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第8話 俺流“監獄ルール”提案してみたら、意外と受け入れられた件

 帝国査察官クルス・ミラージュが去ったあとも、彼の言葉と視線は俺の中に深く残っていた。


 更生なんて幻想──か。


 確かにこの監獄島・ガランツァは、腐り切った場所だ。囚人たちも、看守たちも、希望を持たぬまま日々をただ耐え、やり過ごしている。


 けれど俺は、メルクのように善良な人間が理不尽に投獄されている現実を知っている。ベルンのように、元は囚人ながらも更生を果たし、現在は看守として働いている者もいる。


 だからこそ、俺なりのやり方で、ここを少しでも変えていきたいと思った。


 ちなみに──帝国査察官とは、帝国政府直属の監察機関に所属する特別官吏である。彼らは帝国内の矯正施設、監獄、養成院、さらには奴隷収容施設に至るまで、その運営状況と実効性を“数値”と“合理性”の観点から監査・評価する役割を担っている。


 更生という理念よりも、犯罪者の再発率や施設の管理効率、経済的コストなどを重視し、非効率と判断すれば容赦なく制度や人員を切り捨てる。それゆえに“鉄面の処刑官”“改革屋”などの異名で呼ばれることもある。クルス・ミラージュは、まさにその代表格だった。


「というわけで、提案があります」


 俺はD棟の食堂で集めた囚人たち──いや、信頼できる数人の囚人たちと向き合っていた。ジリア、メルク、他にも俺の指示を真面目に聞いてくれる者たちだ。


 ベルンは看守として傍らに立ってくれていた。囚人たちとの橋渡し役として、彼の存在は心強い。


「提案? 何だ、今日はパンくずじゃなくてルールの話か?」


 ジリアが椅子に背を預けながら軽口を叩いた。


「いや、今回はちゃんとまじめな話だ。聞いてくれ」


「……へぇ、隼人が真面目に“提案”なんて。面白そうじゃないか」


 ジリアの視線は相変わらず鋭いが、どこか楽しげでもあった。


「正直、このまま毎日暴動寸前で過ごすのは俺も嫌だ。だからこそ、“俺たちでルールを作ってみないか?”って話だ」


「ルール? 俺たち囚人が作るのか?」


 メルクが首を傾げながら問い返す。


「そう。現場で起きてる問題は、現場にいる俺たちが一番よく分かってる。だから、実情に合ったルールを自分たちで決めた方が納得もいくし、守る意識も芽生えると思ってる」


「看守が囚人にルール作らせるなんて、前代未聞だな……」


 ベルンが低く唸るように言った。


「でも、お前が言うなら、聞いてみる価値はあるかもな」


 俺は小さくうなずきながら、あらかじめ用意しておいた紙をみんなに配った。


「これが試案だ」


【試案:D棟生活秩序案】

1.食事は年長順に受け取る(混乱防止)

2.持ち物の貸し借りには許可制を導入(トラブル予防)

3.告発なしの暴力は禁止

4.労働貢献度に応じた優遇措置(洗濯や掃除のローテ見直し)

5.週に一度、雑談と相談の“話し合い”を設ける


「……これ、割とちゃんとしてるな」


 ジリアが目を細めて紙をじっと見つめた。


「要は……俺たちでこの棟を、“まともに”運営してみないか、ってことか」


「その通り。もちろんこれは、所内規則の範囲内だ。クルスみたいな奴が視察に来たら真っ先に潰されるかもしれないけど、今のうちに試してみたい」


「正気か? お前、まだ“更生”とか信じてるのかよ」


 ジリアが皮肉交じりに言うと、俺は少し笑って答えた。


「信じるさ。俺はこの島に来て、メルクやベルンに出会って、それが幻想じゃないって確信したんだ」


 その言葉に、メルクが驚いたように目を見開いた。


「……僕、やってみたいです。隼人さんの案。変えられるなら、少しでも力になりたい」


「オレも賛成だぜ。囚人たちが勝手に暴れて収拾つかないより、ちゃんと自分たちで話し合って決めた方が絶対にいい」


 ベルンの声に力がこもっていた。


「……俺も協力してやるよ。ただし、しくじったら全部お前の責任な」


 ジリアがにやりと笑いながら言った。


「もちろんだ。失敗も全部、俺の責任だ」


 そう言い切ったとき、心の中に小さな決意の火が灯った。


 こうして、“俺流監獄ルール”の試行が始まった。


 小さな灯火かもしれない。


 でも、この監獄で何かが少しでも変わるなら。


 俺は、信じてみる価値があると思っている。



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