第5話 天才と努力の距離~兄アルフレッドの決意~
あらすじ
リーゼロッテとアウローラの模擬戦は、アウローラの緻密な戦略と連携により決着を迎える。双子の圧倒的な才能を再認識した父オスカーは、娘たちの力を隠すだけでなく、社会で有効活用するため、王立魔法学園への入学準備を始めることを決意。一方、二人の規格外の才能を肌で感じた兄アルフレッドは、焦燥を抱えながらも、妹たちを守るため、そして己の騎士道のために、努力を続けることを固く誓う。
本編
訓練場は、リーゼロッテの炎とアウローラの氷が激突した水蒸気によって、一面の濃い霧に包まれていた。視界が効かない状況下で、模擬戦は佳境を迎えていた。
「チッ、視界不良は面倒くさいな!」
リーゼロッテは、風の魔法『超速の体術』を使い、霧の中を猛スピードで移動する。彼女は、空気の流れと微かな音を頼りに、アウローラの居場所を探っていた。
「無駄よ、リーゼ」
霧の中から、アウローラの静かな声が響く。声は、リーゼロッテの左前方から聞こえた。リーゼロッテは反射的に、炎の魔力を拳に集中させ、声の方向へ『灼熱の型』を打ち込んだ。
ゴオォッ!
灼熱の炎が霧を吹き飛ばし、一時的に視界が開ける。しかし、そこにアウローラの姿はなかった。
「残像……!」
リーゼロッテが気づいた時には、すでに遅かった。アウローラは、土の魔法で、声が反響するように地形をわずかに操作し、リーゼロッテの判断を誤らせていたのだ。
その時、リーゼロッテの背後、彼女が立っている足元の地面が、一瞬で凍りついた。
ヒュッ!
リーゼロッテの足が、凍りついた地面に滑った。超高速の体術を使う彼女にとって、一瞬のバランスの崩れは致命的だ。
「もらったわ、リーゼ」
アウローラは、霧が晴れ始めた訓練場の隅に、木の枝を構えて立っていた。彼女の目には、既に勝負が見えていた。
「氷結の斬撃!」
アウローラが放った目に見えない極冷の斬撃は、体制を崩したリーゼロッテの、服の裾を正確に捉えた。
パリッ!
リーゼロッテの空手着の裾だけが、瞬時に凍りつき、地面に張り付く。
「ま、負けた……!」
地面に縫い付けられたリーゼロッテは、悔しそうに顔を歪めた。もしあの斬撃が、服ではなく肉体に当たっていれば、模擬戦とはいえ、危険な凍傷を負っていただろう。
「勝敗。アウローラ」
審判を務めていた父オスカーが、静かに勝負を宣言した。
アウローラは木の枝を下ろし、すぐにリーゼロッテに駆け寄り、凍りついた服を土の魔力で温め、氷を溶かした。
「すごいよ、アウローラ! 私のスピードを、音と足場で封じ込めるなんて、完璧な作戦だった!」リーゼロッテは、敗北にも関わらず、妹の戦略を称賛した。
「ありがとう、リーゼ。でも、あなたの**『超速の体術』**がなければ、私の斬撃が当たる前に逃げられていたわ。私たちの能力は、互いに補完しあっている」
双子は、戦いの後も、互いの能力の長所と短所を分析し合った。これが、二人の成長を加速させる最大の要因だった。
その夜、オスカーは妻イザベラと、双子の未来について話し合っていた。
「イザベラ、あの子たちの力は、もはや私たちが隠せるレベルではない。5歳にして、国の精鋭と肩を並べるか、それ以上の力だ」オスカーは、模擬戦の光景を思い出し、深い溜息をついた。
「ええ。ですが、この規格外の力を隠し通すのは不可能でしょう。力は、使わなければ錆びついてしまう」イザベラは、冷静に現実を見ていた。
「ならば、次の段階に進むべきだろう。あの子たちの能力を**『正しく』**伸ばし、いずれは国のために役立てる。そして、この世界の知識や常識を学ばせる必要がある」
オスカーが下した決断。それは、王立魔法学園への入学だった。
アースガルド王国の王立魔法学園は、貴族の子弟や才能ある平民を受け入れ、魔法と剣術のエリートを育成する最高学府だ。入学は10歳からだが、幼少期から英才教育を受けるための準備は必要となる。
「あそこなら、双子の規格外の魔力を、**『珍しい天才』**として処理してくれるだろう。そして、王都の貴族社会に触れることで、二人もこの世界の『常識』を学ぶことができる」
「賛成です。王立魔法学園は、安全に力を伸ばすための最良の環境でしょう。私たちも、王都へ向かう準備を始めなければなりませんね」
オスカーとイザベラは、双子の未来に向け、大きな一歩を踏み出すことを決意した。
一方、兄アルフレッド・ヴァイスブルクは、妹たちの模擬戦の結果を知り、静かなショックを受けていた。
「…僕では、リーゼにもアウローラにも、全く歯が立たないだろう」
アルフレッドは自室で、剣の稽古着のまま、窓の外の月を見上げていた。
妹たちの力は、もはや努力や訓練で埋められる差ではない。それは、女神が与えた**『チート』**と呼ばれる絶対的な才能の差だった。彼は、その現実に打ちのめされそうになった。
(次期当主として、妹たちを守るべき僕が、こんなにも無力だなんて……)
しかし、彼はすぐに顔を上げた。彼は、父オスカーから教えられた騎士道を心に深く刻んでいた。
「力が全てではない。人を思いやる心こそが、騎士の剣を強くする」
「僕は、彼女たちのような天才ではない。だからこそ、努力を続けるんだ」
アルフレッドは剣を手に取り、静かに誓った。
妹たちのような派手な魔法は使えない。だが、彼は地道に剣術の訓練を続け、ヴァイスブルク家の剣を極める。そして、いつか、妹たちが道を誤りそうになった時、あるいは、困難に直面した時、自分は剣と、騎士としての正義をもって、二人の盾となるのだと。
彼は、妹たちを守れるだけの騎士になるため、父に倣い、王立魔法学園への入学を目指すことを改めて決意した。王都には、より優れた剣士たちがいる。彼らと競い合うことで、自分自身の限界を超えたい。
「リーゼ、アウローラ。君たちの進む道は、僕とは違うかもしれない。でも、僕は必ず、君たちに追いついてみせる」
アルフレッドの瞳には、天才を前にした焦燥ではなく、地道な努力を続ける者の強い決意が宿っていた。
数日後、オスカーは双子とアルフレッドを集め、王立魔法学園への入学準備と、王都への移住の計画を告げた。
「お前たちには、より大きな世界で、その力を役立ててほしい。王都に行き、学園で、この世界の知識を学ぶのだ」
リーゼロッテは、新しい世界への冒険に胸を高鳴らせ、
「わーい! 王都! よし、いっぱい強い人と戦って、私の拳を試すんだ!」
アウローラは、学園という新たな舞台での戦略を練り始め、
「王立魔法学園……なるほど。この世界の権力の中枢に近づくわ。そこで得られる知識は、必ず役に立つ」
それぞれの目的を胸に、ヴァイスブルク家は、領地を離れ、王都での新たな生活に向けて動き始めたのだった。
次回予告
第6話:王都での生活と初めての友人
ヴァイスブルク家は王都に居を移し、双子は学園への準備期間として、王都での生活をスタートさせる。慣れない貴族社会に戸惑いながらも、双子は持ち前の能力で、すぐに周囲の注目を集める。そんな中、二人は、気弱だが心優しい子爵令嬢、クリスティン・ノイマンと出会う。治癒魔法が得意なクリスティンとの出会いが、双子の学園生活に大きな影響を与えることになる。
次回、王都デビューと優しい友人の誕生!




