day1.まっさら
本編最終話(https://ncode.syosetu.com/n9028kr/31)の葵、朝海サイド。
いろいろあった思うところが、やっと吹っ切れた話。
幼馴染の藤乃くんと、その奥さんになった花音ちゃんの結婚披露宴を終えて、私……菅野葵はブーケ片手に歩いていた。
「葵、足は痛くないのか?」
「だいじょぶ。嘘、ちょっと痛い」
隣を歩くのは彼氏の網江朝海くん。歩く速度が少しゆっくりになって、嬉しくて手をぎゅっと握った。
披露宴で藤乃くんは、私にブーケを作ってくれた。名前のとおり、タチアオイが入った可愛いブーケ。もらった瞬間に泣いちゃったのは仕方ないと思う。
「葵は……」
朝海くんが何か言いかけて止める。
しばらくしたら、カフェの前で立ち止まった。
「私も疲れたから、休もう」
「うん」
端のソファ席に並んで座る。目の前ではコーヒーから湯気がまっすぐ登っている。
「葵は、大丈夫か?」
「……うん。大丈夫。ありがとう」
朝海くんはいつも言葉が少ない。でも、その一言一言が的確で、まっすぐ私の心のやわらかいところに届く。うん、大丈夫。
藤乃くんのことを好きじゃなかったと言えば、やっぱり嘘になる。まっさらだった私に初めてきれいなものを見せてくれたのが藤乃くんで、ぐちゃぐちゃになってた私を、またまっさらに戻してくれたのが朝海くんだった。
藤乃くんが私のことを好きって言ってくれても、それが愛とか恋じゃないってことには、けっこう早く気づいてた。
だから藤乃くんが花音ちゃんを恋する目で見ていたときも、披露宴の前の結婚式で指輪をつけ合っていたときも、私はまったく悲しくなかった。
でも、ブーケをもらった瞬間、どうしてだか涙があふれて止まらなかった。
「朝海くん、私ね、藤乃くんが私のこと全然好きじゃないって気づいたとき、じゃあ仕方ないなって思ったんだよね」
「……ああ」
「でもねえ、朝海くんが私に興味ないって気づいたときは、じゃあ何がなんでも振り向かせようって思ったんだ。だからまあ、そういうことだよ」
「……そうか」
朝海くんは、やっぱり言葉が少ない。でも、伏せた目の端が、少しだけやわらかく下がったように見えた。
ぬるくなったコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「帰ろうか、朝海くん。明日も訓練あるし、朝海くんも仕事だもんね」
「もう、痛くはないのか?」
「大丈夫。痛くないよ」
手を繋いで寮に戻る。
腕に抱えたブーケが、ふわっと香った。