day8.足跡
本編(https://ncode.syosetu.com/n9028kr/)開始前日の花音と瑞希。
「うう、またうまくいかなかった……」
私、由紀花音が温室に苗を見にいったら、しんなりと葉っぱが垂れていた。
かわいいバラを見つけたから自分でも育てたくて、うまくいけばたくさん育てて、出荷もしたい。そう思って種を撒いたけど、全然うまく育たない。
どこがいけないんだろう。寒くしすぎないように、水も控えめにしてるのに。
「花音ー?」
タブレット片手に温室に入ってきたのは兄の瑞希で、私の前にある苗に目を止めた。
「ここじゃ暑すぎるだろ」
「え……?」
「この品種は、もうちょい室温下げないとダメ」
「……そっかあ」
空調の設定を少し変える。苗の場所も、温室内で気温低目の場所に移動してみる。
「それで、何か用だった?」
瑞希の方を見ると、私が育てている他の苗を眺めていた。どれもまだ、市場に出せるような花には育っていない。
「明日、市場に持って行きたい花があるか聞きに来た。親父の腰が完全にダメだから、代わりにお前が行って」
「えっ、うん……」
市場に卸に行くのは初めてだった。もっと自信がついてから、行こうと思ってたのに……。父の足跡は遠くまで続いていて、兄の背中さえ、今の私にはまだ追いつけない。
「あ、このチューリップもらっていい?」
瑞希は、やっときれいに咲いてくれたチューリップを手に取った。
初めて一人で育てた花で、たぶん来年には出荷できそうな品。
「いいけど……」
「お得意様に試供品として渡そうと思って。……あいつ、こういうの好きそうだし」
「あいつ?」
「なんでもない。リストは登録してあるから確認しといて。他に持って行きたいものがあれば入れておいて。よろしく」
瑞希はそう言って温室を出ていった。その背中は、やっぱり遠くて大きかった。
先ほどのチューリップを手に取る。これを気に入ってくれる人が、誰か一人でもいたら……私は、父と兄の足跡を少しでも辿れている気がする。