第1話 日常の終わりと光の始まり
あらすじ
一条響と一条奏は、アースガルド王国のヴァイスブルク子爵家の双子の姉妹、リーゼロッテ(姉)とアウローラ(妹)として転生を果たす。赤子ながら前世の記憶とチート能力を宿す双子は、誕生直後から驚異的な魔力を見せつけ、家族を驚愕させる。父オスカー、母イザベラ、兄アルフレッドに見守られながら、二人は異世界の生活と、規格外の能力の片鱗を自覚していく。
本編
深い眠りから覚めた時、リーゼロッテ――前世の一条 響――は、全身に満ちる温かい感覚に包まれていた。
「……ん、やわらかい?」
目を開けようとするが、まぶたは重く、視界はぼんやりとしている。いや、そもそも自分の体が、今まで知っていたそれとは全く違う。手足を動かそうにも、指先すら上手く動かない。
「まさか、これが……赤ん坊の体、か」
混乱しつつも、すぐに前世での記憶と、女神アステルギアから告げられた転生の話が蘇る。彼女は今、ヴァイスブルク子爵家の長女、リーゼロッテ・ヴァイスブルクとして新たな生を受けたのだ。
そして、隣にいるのは、もちろん。
「……響?」
微かに聞こえたその声は、まだ幼い赤子の高い声だったが、確かに妹、アウローラ――前世の一条 奏――の声だった。
「奏……じゃなくて、アウローラ、無事だったんだな」
リーゼロッテは思わず感動し、アウローラのほうへ身をよじろうとした。
その瞬間、彼女の体の奥底から、ドクン、という心臓とは別の、強烈な脈動が起きた。
ボッ!
熱を感じた。それは決して火傷をするような熱さではない。太陽の光のように温かく、力強い、生きたエネルギー。それが、リーゼロッテの小さな拳の周りに、一瞬だけ小さな炎の輪を作り出した。
「ふぎゃっ!?」
意図せず発現した炎に、リーゼロッテ自身が驚いて声を上げる。
隣のアウローラも驚きに目を見開いていたが、すぐにその冷静さを取り戻した。
「リーゼ、落ち着いて。今の、あれが女神様が言っていたチート能力……炎の魔法、『灼熱の拳』ね」
アウローラも試すように、小さな手をわずかに握りしめる。すると、彼女の指先に、一瞬、ダイヤモンドダストのような冷たい光が宿り、すぐに消えた。
「これは、『絶対零度の剣』の片鱗、といったところかしら。魔力と前世の身体感覚が結びついている……やっぱり、ただの夢じゃなかったのね」
生後間もないはずの双子が、前世の記憶とチート能力を駆使して、静かに状況を分析している。こんな光景は、誰にも想像できないだろう。
それから数日後。ヴァイスブルク子爵家は、双子の誕生に沸き立っていたが、同時に、ある異変に戸惑いを隠せずにいた。
「オスカー様、イザベラ様……やはり、この子たちの魔力は尋常ではありません」
子爵家御用達の老医師が、震える声で当主のオスカー・フォン・ヴァイスブルクに報告する。
オスカーは、地方貴族の当主であり、剣術に長ける立派な騎士だ。だが、彼の魔法の才能は凡庸であり、魔力感知は専門家ほどではない。しかし、医師のただならぬ様子に、彼の表情は硬くなった。
「尋常ではない、とはどういうことだ。まさか、どこか悪い箇所でも?」
「いえ、悪いどころではありません……この子たち、リーゼロッテ様とアウローラ様が発する魔力の波動は、生まれたばかりの赤子とは思えません。例えるなら、王立魔法学園の卒業生、上級魔術師に匹敵する、いや、それ以上の魔力総量です」
医師はハンカチで額の汗を拭う。
「しかも、その性質が極端に異なっています。姉のリーゼロッテ様は、猛烈な炎と風の魔力。妹のアウローラ様は、極度の水/氷と土の魔力。これほど偏り、かつ強力な魔力を同時に持つ双子など、聞いたことがありません!」
オスカーは目を見開き、言葉を失った。
彼の妻、イザベラ・ヴァイスブルクは、元は平民出身だが、一流の治癒魔法の腕を持つ優しい女性だ。彼女は赤子を抱きながら、静かに微笑んでいた。
「先生、ご心配なく。リーゼもアウローラも、とても元気ですよ。生まれてすぐから、不思議と強い力が宿っているのはわかっていましたから」
イザベラは双子が特別な存在であることを直感的に理解していた。彼女の治癒魔法は、生命の源である魔力の流れを敏感に感じ取るため、その魔力の強大さを誰よりも早く知っていたのだ。
「イザベラ……君は冷静だな」オスカーは妻の穏やかさに救われながらも、娘たちの規格外の力に戸惑う。
「ええ。この子たちは、きっと私たち夫婦の、そしてこのヴァイスブルク家の誇りになるわ」
時が過ぎ、双子は三歳になった。
リーゼロッテは、前世の記憶と活発な空手家の魂の影響そのままに、考えるより体が動くやんちゃな少女に育った。赤みがかった金髪は、彼女の情熱的な性格を反映しているかのようだ。
一方、アウローラは、前世の冷静沈着な剣道部員の資質を受け継ぎ、常に一歩引いて状況を観察する、頭脳明晰な少女になった。長い銀色の髪は、彼女の静かで知的な雰囲気を際立たせていた。
「リーゼったら! またお父様の剣術の訓練を覗き見しているのね!」
アウローラは、屋敷の庭の隅で、父親の剣術訓練を凝視しているリーゼロッテに声をかけた。
「だって、アウローラ! お父様の剣の動き、すごい速いんだけど、なんか**『隙』**が多いんだよなぁ! 私の『超速の体術』なら、もっと簡単に避けられるのに!」
リーゼロッテは、無邪気な子供の口調で、とんでもないことを口にする。
父オスカーは、王国でも名の知れた剣士だ。そのオスカーの剣に「隙が多い」とは、常人にはありえない感想である。
「リーゼ、いい加減にしなさい。お父様は立派な剣士よ。私たちの力がおかしいの」
アウローラは静かにたしなめる。彼女はすでに、リーゼロッテの空手を応用した体術と、自身の剣術を応用した魔法の基礎的な操作を把握していた。
この三年間、二人は密かに能力を磨いてきた。リーゼロッテは、魔力を脚に集中させることで、常人ではありえない速度と瞬発力を獲得し、それはまさしく前世で夢見た神速の体術だった。アウローラは、手に魔力を流し込むだけで、極度の低温を生み出すことができ、それはまるで絶対零度の刃そのものだった。
その時、二人の視線の先で、訓練を終えたオスカーと、五歳上の兄、アルフレッド・ヴァイスブルクがこちらに気づいた。アルフレッドは次期当主として真面目に剣術を学んでおり、妹たちを心から可愛がっている好青年だ。
「リーゼロッテ、アウローラ。二人とも、見てくれていたのか。良い子たちだね」
オスカーは優しい笑顔で二人に近づいてきた。
リーゼロッテは目をキラキラさせて駆け寄る。
「お父様! お父様の剣、かっこよかったけど、一本! あの時、もっとこう、斜めに踏み込んで、このパンチを入れれば、絶対勝てると思ったの!」
リーゼロッテはそう言うと、オスカーに向かって、子供の力とは思えない、鋭い踏み込みと予備動作のないストレートを繰り出した。
「おっと!」
オスカーは反射的にリーゼロッテのパンチを避けたが、その速度と正確さに、一瞬息を呑んだ。それは、彼が今まで見てきたどのような剣術や体術とも異なる、洗練された**“武”**の動きだった。
「リーゼ、今の動きはどこで習ったんだ?」オスカーは驚きを隠せない。
「うーん? 別に習ってないよ。体が勝手に動くんだもん。あ、でも、これをすると、体がポカポカして、なんか速くなるの!」
リーゼロッテはそう言って、両手に魔力を集中させた。彼女の小さな拳の周りに、目には見えないが、微かに揺らめく空気の層が現れる。これは風の魔法『超速の体術』の、無意識の魔力操作だった。
その様子を冷静に見つめていたアウローラは、慌てて前に出た。
「お父様、リーゼロッテはまだ幼くて、変なことを口走ってしまうんです。申し訳ありません」
アウローラは深々と頭を下げたが、リーゼロッテがオスカーの剣術を打ち破る瞬間を、彼女の頭脳は瞬時に計算し、納得してしまっていた。前世の知識とチート能力が、既にこの世界の常識を凌駕しているのだ。
アルフレッドは、そんな妹たちのただならぬ雰囲気に気圧され、困惑した表情を浮かべる。
「リーゼもアウローラも、すごい力を持っているのはわかるけど……僕には、君たちの言っていることが、さっぱりだよ」
アルフレッドは、純粋に妹たちのことを心配していた。
オスカーは、長男と双子の娘たちを交互に見つめ、苦笑いを浮かべた。
「そうか。リーゼロッテ、お前の体術は確かに異質だ。だが、その力を安易に人前で見せてはいけないぞ。特別な力は、時に嫉妬や災いを招く」
オスカーは、娘たちの尋常ではない才能を目の当たりにし、その規格外の力に対する戸惑いと、娘たちを守らなければならないという責任感を強く感じていた。
「わかった! お父様との秘密ね!」リーゼロッテは明るく答える。
「ありがとうございます、お父様」アウローラも深々と礼をした。
静かに庭を見守っていた母イザベラは、その夜、夫に語りかけた。
「オスカー様、あの子たちの才能は、きっとこの世界に必要とされるものです。私たちができるのは、ただ、彼女たちがその力を正しく使えるように見守り、支えることだけです」
オスカーは、愛する妻の優しい言葉に頷き、夜空を見上げた。
ヴァイスブルク子爵家という小さな舞台で、二人の転生チート姉妹の物語は、静かに、そして力強く幕を開けたのだった。
次回予告
第2話:初めての魔力暴走と修行開始
双子は5歳となり、チート能力の制御に本格的に挑戦する。リーゼロッテの『灼熱の拳』が暴走し屋敷を火の海にしそうになったり、アウローラの『絶対零度の剣』が庭を氷漬けにしたりと、日常は騒動の連続。この規格外の力を制御するため、母イザベラの提案で、二人の本格的な修行が秘密裏に始まる。そして、兄アルフレッドもまた、妹たちの存在に触発され、努力を始める。
次回、修行編スタート!熱血姉と冷静妹の魔力コントロールは成功するのか?




