第11話 兄の旅立ちと王子の接近
あらすじ
クリスティンを救った一件により、双子は「優雅だが恐ろしいヴァイスブルクの双子」として王都の貴族社会に広く認知される。そんな中、兄アルフレッド・ヴァイスブルクが王立魔法学園の予備試験に合格し、寮生活に入るため、一足早く王都の屋敷を旅立つ。双子もいよいよ学園入学への最終準備に入るが、その直前、噂を聞きつけた第一王子エドワード・アースガルドが、双子に初めて接触を図る。王子は、その傲慢さから、双子の能力を試すような行動に出る。
本編
クリスティン・ノイマンをいじめから救った一件は、王都の貴族社会で瞬く間に広まった。「ヴァイスブルクの双子は、優雅だが、彼らに逆らう者は、誰にも気づかれぬ間に、徹底的に恥をかかされる」という噂は、双子を**「触れてはいけない存在」**として確立させた。
「ふふ、これでクリスティンも安心して治癒魔法の勉強に集中できるわね」アウローラは満足げだった。
「当たり前だ! 友達をいじめるなんて、絶対許せない! でも、拳を使わずに解決できるなんて、アウローラはやっぱりすごいな!」リーゼロッテは、妹の知性に改めて感服した。
穏やかな時間が流れる中、一つの区切りが訪れた。
兄アルフレッド・ヴァイスブルクが、王立魔法学園の高等部予備試験に見事合格し、寮生活に入るため、一足早く屋敷を旅立つことになったのだ。
「父上、母上、リーゼロッテ、アウローラ。行ってまいります」
アルフレッドは、騎士服に身を包み、背筋を伸ばして家族に深々と頭を下げた。彼の瞳には、妹たちのような派手な能力は持たないが、努力によって道を切り開く者の強い意志が宿っていた。
「アルフレッド、お前は我が家の誇りだ。騎士道を忘れず、己の信じる道を進め」父オスカーは、力強く息子を抱きしめた。
「お兄様、怪我のないように。あなたの治癒はできませんからね」母イザベラは、優しく息子を見送った。
リーゼロッテは、兄の成長に少し寂しさを感じながらも、明るく声をかけた。
「お兄様! 学園でいっぱい強くなってね! 私たちが入学する頃には、私と手合わせできるようになってないと、許さないぞ!」
アウローラは、冷静ながらも、深い愛情を込めて兄に言葉を贈った。
「お兄様。私たちは、あなたに守られるだけの存在ではありません。でも、もし困難に直面したら、いつでも頼ってください。私たちは、いつでもあなたの味方です」
アルフレッドは、妹たちの言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「ああ。ありがとう、二人とも。僕も、君たちに恥じない騎士になるため、努力を惜しまない。再会の日を楽しみにしているよ」
こうして、アルフレッドは家族に見送られ、王都の屋敷を旅立っていった。双子も、4年後の学園入学に向け、ローザ先生の最終調整を受ける日々へと入っていった。
それから数週間後。ローザ先生の厳しい指導の下、双子は王都の最も格式高い貴族が集まる慈善晩餐会に参加することになった。これは、学園入学前に、王都の権力者に顔を売るための、最後の社交の場だった。
二人は、ローザ先生に教え込まれた完璧な礼儀作法と、美しい衣装で登場し、すぐに会場の注目を集めた。
「あれが、ヴァイスブルクの双子か……」
「なんと優雅な。あの野蛮な噂は、嘘だったのか?」
貴族たちがざわめく中、一人の人物が、双子の前に現れた。
第一王子、エドワード・アースガルドだった。
エドワード王子は、双子と同じくまだ幼いものの、次期国王としての威厳を纏い、背筋の伸びた傲慢な美少年だった。彼の隣には、彼の取り巻きと思われる公爵家の嫡男、ゼノン・ハイゼンベルクが控えている。
「ごきげんよう、ヴァイスブルク令嬢たち。私がアースガルド王国の第一王子、エドワード・アースガルドだ」
王子は、威圧的な視線をリーゼロッテとアウローラに向けた。
「王都では、君たちの噂で持ち切りだ。『氷のような才女』と『野蛮な体術使い』、対照的な双子だとな」
リーゼロッテは、「野蛮な体術使い」という言葉に、カチンときたが、ローザ先生の指導を思い出し、ぐっとこらえた。
アウローラは、一歩前に出て、完璧な礼をした。
「エドワード殿下にお目にかかれて光栄に存じます。恐縮ながら、私の姉の体術は、野蛮ではございません。武術の真髄を極めた、我が家独自の体術でございます」
アウローラは、冷静な口調ながらも、双子の能力を侮辱させない強い意志を見せた。
エドワード王子は、アウローラの冷静さに興味を持ったように口角を上げた。
「ほう。独自の体術、か。ならば、その力を試させてもらおうか」
王子はそう言うと、手元にあった銀製のデザートフォークを、突然、リーゼロッテの足元へと投げつけた。
キン!
フォークは、リーゼロッテの足元、わずか数センチの地面に突き刺さった。それは、挨拶を交わす場で、貴族令嬢に対して行うには、あまりにも無礼で、傲慢な行為だった。
会場が一瞬、静まり返る。誰もが、王子が無礼を働いたことに驚愕したが、口を出すことはできない。
リーゼロッテの赤い瞳が、怒りで揺れた。彼女の体内で、炎の魔力が瞬時に沸騰し始める。
「て、てめぇ……!」
リーゼロッテが反射的に拳を握りしめ、風の魔力を解放して王子に詰め寄ろうとした、その瞬間――
アウローラが、リーゼロッテの腕を掴み、囁いた。
「ダメよ、リーゼ。ここで彼に手を出したら、私たちは**『王族に反逆する野蛮人』**となるわ。理性で勝ちましょう」
アウローラは、静かに地面に突き刺さったフォークを見つめ、王子の目を見た。
「殿下。これは、私たちへの試練でしょうか?」
王子は、傲慢な笑みを崩さなかった。
「そうだ。そのフォークに触れず、地面から抜き取ってみせろ。もしできなければ、噂は嘘、単なる地方の小娘だったということだ」
周囲の貴族たちは、魔力を帯びていないフォークを、触れずに地面から抜くなど不可能だと知っていた。これは、王子による一方的な優越性の誇示だった。
しかし、アウローラの頭脳は、既にこの状況を勝機へと変える計算を終えていた。
「かしこまりました、殿下。お見せしましょう。ヴァイスブルクの双子の、**『知恵と力』**を」
アウローラは、リーゼロッテと目線を合わせ、無言で指示を送った。
リーゼロッテは、フォークの少し離れた位置で、誰も気づかないほど微細な動作で、風の魔法を発動させた。
ヒュッ……
風の魔力は、フォークの柄の周囲の地面の土だけを、ピンポイントで巻き上げ、フォークを宙に浮かせた。
そして、浮いたフォークは、リーゼロッテの緻密な体術の制御によって、フォークの先端が上を向いたまま、寸分違わずアウローラの手元へと運ばれた。
フォークは、王子から離れた位置で、アウローラの掌に、一切触れることなく、優雅に着地した。
会場は再び静まり返ったが、今度の沈黙は、驚愕と畏敬によるものだった。
アウローラは、掌の上のフォークを、優雅な動作でエドワード王子に差し出した。
「殿下。フォークは、地面から抜けました。私たちヴァイスブルクの双子は、**『噂通りの規格外』**でございます」
エドワード王子は、初めて傲慢な笑みを消し、リーゼロッテとアウローラを、興味と警戒心を込めた目で見つめ返した。
双子は、王都の権力者に対し、最初の鮮烈な印象を与えたのだった。
次回予告
第12話:嫉妬の芽生え(ゼノン・ハイゼンベルク)
エドワード王子の前での一件は、王都で大きな話題となり、王子は双子に強く関心を持つようになる。しかし、公爵家の嫡男であり、王子の取り巻きの一人であるゼノン・ハイゼンベルクは、双子の異質な力と、王子からの注目を独占されたことに激しく嫉妬する。ゼノンは、自らの高い魔力と家柄を武器に、双子を排除するための陰湿な策略を練り始める。双子にとって、初めての本格的な敵対者が現れる。
次回、闇を纏う公爵令息の登場!




