佇む占い道具屋に、たまたま立ち寄ったことだと聞いていた。今も時々足を運ぶそうだ。

 顔も知らないその占い道具屋が、私は憎くて仕方なかった。どんな奴がやっているのか、一度見に行きたい。できれば文句も言ってやりたい。娘が苦労している現実を、見せつけてやろうと考えた。

 占い道具屋なんて、あちこちにあるものではないから、調べたらすぐに場所が特定できた。

 帰りが遅くなって、母に怪しまれないように、その日は放課後の部活の代わりに占い道具屋に赴いた。母は占いの館に出勤している時間だから、鉢合わせすることもないはずだ。

 傍目からは古本屋のように見えるその店に、私は足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ」

 出てきたのは、母より少し上くらいの女性だった。ローブに身を包んだお婆さんでも出てくるのでは、と想像していたのに、どこにでもいるような普通の身なりの、品の良さそうなおばさんだったから、意表を突かれた。

「何かご希望の品がおありですか?」

「いえ……。ちょっと、通りがかっただけで」

 いきなり本題に入る勇気はない。とりあえず、適当にごまかす。

「ここでは占いの道具を扱っているんです。せっかくなので、いくつか商品をお見せしましょうか」

 女はそう言うと、私をカードの箱が並んだ棚の前に連れていった。

「一番人気なのは、こちらのタロットカード。今は本当にたくさんの種類があります。伝統的なものは、こちらのウェイト版ですね。他のデザインのタロットも、これを元に作られているものが多いです。見本もありますので、ご覧になってください」

 裏向きで渡されたカードの束から、私は適当に一枚めくった。見覚えのある絵柄が出てくる。太陽の下で、裸の赤ん坊が馬に乗っているカード。

「『太陽』ですね」

 思わず口走った後で、しまった、と思った。

「あら、お客様、タロットをご存じで?」

「いえ、これだけ、たまたま知ってて」

 私は占いを非難しにきたのだ。占いを知っていると思われるのは、都合が良くない。

「そうですか。文字通り、日の目を見るカード。成功のカードです。物事が明るみに出る、なんて意味もありますね」

 ばつが悪くなり、私は女にカードを返して、隣の棚に目を移す。

「随分と色々な種類の占い道具があるんですね。このサイコロみたいなものは何でしょう?」

 色違いのサイコロが三つ並んでいるのを見つけて、私は訊ねた。普通のサイコロと違って、六面以上あるようだ。

「アストロダイスですね。三つのサイコロにそれぞれ描かれているのは、惑星の記号と星座の記号、それからハウスという概念を表す数字です。十二面あるんですよ。振ってみます?」

 促されるまま、私は三つのサイコロをころころと転がす。

「火星、蟹座、八ハウス……」

 静止したサイコロの目を、私は無意識のうちに読み上げていた。

「あら、この記号が分かるんですね。やっぱり、占いをご存じなのでは?」

 つい、また口が滑ってしまった。占いの勉強をしてきたわけではないけれど、物心ついた時から、こういうものに囲まれてきたのだ。自然と覚えてしまうものがある。

「戦いの星である『火星』に、家族を表す『蟹座』、それに、引き継ぐものを表す『八ハウス』……。何か、ご家族との因縁があるのかしら。蟹座は母性を表すものですから――特に、お母様かしら?」

 私は目を瞠った。ただの偶然なのだろうけど、不覚にもどきっとしてしまった。

 しどろもどろになっている私に、女は微笑みかける。

「あなた、マダム・ルーの娘さんでしょう?」

 母の占い師名を告げる女に、私はまた、びっくりしてしまった。

「どうして分かったんですか?」

「彼女の若い頃に、とてもよく似ていますもの。一目見た時から、想像がついていたんです」

 確かに、母と私はよく似ていると言われる。特に目元がそっくりなのだそうだ。

 知っているならば、むしろ話は早いかもしれない。私は気を取り直し、意を決して、口を開いた。

「私、母の仕事のことを、あまりよく思っていません。実際、母みたいな人を詐欺師扱いする人だっています。私、学校で肩身が狭くて。だから、こういう仕事に関わる人って、どんな気持ちでやってるんだろうって気になって、ここに来たんです」

 失礼なことを言っている自覚はあったが、言わずにはいられなかった。女は笑みを崩さずに、うんうんと頷いて、話を聞いてくれている。

「占い師の名を騙って、悪いことをする人たちもいますからね。そういったイメージが付き纏うのは残念なことです。でも、そんな人は少数派です」

「そうでしょうか?」

「私はこう考えています。ここにあるのはただの道具に過ぎないと。問題は、どう使うかです」

 女は慈しむような目で、店内の占い道具を見つめた。

「あなたは、何のために道具を使いますか?」

「何のため、って……。人の力ではできないことをするためでしょうか?」

「そうですね。道具というのは――特に占いの道具というのは、自分一人では行きつけない世界を見るために使うものだと思っています。私はここで、この占いの道具を通して、新しい世界を見つけ、そこに向かって歩み始めた人たちとたくさん出会ってきました。マダム・ルーもその一人です」

「母ですか?」

「あなたは昔、このお店に来たことがあるんですよ」

「え?」

 女は遠い目をして、語り始める。

「マダム・ルーが初めてこのお店に来た日は、雨が降っていました。彼女は、占いの道具が欲しかったわけではありません。雨宿りするために、たまたまこの店に入ってきたんです。背中には、生まれたばかりのあなたが眠っていました」

 そんな話、聞いたこともなかった。私は興味を持って、女の話に耳を傾ける。

「なかなか雨が止まないものですから、私たち、少しお話しをしました。旦那さんに先立たれて、これからの生活をどうするか、彼女は途方に暮れていました。だから私、何かのヒントになるかもしれないと、タロットを一枚引いてもらったんです」

 女の手の中には、先程のタロットカードがある。私が引いた『太陽』のカードだけが、表向きになっていた。

「その日に彼女が引いたカードが、この『太陽』のカードでした。カードに描かれた元気な赤ちゃんの絵が、彼女を勇気づけたようです。この子に、こんなふうに元気に育ってもらいたい。そのためにも、めそめそ落ち込んでばかりはいられない――彼女は笑ってそう言っていました。これも何かのご縁と、タロットを一組、お求めになられたんです」

 私は、はっとする。母が占いと繋がるきっかけは、タロットを通じて、この私にあったのだ。

「数ヶ月後、再びここにやってきた時には、もう彼女は占い師になられていました。私も驚きました。赤ちゃんを育てながら、在宅でできる電話占いの仕事を得られたということでした。それが、マダム・ルーの始まりです」

 女は、母とそっくりな私の瞳を、優しく見つめる。

「『ルー』というのは、ケルト神話に出てくる太陽神の名前でもあります。カードを引いたあの時が、彼女にとって、本当に特別な瞬間だったのでしょうね」

 女はそう言いながら、太陽のカードを裏向きにして、他のカードと一緒に混ぜた。

「たかが紙一枚と言ってしまえばそれまで。絵柄を見て感じること、意味を聞いて考えることは、人それぞれ違うこともあるでしょう。でも、こんなちょっとした道具が、その後の人生を大きく動かすこともあるんです。そう思うと、私には、ここにある占い道具たちが愛おしくて仕方ない。そして、この道具に触れて、新しい世界を見つけた方々の話を伺うのが、この上なく幸せなのです」

 女の話を聞いているうちに、占いを非難しようなんて気持ちはなくなってしまった。心の底から肯定しようという気持ちも起こらなかったけれど、母を見る目は確実に変わった。

 紙切れ一枚と、三つのサイコロ。そんなものが、私に新しい世界を教えてくれたのだ。

 それから私は、何事もなかったかのように帰宅した。

「ねえ、お母さん」

「何?」

「私の進路、占って」

「急にどうしたの? 嫌いでしょ? 占われるの」

「ちょっとヒントが欲しくなったから」

 私が言うと、母は微笑んで、使い古したタロットカードを一枚引いてくれた。

 出てきたのは、黄色い背景に描かれた、個性的な身なりの若者のカード。目の前に崖があるのに、花なんか持って、呑気に空を見上げている。

「『愚者』だ」

「そうね。底なしの『自由』のカードだわ。『どうなるか分からない』というメッセージでもある。あなたの進路は、占いなんかで決められるものじゃないのかもね」

 占い師がそれを言うか、と思いながらも、私は何だか安心していた。

 私は何かに縛られる必要なんかないんだ。何だってしていい。何だってできる。

 明日の面談は、前向きな気持ちで臨めそうだった。

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