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6.(終)

春の茶会は『アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて』42話~。


「んで?知りたいことは?何かあるからそんな焦ってんだろう?」


 セシルが腕を組み右肩をくっと上げて促すと、男がぐっと眉を寄せ、両ひざに肘をついて前のめりになった。


「ああ、人の情報が欲しい。対象はジャーヴィス・ウィルミントン。ウィルミントン海洋伯家の長男だ」

「あー、あのぼんぼんね」

「何か知ってんのか?」

「あたしを誰だと思ってんだよ。十二年ぶりに西が来るんだろ?春の茶会」


 十年前の事件のせいでずっと海洋伯家は王家主催の行事に招かれていない。今回来るのは目の前の男がついに許可を出したからだ。


「さすがだな。じゃあこれは知ってるか?お前の言うお姫様が西の長男と見合いをする」

「あ?なんだって?」

「兄上が口添えした」

「………なんつうか、相変わらずろくなことしやしないねぇ王様……」


 この男の悪評の陰にはほとんど国王がいる。十年前から思っているがこの国の王はかなりヤバイ。というより怖い。お姫様とは違う理由であまり手出しをしたくない相手だ。

 セシルが顔を引きつらせていると男も「兄上だからな」と苦笑して続けた。


「西の長男、調べれば調べるだけヤバイ。どう考えても事実がほとんどだが証拠がねえ」

「お察しの通りだね。何もせずに聞こえてくる噂だけでも結構なやつだよ」


 男の眉根がぎゅっと寄った。「わざとぎりぎりまで知らせなかったな…」と舌打ちをするとセシルに真剣な顔で向き直った。


「詳しくいけるか?できれば証拠も…時間が無い」

「見合いはいつだい?」

「春の茶会だ」

「は!?四日後かい!?」


 相手は西の端にある領地の子息だ。ただ往復するだけでも相当かかる。それを三日と少しで調べろということか。セシルが断り続けた結果と言えばそうだが、それにしても中々の仕事になりそうだ。


「いけるか?俺はあいつを守りたい。それにどうも西の令嬢が戦う気らしい。そっちも力添えしてやりたい」

「誰に口聞いてんだい。お姫様は光だろう…曇らせやしないよ。意地でも朝には間に合わせる」


 西の令嬢は噂に聞く限りウィルミントンらしい女傑らしい。兄を追い落とすためか何かは知らないが戦うなら徹底的だろう。セシルの腕も鳴るというものだ。


「おう、頼むぞセシル。あーっと俺は」

「邪魔だよ銀獅子、依頼は分かったからもうさっさと帰んな。坊や、あんたはここに残りな。名前は?ああ本名じゃないよ?愛称だ」

「では黒猫と」

「黒猫ね。良いよ、悪くない」

「お褒めに預かり光栄ですよセシルさん」


 黒ローブ改め黒猫が口元だけでにっこりと笑った。それを見ていた上客が少し複雑そうな顔をして、それからセシルをじっと見つめてその辺のお嬢さん方の息の根が止まりそうなくらい綺麗に笑った。


「セシル」

「何だい?」

「ありがとな、今までも、今も、これからも」


 こんな顔もできるんだねぇ、とセシルは思った。きっとこんな顔ができるようになったのはそう昔のことでは無いだろう。


「はっ!らしくないねぇ。さっすがは光のお姫様だね」

「おう。大事なんだよ…絶対壊せねえ」

「らしくないって言いたいけどさ…あんたらしいよ、銀獅子。でもさ、もう少し自分も大事にしてやんなよ」

「おう、分かってる」


 にっと笑った銀の男に、セシルは呆れた顔でしっしと追い払うように手を振った。


「どうだかね。すかしたいけ好かないあんたも悪くないけど、今のあんたの方がずっと良いよ。せいぜい頑張んな」

「あー……まぁ、努力はする。じゃあな、セシル。また来る」

「へえへえ、邪魔者はさっさと消えなよ」


 ポケットからちょっとばかり重そうな袋をじゃらりと応接テーブルに置くと黒猫に何事かを囁き男は扉を出て行った。今日もたんたん!と軽快な音を立てて光の下へと登っていく。


「さて、と」


 銀の男の足音が消えるか消えないか、セシルは残った黒猫に向き直った。


「坊や、ローブ脱ぎな」

「ローブだけですか?」


 首をかしげる黒猫にセシルは苦笑した。


「やる気があるのは悪くないけどね……良いのかい?あんたにとってはきつい仕事じゃないかい?」

「あー、気づいてたんですね」


 ふっと笑うと黒猫はローブを脱いだ。艶やかな黒の髪に吸い込まれそうな黒の瞳。その顔立ちは、先ほど階段を上がっていった男にとても良く似ている。黒をまとう、雰囲気の少し幼い優し気な顔立ちの銀獅子…まさしく黒猫だ。


「まあ、ね。情報がどう使われるかは知ったこっちゃないが、一応その結果くらいは調べるさね」

「じゃあ俺がこの仕事を引き受けた理由も分かるんじゃないですか?」

「分かんないから聞いてるんだよ。こんな仕事、思い出すんじゃないかい?無理強いされたんなら気にしなくていい。あたしは代理なんていなくても銀獅子の特例は認めてやるつもりだったんだよ。悔しいからつなぎとしてのあんたは受け取っとくけど」


 黒猫はセシルが情報を得て銀獅子が助けたある事件の被害者だった。表に出すことができないため銀獅子が保護して今に至る。


「俺が望んだんです。主は最後まで反対してました」

「その割に堂々とあんたを売り込んだけどね?」

「セシルさんに断られればそれで俺を諦めさせられると思ったみたいですよ。まあお姫様の安全が最優先ですけどね」


 なるほどさっきのあの何とも言えない顔はそのせいかとセシルは笑った。きっと本当は連れ帰りたかったのだろう。銀獅子は、懐に入れた人間にどうしようもなく甘い。


「なるほどね。あたしがあっさり受け入れちまったからさぞかし驚いただろうねぇ」

「内心穏やかじゃないと思いますよ。優しい人ですから」

「ほんと、馬鹿だよねぇ。不器用にもほどがある」


 お姫様のことも黒猫のことも、大切にしたいのに大切に仕方が分からないように思える。他と同じように思う通りに動けば良いものを。

 悪いがセシルは思うように動かせてもらう。セシルにとっても出会ってしまった光のお姫様は失えない。たとえ会えなくても。


「黒猫」

「はい」

「対価は良いからあんた、あたしを手伝いな。四日後の早朝までに間に合わせるにはちょいとばかし頑張んなきゃいけないからね」

「え!?対価無しなんですか!?」


 目を見開いた黒猫にセシルは半目になった。


「そこは喜ぶところだろう」

「え~……俺が望んで来たって言ったじゃないですか………」

「変な子だねぇ、こんな年増相手に何言ってんだい」

「セシルさんだからなのに……」


 なぜこんなにも懐かれているのかセシルにはさっぱりと分からない。分からないが、今はそれどころではない。


「まあ、何にしろ時間が惜しいんだよ。ゆっくり寝床に入ってる余裕なんざ無い」

「そんなぁ」


 黒猫が悲壮な顔でセシルを見つめている。形の良い漆黒の目がきらきらと輝き哀れを誘う。銀獅子との一番の違いはこの目だろう。


「あー、分かった分かった。間に合ったらその対価として相手してやるよ」

「本当ですか!?」

「いや、喜ぶところかい、そこ……」

「わああ!俺、すっごく頑張ります!!何をします?何からします??」

「はは、まあいいさ。とりあえずこれを見な。ここまで入って来た西のぼんぼんについての資料さね」


 棚からいくつかの束を引っ張り出すとどさりと黒猫の前に置いた。黒猫が真面目な顔で端から目を通していく。しばらく紙をめくった後、黒猫がぽつりと言った。


「………俺、お姫様にもちょっとした恩があるんです」

「あんたもかい」

「はい。なので、頑張ります。一番はセシルさんからのご褒美ですけどね!」

「へいへい、せいぜい働いとくれよ」


 綺麗な顔を嬉しそうにほころばせる黒猫に、まぁ後で考えれば良いかとセシルも資料に手を伸ばした。



 茶会の日の夜明け前、セシルは調査結果の束とたったひとつ残されていた決定的な証拠を大きな包みに入れて指定の私書箱へ放り込んだ。きっと間に合うはずだ。


 如才ないぼんぼんも気づかなかったのか平民の女だと侮ったのか、被害者の元に海洋伯家の家紋入りのカフスを残して行った。

 抵抗しながらカフスを引きちぎった少女もまた他の被害者と同じく被害当時は未成年の、年よりも幼く見える愛らしい少女だった。未婚の彼女にはもうすぐ一歳になる特徴的な赤味がかった金の髪の赤子がいる。


「クズだな」

「吐き気がしますね」

「大丈夫かい?」

「俺は幸い男ですから。妊娠はしませんでしたからね…」

「それでも、心の傷はうずくだろうに」

「セシルさんが慰めて下さるんですよね?」


 ソファに並んで座るセシルの肩に黒猫がこてりと甘えるように頭を乗せた。


「約束だからね。間に合ったんだから対価は払うよ」

「良いんですか?」

「良いも何も約束だ。あたしは嘘はつかない。あんたこそ、辛くはないかい?」

「優しいなぁ、セシルさん」


 黒猫は立ち上がると、そのままひょいとセシルを横抱きに抱き上げた。


「こら、何するんだい」

「続きは寝台で良いですよね?」

「あんたねぇ……」


 セシルが対価にすると言ったのだ。女に二言は無い。二言は無いが綺麗な顔を嬉しそうにほころばせて頬を染める黒猫にはどうにも調子が狂う。年だろうか。


「そっちの右の扉が寝室だよ」

「俺、頑張りますね」

「あんまり頑張らなくて良いよ……」


 女情報屋セシルの情報の対価は女は金と情報、男は金とセシルと寝ること。うっかり特例をひとつ作ったらとんでもない特例がもうひとつ増えてしまった。


 特例に黒猫を指定したのは銀獅子だ。セシルが黒猫にたまに手伝わせて対価をくれてやるのも文句は無いだろう。


「頑張らなくて良いから、あんたも自分を大事にしなよ」


 セシルがそっと黒髪を撫でてやると、黒猫は泣きそうな顔で笑って「はい」とセシルに唇を寄せた。



ご通読ありがとうございました。

少しずつ十年前のお話が増えて行きます。

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― 新着の感想 ―
こう見るとお話のタネは無限にあるものですわね。 タネを芽吹かせるのは勿論ですけれどタネを生み出すのも神の御業、とでもいえますかしら。 わたくしは頭がちょっとばかり残念で名前を覚えきれませんの、いつか相…
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