day14.浮き輪
小学生になったばかりの藤乃の話。
藤乃は中学生いっぱいまで一人称が「僕」でした。
「ただいまー」
甲高い声を上げて、小学生の息子・藤乃が花屋に駆け込んできた。
肩にはプール用のバッグと大きな浮き輪。学校の水泳教室にそんな大きな浮き輪をどうして持って行くのか聞いたけれど、絶対に持って行くんだって聞かなかった。
「おかえりなさい。水着とタオルは洗濯機に入れておいてね」
「うん。ねえ、母さん何してるの?」
「お墓にお供えするブーケを作ってるの」
「ふうん、僕にも作らせてよ」
「……藤乃が?」
「うん。母さんがさ、ブーケ渡すとみんなニコニコするじゃん? 僕もしたいよ」
どうしてかわからないけれど、胸がいっぱいになって、泣きそうになる。……私が続けてきたことは、無駄じゃなかったんだ。藤乃に、ちゃんと伝わっていた。
「母さん?」
「……うん、わかった。水着と浮き輪を片付けて、台所のおやつを食べたら戻っておいで」
「わかった!」
藤乃と入れ違いで、義母が店にやってきた。店頭の花を補充してから、私の顔を見て目を細める。
「なにか、いいことがあった?」
「藤乃がブーケを作りたいって言ってくれたんです」
「あら。そう……藤乃も、小学生だものね」
義母は目を細めたまま、藤乃が出て行った店の裏口に顔を向けた。
「小春が家を継ぎたいと言い出したのも、ちょうどそのくらいの年齢だったわ。顔は桐子さんにそっくりだけれど、話し方や仕草は、日に日に小春に似てきているわね」
「そうですねえ。寝顔なんかそっくりです」
笑っていたらお客さんが来た。花を勧めていると藤乃が浮き輪を抱えたまま戻ってくる。……口の端には、おやつのかけらをつけたままだった。
「ばあちゃん、あのお客さんのブーケ、僕が作っていい?」
「だめですよ。藤乃がきちんとお母さんに教わって、お母さんがいいと言ってからです」
「そっかあ」
「まずは、その浮き輪を置いていらっしゃい」
お会計を済ませて花を軽くまとめてお客さんを見送る。
振り向くと、息子が満面の笑みで浮き輪を抱えていた。
「だめだよ、風が吹いたら、これで空を飛ぶんだから」
義母と私の笑い声が、重なった。