8. お邪魔虫にはなりたくない
――ボスボス! ――ボスボス!
お菊である。
こうして毎朝、部屋にやってきては布団を叩いて、寝坊助の僕を起こしてくれるのだ。
「ん、んん~、お菊おはよう!」
僕が起きたのを確認するとお菊はリビングの方へ戻っていった。
枕元に置いていたスマホを見ると、午前6時をすこしまわったところだ。
「さーて起きるかな」
あまりゆっくりしていると、お菊が再びやってきて僕の顔をぐちょぐちょにしてしまうからね。
僕は寝巻代わりにしている黒のスウェットを着たままリビングに行く。
テレビをつけてから洗面所へ行き、歯を磨いて顔を洗った。
「お菊、お待たせ~」
尻尾を振りながら待っているお菊にハーネスをつけ、散歩用の小さいバッグを持ったら、朝の散歩へGO!
えっ、ご飯はあげないのかって?
朝ご飯は散歩のあとなんだ。
犬はご飯食べてから、すぐ散歩に行くと消化不良を起こしてしまうんだ。
それが原因で腸にダメージを負ったりするから絶対にダメ。
散歩は雨が降らないかぎりは朝夕2回おこなっている。朝は30分、夕方は40分ぐらいかな。
雨が降ったらお休み。お菊も濡れるのがわかっているから素直に従ってくれる。
パラパラ小雨の時でも一応中止にしている。
だってほら、うちの玄関やエントランスでブルブルされると他の人にも迷惑掛けてしまうでしょ。
それに、お風呂にも入らないといけなくなるし。
あと、ダンジョンで探索した日は、夕方の散歩は免除してもらっている。
散歩から帰ってきたら、お菊のご飯。
ステンレスの餌入れボウルにパラパラとドッグフードを盛り、
「まだよ~、まだよ~、…………はいヨシ!」
お菊がご飯を食べている間に、
僕は学園の制服に着替え、テレビを見ながら髭を剃る。
といっても、髭はまだ薄いので二日に一回電気シェーバーをあてるだけ。
ご飯を食べ、お水をたらふく飲んだお菊。
今度はトイレに行くように促す。
「はーいお菊、次はトイレだよ。一二一二! 一二一二!」
その掛け声に反応したお菊はトイレに移動、シートの上でくるくる回りだす。
犬用のトイレはケージから結構離れたところに置いてある。
大型犬用なのでケージもトイレもかなりデカい。
もう、このリビングはお菊の部屋みたいなものだよ。
トイレシートを交換し、餌入れボウルを洗ったら、ようやく僕のご飯。
テレビを見ながらゆっくり朝食をとる。
高校に通っている身でいえば、毎日結構大変なことをやっているわけだけど。
いつも僕の帰りを待っているお菊のことを考えると、弱音なんて吐いていられない。
それに、もう慣れちゃったし。
僕にくっついて、しきりに甘えてくるお菊は本当にかわいいからね。
かわいいは正義なのだ。
僕はお菊のためなら、どんだけでも頑張れると思う。
まあ、こんな生活が送れているのも熊ゴローのおかげだったりする。
そうそう、探索者をやっている僕の叔父さんね。
日本ダンジョン協会に所属して、今は協会の若手なんかを育成しているそうだ。
ダンジョン災害で両親を亡くし、行く当てがなかった僕を引き取り、ここまで育ててくれた大恩人。
さらには、お菊という大事な家族を僕に託してくれたのだ。
おそらく、一生頭が上がらないと思う。
そんな五郎おじさんは昨年結婚した。
あの熊みたいな五郎おじさんが、もうデレッデレだったからね。
奥さんの名前はミサトさん、御年19歳。
長い黒髪が似合う、スレンダーでパリッとした美人さんだ。
結婚当時はまだ18歳だったよね……。これって普通に犯罪じゃね?
だって熊ゴローはそのとき30歳だったんだよ。
お巡りさんはなにをやってたんだ? 捕まえとけよなー。
まあ、ホントに捕まっちゃったら僕の生活も脅かされるわけで。
それはいいとしてだ。
そこから僕の一人暮らしが始まったんだよね。
もちろんミサトさんは一緒に住もうって言ってくれているし、
五郎おじさんにおいては僕が出ていくことなんか、はなから考えていなかったみたいで、
それはとても驚いていた。
だけど僕は、ふたりの邪魔はしたくなかったんだよね。
今までは僕が居たせいで、おじさんはかなりの部分我慢してきたんじゃないかと思う。
ひとえに10年といっても、長いよね。
実際、ふたりのお付き合いにしたって今まで大変だったはず。
それがようやく実を結んで、結婚して。
これからあま~い新婚生活だよ。
こんなデレッデレなおじさんのことを、僕が邪魔できるわけがない!
まあ、一緒に住んでいたとしても、
僕に構うことなく毎晩のように家を揺らしていたとは思うんだけどね。
それはそれで、いたたまれないでしょう。
朝からどんな顔をすればいいのよ?
何食わぬ顔して、みんなで朝食を食べるなんて、思春期の僕には絶対ムリポ。
それでもって、『昨夜は随分とお楽しみでしたねぇ』なんて言えるか、バカやろー!
てなわけで、
熊ゴローと嫁さんと僕、三人でよくよく話し合った結果、今のような体制が構築されたというわけですよ。はい。
僕とお菊が住んでいるこの1LDKのマンション。
家賃はなんと17万円。
それに食費だのなんだの言ってたら、あっという間に25万円は超えてしまう。
それに学費や学用品だってあるんだよ。
いくら両親が残してくれた保険金や見舞金があるからといっても、すぐに足が出てしまうだろう。
それなのに熊ゴローの奴は、
「そんなもん何でもねー。気を使ってちまちま倹約なんかしてんじゃねーぞ」
こんな調子だ。さらには、
「姉さんたちが残したもんはみんなおまえのもんだ。高校卒業したら渡してもらえるよう弁護士に
言ってあるから、楽しみに待ってろ」
これである。養育費として一部もらったとしても、なにも問題なかったはずなのに。
それでも、僕としては借りたものはきちんと返そうと思っている。
無理かもしんないけど、それでも家計簿はしっかり付けているからね!
「じゃあお菊行ってくるね。知らないおじさんが来てもマンションの中に入れちゃダメだぞ」
「ワフッ」
部屋の戸締りをし、マンション前の歩道に自転車を出したらヘルメットをかぶる。
自転車にまたがり、ゆっくりペダルを回していく。
「ううっ、ヤバい! ギアが重たいままだった」
フラフラしながらシフトチェンジを行い、自転車はようやくスムーズに走り出した。
ここから学園までは10分ちょっと、僕の学園生活が今日も始まる。
お読みいただきありがとうございました。
次週より投稿は1話のみとなります。
どうぞ、次回をお楽しみに!




