タイトル未定2025/11/03 23:51
全て終わったと思い踵を返して雨芽を見る。電柱の影から白い手が雨芽を掴むと、傍にいた猫がそれに飛び掛った。雨芽の体の上に乗り、体中の毛を逆立てて威嚇し伸びてくる白い手に噛み付く。白い手は猫を振り回し何度も振り払う。そのたびに猫は噛み付いて威嚇を続けている。
雨芽は傍に落ちていたコンクリートの塊を持つと白い手に投げつけた。
「やめろよ、猫ちゃんがかわいそうだろ!」
喜治はそれを聞いて笑うと頷いた。
「そうだ、もっと言ってやれ」
雨芽は威嚇する猫を上からかばうと白い手をにらみつけた。電柱の裏から白いのっぺりした顔がのぞきこむ。
「怖くなんかないぞ!なんだよ!」
手当たり次第に投げつけていたものがなくなって雨芽は視線を落とす。猫は威嚇をやめずに雨芽の膝の上でシャアシャア鳴いている。
喜治は傍に落ちていた壊れたビニール傘を掴むと、ブツブツ何か言い文字を書く。
それを雨芽の傍に転がすとにっこり笑っていった。
「雨芽ちゃん!そいつでぶったたけ!」
雨芽はすぐ傍に転がってきたビニール傘をひっつかみ、膝を立てて立ち上がると両手で傘を持ってフルスイングした。丁度白い何かの顔が電柱から出ており、傘の柄とクリティカルヒットする。ゴッ!という音と共に白い何かは電柱の前から傘が流れていく方向へ飛んでいった。
「ナイスショット!」
喜治の掛け声とともに白い何かは道路にべしゃっと落ちるとふにゃふにゃとしぼんで消えた。
ほっとしてゴホッと咳き込んで傘を落とし、その場に座り込む。雨芽の顔を心配そうに猫が見つめている。雨芽が撫でてやるとホッとしたのかゴロゴロと喉を鳴らした。
「もう、大丈夫でしょ。多分ね、あとは雨芽ちゃんの家かな?」
喜治の声に雨芽は顔を上げたが、電池が切れたようにその場に倒れこんだ。
翌日、雨芽は喜治と共にマンションへと戻る。エレベーターを降りると丁度ドアの前に父親の姿を見つけた。
「あ、雨芽!どうしたんだ?一体」
雨芽の姿に父親は喜治を睨む。どうみてもサイズの合わないダボダボのジャージを着て、顔は傷だらけの娘に驚かない親はいない。
「ああ、どうも。僕はこういった者です」
喜治は着物の袖から名刺を差し出すと愛想よく笑う。
「……区の清掃業者さん?」
父親は名刺と喜治の顔を交互に見た。
「はい、色々とゴミがいましてね。それを綺麗にするのが僕の仕事です。それで雨芽さんのお宅にもゴミが少しありまして掃除しに来ました」
「ゴミって?」
雨芽が鍵を開けると父親の顔を見上げた。
「お化けだよ」
信じがたい顔をして雨芽に続き父親、喜治が家に入る。喜治は草履を脱ぐとスタスタとリビングの暗がりを覗き込む。もそもそ動く黒い影に舌打ちしてからカーテンを開いて窓を開けた。差し込む陽気にもそもそ動いていた黒い影がギャッと音を立てて消滅する。
「うん、これでいいかな。締め切っておかないでくださいね?空気の入れ替えは必要です」
父親は驚いたように雨芽を見る。
「これは一体……」
「お姉ちゃんを探してたんだ。そしたら先生に会った。今みたいなのが家にいてね……怖い思いをしたんだ」
雨芽は指で顔を触る。ぴりっと痛んだがどこか誇らしかった。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、もう大丈夫。でも……さ、お父さん、私ここで暮らしたい。お父さんと」
父親は膝を着くと雨芽の手を握った。
「しかし……二人では食事も追いつかないだろうし、ここは日向のこともある。寂しい思いをさせてしまう」
「けど……ここがいいよ。お姉ちゃんのこと、寂しいけど……やっぱり忘れたくないんだ」
雨芽の言葉を聞いて父親は頷いた。
「……そうか、わかった。お爺ちゃんやお婆ちゃんにはそう話そう」
「うん。あと……」
話を切りくるりと玄関のほうを振り向いた。開かれたドアから猫が入ってくる。
黒と白のブチで緑の目をした猫は雨芽の足元にするりと体を寄せるとニャアンと可愛らしく鳴いた。
「この子、命の恩人なんだ。家でお世話していいかな?」
父親はそれを聞いて笑うと雨芽も笑った。
それを横目に喜治は玄関に向かい猫のほうを振り返る。猫は二人の足元で嬉しそうに尻尾を振っていたが喜治に気付くとじっと見つめている。
喜治は苦笑すると呟いた。
「じゃあな、おねえちゃん」
小さな喜治の声に反応するように猫はニャアンと鳴いた。




